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35レイとマシュー
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【レイ視点】
アイラはフロストの弁護士に会うだけで、気分が悪くなるような状態だった。
フロスト本人に会って対決しようなんて、どう考えてもアイラには無茶だ。
代理人が何のためにいるのかアイラにちゃんと説明しなければならない。
俺は眉間にしわを寄せた。
同じことをマシュー弁護士からも言われているとアイラから聞いていた。
俺はマシュー弁護士と会う機会をつくることにした。
俺は以前、アイラがアパルトマンを出ていったとき、フロストについて個人的に調べ上げた。
今回、面会の時間を持ったのは、俺の持っている『フロスト 』に関する情報を、マシュー弁護士に渡すためだった。
アイラには俺がフロストについて調べていたことは教えていなかった。
だから直接、マシュー弁護士に渡し、少しでも役に立てばと思っていた。
そして、アイラが毎日顔を合わせている、マシュー弁護士を見てみたいと思っていた。
彼はアイラが言っていたような『うだつが上がらない』感じの弁護士ではなかった。
見た目も悪くないだろう。
田舎のおじさんだと思っていたが、このアルファは別の意味で魅力的だ。
人情味あふれる人当たりの良さそうな顔だったが、中身はかなり切れ者だろう。
敵に回すと怖いタイプだ。
もちろん自分が負けているとは思はないが。
マシュー弁護士は、アイラが今まで集めた情報と俺の持ってきた資料を照らし合わせて、フロストの愛人だった人物たち、それとその子供たちを絞り込んだ。
「所在がつかめない愛人も数名いて、もう二度と関わりを持ちたくないと言っている人たちも多いですね」
マシュー弁護士は苦笑した。
「そうでしょうね」
「少なくとも昔のこと過ぎて、愛人の多くは記憶があいまいになっている部分が多い」
「正確に何月何日にどこへ行ったとか、泊まった宿や、自宅に滞在した時間などの、証拠が残ていればいいですけどね」
「日記や、領収書、そういう物はなかったですね」
俺は相槌を打った。
「かなり古い物だし、領収書などは処分しているでしょうね」
「しかし、慰謝料として現金が入る可能性を示唆すると、元愛人たちは積極的に協力してくれた。物的なものが少ないので、口頭で聞くしかなかったですね」
恨みで動いても何の得にもならないのなら、いちいち領収書などを置いてはおかないだろう。
「世の中、金で動く人は多いです。話して金が手に入るのなら、愛人たちは喜んで協力するでしょう。けれど逆に、金さえ払えば虚偽の内容を語る可能性もありますね」
「そこがネックだな」
マシュー弁護士は厳しい表情で、資料を見つめていた。
仕事とはいえ手のかかる案件であるのは確かだ。地道に証拠を集める彼には頭が下がる。
「話は変わりますが、私はアイラさんの仕事上のボスです。彼女のこの先の進路にもかかわってくると思い、お尋ねします。彼女とまだ番にになってないようですね。立ち入ったことをお伺いしますが、今後その予定は?」
突然、番の話になって驚いたが、そこは余裕を見せて答えた。
「プライベートな話題ですね。私たちは今後、番になり、共に一生過ごしていくつもりでいます。勿論結婚しますよ。アイラは司法修習を終えてからの婚姻を望んでいますので、私もそうするつもりです」
すぐにでも番になりたいが、アイラが納得してくれない。悔しいが待つしかないのだ。
この弁護士、やはりアイラに恋愛感情を持っている。
さて、どうするか。
「……なるほど」
「アイラは2か月後には司法修習の為に王都を離れる事になるでしょう。ですから来月、長期の休暇をもらいます。1週間ほど国外へ出て旅行をするつもりです」
旅行の許可はマシュー弁護士に取っているとアイラは言っていた。ここでダメ押しの確認だ。
