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第三章 ~戦闘狂の水晶使い~
第87話 連合のエージェント②
しおりを挟む「もう少ししたら、試合も始まるだろう。あいつらより早く済ませるとしよう。よし、行くぞ」
「はい」
王都内の大通りで、2人の人影が立っていた。2人は、フードで顔を隠している。
服は一般で売られているもの。傍から見れば、そこら辺の一般人その1と2だ。
だがその正体は、近衛騎士団騎士団長と副騎士団長である。
「目的の場所は……」
「雑貨屋、影の功労です」
ここは、ありとあらゆる店が並ぶ商店街だ。
食料品、日用品から骨董品まで、ここだけであらゆるものがそろう。
ここに来た目的は、影の功労という雑貨屋を目指してだ。
雑貨を買いに来たわけではない。
「ここ、か……」
雑貨屋のわりに、閑古鳥が鳴いているこの店こそ、影の功労だ。
そして、人がいないのはいつものことだ。
ドアを開けると、涼しいベルの音が、カランカラン、と鳴る。
「いらっしゃい」
奥から出てきたのは、60ぐらいの、初老の男性だった。
「何をお求めで?」
ここまでは、そこら辺の雑貨屋と何も変わらない。
「あんただ、バート・クィル」
「私を? どういった意味で?」
「白を切るつもりか? 吸血鬼…………」
先日捕縛した、妖狐3匹からラインが入手した情報によると、この町ではこの吸血鬼が諜報員と連合の仲介役をしているらしい。
そう、現在、仲介役の捕縛が各国同時で行われている。
万全を期して、各国選りすぐりの精鋭数名で捕縛に当たっている。
『――やはり妖狐は捕まっていたようだな』
声質が変わった。この感じはやはり……
「やはり魔物だったか……」
騎士団長と副騎士団長は武器を出す。
『その武器…………騎士団長か!!』
騎士団長のオリハルコンは雷を纏っていた。
技術《スキル》でも、魔法でもない。オリハルコンの持つ特性だ。
『…………まあいい。私は戦うつもりは微塵もないんだ』
「連合のものを手放しにするわけないだろう? お前はここで情報を吐き、捕らわれるか、死ぬんだ」
『であれば、情報を吐いてしまおう。私は連合に忠誠を誓ったわけじゃない』
「であれば、なぜ仲介役をしている?」
『それは数年前――』
数年前、この吸血鬼は普通の人間としてここで雑貨屋を営んでいた。
進化型として生まれたため、知能が高かった。そして――人間に憧れた。
吸血鬼は金級だが、この吸血鬼――バート・クィルは白金級。
見た目は人間と大して変わらなかった。
しかし、問題が発生した。
人間として生活を送る方法だ。
まず、『人』には国籍がある。しかし、吸血鬼などの魔物に国籍はない。
積荷に入り込み、都市に忍び込む。
残念ながら、積み荷は門でチェックされるため、忍び込むことは不可能だった。
夜の闇に紛れて忍び込む。
発見された場合、死は不可避。リスクが高いため、棄却。
──複数名で都市に入る場合、時間の短縮のため、全員が身分を証明する必要がない。
門のそばでそれを知った吸血鬼は、記憶喪失のフリをし、その末に1つの隊商に拾われた。
より真実味を増させるため、怪我までして。
吸血鬼はアンデッド種ではあるが、子孫を残す。だがそれと同時に、アンデッドの性質を持つため、アンデッドに分類される。
アンデッドの特徴は、寿命が長い。
血はあるが、流れない。もしくは、血がない。
子孫を残さない。残せない。
子孫を残せるという点以外、吸血鬼はアンデッドだ。
血はあるが流れず、寿命は不明。
吸血鬼《ヴァンパイア》は血を吸うため、嫌悪される。
吸う相手は人も魔物も関係ない。雑食性だ。
吸血鬼は血を吸うことで、遅々とではあるが、傷を回復させることができる。
道中、夜にこっそり抜け出し、魔物の血を少しずつ吸うことで、怪我の治りを早めた。
そして、隊商たちの信頼を得、この雑貨屋を任された。
しかし、血を吸わないことは吸血鬼にとって、死を意味する。
それを解決するため、副業として、組合の解体部に就いた。
解体部屋は個室で、血は廃棄されるため、少々減ってもばれない。
何より、ここは本部。冒険者の数も多い。
そのため、解体部は常に人手不足だった。
解体部屋は、門の内部にある。
出入口は、街の内外両方にある。
ある日、冒険者の持ってきたカクトツを解体中、街の外側の扉がノックされた。
用心のため、扉には覗き窓が備え付けられていた。
