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24ダナウェイで

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「どこかで会ったよね……見たことがある」

そのお客さんは私の顔をしげしげと眺め、首を傾げた。

「私はここで以前働いていました。その時お会いしたのかもしれません」

相手は客なので愛想よく答えた。
私は人の顔を覚えるのは得意だ。一度見た顔は忘れない。多分この人とは面識がないはずだと思った。

「エリオン様、うちの接客係をお気に召されましたか?残念ながら彼女は忙しい身なので、今日のところは私で我慢してくださいね」

冗談っぽく笑いながら、マスターがその客を嗜めた。
えらく古臭い誘い方だなとは思った。
これで失礼します、と立ち上がる。
私は突然その客に腕を掴まれた。

「ごめんね、本当に申し訳ないんだけど、一杯だけ付き合ってもらえないだろうか」

それはできないというふうに、私は首を振った。

「申し訳ありません。この後予定がありますので……」

断固誘いには乗りませんよ、という意志表示をしっかりする。

「え……と、君には貸しがあるから」

無理やり取って付けたような『貸し』発言に驚いた。勿論この人に貸しを作った覚えはない。

マスターが眉を顰める。

「僕は以前、君に違法に薬を渡した」

私は驚いて眉間にしわを寄せる。
何のことを言っているのか、人聞きが悪いにもほどがある。

「どういうことでしょう。おっしゃっている意味がわかりません」

私はあからさまに不機嫌な顔をする。

彼は近づいてきて、耳元で囁いた。

「……10月に君は急な発情期を迎え、ヒートを抑えるために抑制剤を呑んだだろう?」

私の全身に緊張が走った。周囲の空気が一瞬で変わる。

抑制剤を呑んだと言えば、あの時しかない。
王宮の図書館でレイから呑まされた薬だ……

彼がそれをどこからか持って来て私の口に入れた。
そして水を含んでキスで呑み込ませたんだった。

ハッとして彼の顔を見る。


「僕は宮殿で働いている。医局で王宮医をしているエリオンです。レイの同期、レイの親友」

その人はそう言うと、ニヤリと笑った。


***



それから30分もしないうちにレイは店にやってきた。

マスターはカウンターで、エリオンという医者とこれまでのいきさつについて話をしていた。

信じられない偶然だったが、マスターもレイの事を知っているようだった。

今までこの店で働いている時に、客として、この二人に出くわしたことは一度もなかった。
エリオンという医者は私の顔を写真で見たことがあると言っていた。

レイが店の客だったことに驚いたが、それよりも、レイが店に来た、今、の切羽詰まった形相の方が私には恐ろしい。
ただならぬ空気をまとった彼の様子に、私はたじろいで、両手の拳をぎゅっと胸に当てる。


「運命の番は互いに引き寄せ合うってのは、あながち間違いではないのかな……」


エリオンはそっとマスターに呟いた。



***



私はレイと二人で窓際のボックス席に移動した。


テーブルを挟んでだったが、レイの体からアルファーのフェロモンの香りがした。懐かしい芳醇な香りだ。
マスターが心配そうに果実水を持ってきてくれた。

「大丈夫ですから」

レイはマスターに会釈し、彼を下がらせてゆっくりと低い声で私に話し始めた。

「試験が終わったら、俺のところに一番に報告に来るのが筋じゃないのか?」

怒っている。

レイの目に宿る鋭い光は私を威嚇する、戦略を練り直した弁護士のそれだった。

「はい。おっしゃるとおりです。すみませんでした」

私は真摯に謝った。タイミングが悪かったのは重々わかってはいるが、レイに会えたことが少し嬉しい。

報告しようと思ってはいたが、その勇気がなかったのだ。

怒っていてもかっこいいなと、久しぶりに見るレイの顔に見惚れてしまった。

安堵している私に、怒りが増したのか、


「隣のサミエルさんには手紙を書いているのに、俺にはできないの?」

レイは続けざまに言ってきた。

「一緒に住んでいる俺に連絡を取らなかったのも頷けない」

サミエルさんからその後の私の状況を聞いていたのかもしれない。けれどそんな報告はサミエルさんから伝えられていない。

「ごめんなさい……」

何か言い訳しようものなら、レイに反撃される気がした。
彼は弁護士なんだから論破は仕事だ。

「いや、謝って済むなら警察いらないし、弁護士もいらない。それに謝ったって許さないから」

いったいどうしろというのか、子どもの言い争いに思えてきた。

許さないと言われてしまえば、許しを請うことは無意味だろう。


私はレイの言い分に困ったように、ふっとため息をついた。


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