「ああ、はい。彼女から聞いています。1週間の休暇は構いません。いいですね羨ましい」
顔には出さないが、彼の言葉に少し悔しさが滲んでいるような気がした。
俺はマウントを取ったぞと内心ほくそ笑んだ。
「助かります」
「……え?」
突然の助かる発言に、俺は虚を突かれた。
「彼女を国外に連れ出してくれている間に、私はフロストと直接話し合う機会を設けようと思います。アイラがいると何かと動きづらい面もありますので」
なるほど、アイラは自分の事だから知りたがるだろうし、いろいろと口を挟むに違いない。直接対決するのなら、アイラがいない時の方がいいだろう。この弁護士は、そこまでちゃんと考えていたのだろう。やはりやり手だなと俺は感じた。
自分と正反対のこのアルファ弁護士に、アイラがなびかないという保証はない。
俺は少し焦りを覚えた。
仕事はできるだろうけど、わざと平凡を装っている。
できの良さをはぐらかしているような雰囲気の男だ。
よく言えば謙虚、悪く言えば胡散臭い男だ。
けれど確かに、仲間になれば強力な味方になるだろう。
***
レイとマシュー弁護士が下の喫茶店で話をしている事などつゆ知らず、私はのんきに事務所に帰ってきた。
裁判所で気になる裁判があったので傍聴してきたのだった。
誰でも予約せずに裁判は傍聴できる。「社会勉強」と思って裁判の傍聴にくる人も多いようだ。
初めて行った人は、こんな小説のようなことが現実に起こっているんだと正直驚くだろう。
物見遊山で裁判を傍聴するのなら、殺人事件などは衝撃的だと思うので決しておすすめはできないなというのが、今回の感想だ。
私は勉強になったなと思いながら、事務所の階段に足をかけた。
その時、後ろから私は誰かに呼び止められた。
60歳くらいの男性だった。
知り合いではない。依頼者かもしれないと思い彼の方へ顔を向ける。
男性は重たそうな紙袋を抱えて私へ近づいてきた。
男性は事務所に入ろうかどうしようか、ずっと迷っていたようだった。
「……お久しぶりです。立派になられましたね」
目じりに深いしわを刻んだ彼は、私にそう言うと頭を下げた。
アイラはフロストの弁護士に会うだけで、気分が悪くなるような状態だった。
フロスト本人に会って対決しようなんて、どう考えてもアイラには無茶だ。
代理人が何のためにいるのかアイラにちゃんと説明しなければならない。
俺は眉間にしわを寄せた。
同じことをマシュー弁護士からも言われているとアイラから聞いていた。
俺はマシュー弁護士と会う機会をつくることにした。
俺は以前、アイラがアパルトマンを出ていったとき、フロストについて個人的に調べ上げた。
今回、面会の時間を持ったのは、俺の持っている『フロスト 』に関する情報を、マシュー弁護士に渡すためだった。
アイラには俺がフロストについて調べていたことは教えていなかった。
だから直接、マシュー弁護士に渡し、少しでも役に立てばと思っていた。
そして、アイラが毎日顔を合わせている、マシュー弁護士を見てみたいと思っていた。
彼はアイラが言っていたような『うだつが上がらない』感じの弁護士ではなかった。
見た目も悪くないだろう。
田舎のおじさんだと思っていたが、このアルファは別の意味で魅力的だ。
人情味あふれる人当たりの良さそうな顔だったが、中身はかなり切れ者だろう。
敵に回すと怖いタイプだ。
もちろん自分が負けているとは思はないが。
マシュー弁護士は、アイラが今まで集めた情報と俺の持ってきた資料を照らし合わせて、フロストの愛人だった人物たち、それとその子供たちを絞り込んだ。
「所在がつかめない愛人も数名いて、もう二度と関わりを持ちたくないと言っている人たちも多いですね」
マシュー弁護士は苦笑した。
「そうでしょうね」
「少なくとも昔のこと過ぎて、愛人の多くは記憶があいまいになっている部分が多い」
「正確に何月何日にどこへ行ったとか、泊まった宿や、自宅に滞在した時間などの、証拠が残ていればいいですけどね」
「日記や、領収書、そういう物はなかったですね」