そこから覗き、唐突の来客を確認したところ、冒険者の持つ短剣が見えた。
だから入れた。――否、入れてしまった。
「いらっしゃい。もう少しで解体が終わるので――」
『――吸血鬼、お前に用がある』
「!?」
なぜばれたのか、まったくわからなかった。
人間としての自分が奪われることが怖かった。
だから、要求を呑んでしまった。
『我は、魔物たちを導き、『人』を滅ぼすものの側に使えし者。直、諜報員を忍び込ませる。その補助を頼む』
「具体的には?」
『侵入の補助、我らとの仲介役だ。情報は『通話』で送られてくる。それを我らに流してくれればよい。冒険者に変装させ、ここに送り込む。合言葉は2、3、2のノック』
それさえ守れば、普通の人間として暮らすことができる。『人』を滅ぼされてしまえば本末転倒だが、そんなことは頭から抜けていた。
『そして、数年後の現在に至る、というわけだ』
バートの話が終わった。
一瞬の沈黙のあと、口を開いたのは騎士団長だった。
「連合の目的は、『人』の殲滅、か……。『人』を主食とする魔物はいない。『人』を殲滅されれば、『人』の暮らしが消えるとは思わなかったのか!?」
『…………ああ』
「――貴様!!」
副騎士団長が剣を抜き放つ。覚醒はしていないあたり、冷静さは残っているようだ。
『やつらは『人』を皆殺しにするつもりだった。だが、その計画は長期だった。この計画準備期間が、私が『人』として過ごせる最長期間だったんだ……』
「やはり、お前は魔物だな」
『ああ……そのようだな…………』
魔物はどこまでいっても魔物。
だが、あそこでバートが要求を呑んでいなければ、計画を前倒しにされていた可能性もあるし、より信頼の置ける魔物が侵入していたかもしてない。
そう考えると、悪いことばかりではないと、騎士団長は考えていた。
「なら、私たちに強力しろ。これを呑むなら、監視は付けるが、今の生活は続けさせてやる」
『ふん…………ここで断れば、死か……。内容は?』
「連合に関する情報を洗いざらい吐け。そして、やつらに流す情報の操作だ」
『その程度であれば、造作もない。わかった、受け入れよう。もう1つ、要求だ。私は吸血鬼であり、『人』より長い刻を生きる。そこら辺を……』
つまり、いつまでも生きていれば怪しまれてしまう。それによる正体の露見を危惧した。
「わかっている。そこら辺はまただ。ミュイ、今すぐ第二隊から1人、派遣させろ」
『かしこまりました』
護衛に優れた騎士が所属する、第二隊。
貴族や王族などの重要人物の護衛が主な任務だが、数人は余っている。
数分後、ドアがノックされた。
「失礼します。要請に従い、参上しました」
「すまないな、急に呼び出して。護衛対象は、この人だ。監視も兼ねてな」
「……騎士団長、詮索は無礼だと承知のうえですが、任務の目的をお教えください」
「そうだな、お前には知る権利がある。――」
騎士団長は吸血鬼との話をすべて話した。
「つまり……このご老人は吸血鬼…………魔物だと?」
「ああ、事実だ。だからこその監視だ。連合にこのことは知られていないだろうが……」
「つまり、『護衛』ではなく、『監視』だと……?」
「ああ、話すつもりはなかったから『護衛』と言ったが」
そう、話すつもりはなかった。
老人の様子を逐一報告させるだけに留めるつもりだった。魔物であると言わなければ、ばれることはない。
人の口に戸は立てられない。
「…………かしこまりました。では、装備は……」
「ああ、オリハルコンは持っているな」
「ええ。ですが、私はこれとは別に、大盾を装備します」
「なるほど、ではあとで届けさせよう。門にあるな?」
オリハルコンは魔力として収納できるが、他の装備は収納できない。
そのため、住民の安全を守る目的で、街中に武器防具は持ち込めない。
そのため、街中の治安はいい。
いくらナイフや包丁を持ったところで、素手であっても、一般人相手に冒険者や騎士が負けることはない。
「では、我らは失礼するよ。試合を見に行かねば」
「感謝します、騎士団長様」
騎士団長は副騎士団長を連れ、試合会場へ向かった。
副騎士団長にはお使いを頼み、騎士団長は1人、試合会場へ向かった。
ちょうど、ラインが鬼族の騎士の頭を地面に叩きつけるところだった。
会場に罅が入ったときには、やりすぎじゃないか、と思ったが。
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