俺は相槌を打った。
「かなり古い物だし、領収書などは処分しているでしょうね」
「しかし、慰謝料として現金が入る可能性を示唆すると、元愛人たちは積極的に協力してくれた。物的なものが少ないので、口頭で聞くしかなかったですね」
恨みで動いても何の得にもならないのなら、いちいち領収書などを置いてはおかないだろう。
「世の中、金で動く人は多いです。話して金が手に入るのなら、愛人たちは喜んで協力するでしょう。けれど逆に、金さえ払えば虚偽の内容を語る可能性もありますね」
「そこがネックだな」
マシュー弁護士は厳しい表情で、資料を見つめていた。
仕事とはいえ手のかかる案件であるのは確かだ。地道に証拠を集める彼には頭が下がる。
「話は変わりますが、私はアイラさんの仕事上のボスです。彼女のこの先の進路にもかかわってくると思い、お尋ねします。彼女とまだ番にになってないようですね。立ち入ったことをお伺いしますが、今後その予定は?」
突然、番の話になって驚いたが、そこは余裕を見せて答えた。
「プライベートな話題ですね。私たちは今後、番になり、共に一生過ごしていくつもりでいます。勿論結婚しますよ。アイラは司法修習を終えてからの婚姻を望んでいますので、私もそうするつもりです」
すぐにでも番になりたいが、アイラが納得してくれない。悔しいが待つしかないのだ。
この弁護士、やはりアイラに恋愛感情を持っている。
さて、どうするか。
「……なるほど」
「アイラは2か月後には司法修習の為に王都を離れる事になるでしょう。ですから来月、長期の休暇をもらいます。1週間ほど国外へ出て旅行をするつもりです」
旅行の許可はマシュー弁護士に取っているとアイラは言っていた。ここでダメ押しの確認だ。
「ああ、はい。彼女から聞いています。1週間の休暇は構いません。いいですね羨ましい」
顔には出さないが、彼の言葉に少し悔しさが滲んでいるような気がした。
俺はマウントを取ったぞと内心ほくそ笑んだ。
「助かります」
「……え?」
突然の助かる発言に、俺は虚を突かれた。
「彼女を国外に連れ出してくれている間に、私はフロストと直接話し合う機会を設けようと思います。アイラがいると何かと動きづらい面もありますので」
なるほど、アイラは自分の事だから知りたがるだろうし、いろいろと口を挟むに違いない。直接対決するのなら、アイラがいない時の方がいいだろう。この弁護士は、そこまでちゃんと考えていたのだろう。やはりやり手だなと俺は感じた。
自分と正反対のこのアルファ弁護士に、アイラがなびかないという保証はない。
俺は少し焦りを覚えた。
仕事はできるだろうけど、わざと平凡を装っている。
できの良さをはぐらかしているような雰囲気の男だ。
よく言えば謙虚、悪く言えば胡散臭い男だ。
けれど確かに、仲間になれば強力な味方になるだろう。
***
レイとマシュー弁護士が下の喫茶店で話をしている事などつゆ知らず、私はのんきに事務所に帰ってきた。
裁判所で気になる裁判があったので傍聴してきたのだった。
誰でも予約せずに裁判は傍聴できる。「社会勉強」と思って裁判の傍聴にくる人も多いようだ。
初めて行った人は、こんな小説のようなことが現実に起こっているんだと正直驚くだろう。
物見遊山で裁判を傍聴するのなら、殺人事件などは衝撃的だと思うので決しておすすめはできないなというのが、今回の感想だ。
私は勉強になったなと思いながら、事務所の階段に足をかけた。
その時、後ろから私は誰かに呼び止められた。
60歳くらいの男性だった。
知り合いではない。依頼者かもしれないと思い彼の方へ顔を向ける。
男性は重たそうな紙袋を抱えて私へ近づいてきた。
男性は事務所に入ろうかどうしようか、ずっと迷っていたようだった。
「……お久しぶりです。立派になられましたね」
目じりに深いしわを刻んだ彼は、私にそう言うと頭を下げた。
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