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第二章 〜水晶使いの成長〜
第63話 近衛騎士の卵
しおりを挟む4月1日
「よし、みんな揃ったな。では、出発するぞ」
冒険者学校の正門の前。
そこにいたのは、副騎士団長とクーラ先生。そして、馬――アヌース2頭と高そうな装飾の施された窓のない馬車。
馬車には、すでに御者であろう人が乗っている。
副騎士団長は完全武装している。
どれも高そうな、それでいて動作の妨げにならない程度の装飾が施されている。
胸鎧、手甲。
足甲はない。その代わりなのかはわからないが、膝下まであるブーツを履いている。
ベルトには剣を差している。鞘は純白で、持ち手は漆黒。
「この馬車は特別性でな。これがあれば、そうだな…………おおよそ1日で着く」
「――!?」
1日!? 普通の馬車ですら1週間はかかるのに…………。すげえな。
「1日、ですか………」
「その代わり、数は少ないんだがな」
見た感じ、馬は普通。
体格はかなりいいが、その他におかしなことはない。
と、なると、あの馬車が魔法具か? 帯びている魔力も、そこら辺の魔法具より多いし……。
「ふ………まあいい。よし、出発するぞ! 乗りたまえ!」
馬車の中は、予想の数倍は快適だった。
まず、ふっかふかのソファ。
そして、快適な空調。これは『寒冷』と『温暖』の統合型魔法具か。
一般に出回っているのは、どちらか片方しか使えないからな。
統合型もそれなりに出回ってはいるが、値段は倍以上だし、一店舗に置かれている数も少ない。
席は対面式。それでいて、真ん中には机もある。
広いし、パーソナルスペースも確保できる。机の上には時計。
結論。これは高級馬車。
「さあ、みんな乗ったな! 出発だ!」
「あ、そう言えば」
「どうした、ヤマル?」
「普通の馬車で1週間はかかる距離を1日で走るんですよね? とても速いですよね?」
「ああ、そうだな」
「御者の人は大丈夫なんですか?」
ああ、かなりの風圧になるし、曲がるときのGもすごいだろう。
しかも、ただの人間――not覚醒者だ。
「ああ、それ用の魔法具を身に着けているから大丈夫だ。心配はいらない」
魔法具?
ああ、たしかにあの服、魔力を帯びていたな。
横目にチラッと映っただけだから、気にも留めなかったぜ。
精々、身体強化レベルの魔力量だったし。馬車に体を固定させる効果の魔法具なのかな。
「昼食は途中で止まって食べるからな。そこそこいいものを用意してあるから、期待していていいぞ」
まだ朝の9時なのに、腹減ってきたじゃねえか。
朝食は多めに食べたのに。
ゴース、ミル、ノヨ、ロイズの4人とお別れ会みたいになったおかげで、ついつい食い過ぎてしまった。
「さて、と。トランプでもやるか?」
用意のいいターバは、トランプを持ってきていた。
必要な荷物はすでに向こうに送っているのに……。荷物は1日遅れで着くらしい。
「用意がいいんだな、ターバは」
「副騎士団長様もやりましょう! ババ抜きですけど」
ババ抜きか。よかった。
ポーカーとかブラックジャックだと細かいルールはわからないからな。
「さあ、始めようか」
シャッフルされたカードが全員に均等に割り振られた。
オレの元にはJOKERが1枚……。
その代わり、1が2枚あった。そのため2枚減って、9枚。まだまだ多いな。
「よし、あがり!」
「ヤマル……また最下位……」
「「…………」」
今は12時。
これまで10数戦したが、ヤマルの戦績は、1位、0回。2位、0回。3位、1回。4位、4回。その他は全部最下位……。
哀れみの感情しか湧かない。だって……
「ヤマル、すぐ顔に出るんだもん」
「う…………」
そうなんだよな。
JOKERが来たときとか、すんごいわかりやすい。
どのカードを取ろうか、手をカードの上で行ったり来たりさせているときなんかも、口の端が動くし。
「さて、もう着くらしい。きりがいいし、終わろうか」
副騎士団長の発言で、ほんの少し重かった空気が一瞬で明るくなった。
「あ~~、腹減ったぁ」
そのとき、馬車の扉がノックされた。
「到着しました」
「開けてくれ」
その一言で扉が静かに、滑らかに開かれた。
…………顔は?
御者は、体がすべて布で覆われていた。
それは顔も例外ではなく……。前は見えてんのか?
「ああ、失礼しました。外していませんでしたね」
顔の下の素顔は、美男子だった。
さらさらの白髪に、濃紺の瞳、白い肌。
「改めまして、みなさん近衛騎士の卵をお送りする馬車の御者の、エイジュ・リーネと申します。以後、お見知り置きを。さて、では昼食の準備ができております。こちらへどうぞ」
案内された先にあったのは、木でできた椅子と机。その上には豪華な料理。
ただ、2つ言いたい。
1つ。この料理はどこから運ばれてきたのか。
まだ温かいが、周囲に人影はない。
2つ。ここは村の中ではない。
それどころか、森に近い平原の真ん中。
「ここで昼食……ですか?」
「そうだ。今は農繁期だし、村にお邪魔はできない。他に質問は?」
「これらの料理は、いつ、誰が?」
「…………さあな。さて、せっかくだ。食べよう」
なるほど。
あくまで推測だが、1つの可能性が見えた。
いつでも、即座に戦闘態勢に入れるかどうかのテストである可能性。
料理を用意した人は森の中で魔物をこちらに誘導しているのか?
そうなると、料理人は近衛騎士。
すごい腕前だ……!!
味も最高!!
「美味い!」
「うん、美味しい!!」
「ふむ……なかなか美味い!」
この空気、魔物に壊されるのかぁ。
ま、水晶を使えば食べながら片が付くか。
半分ほど食べたとき、ようやくと言うか、魔物が姿を現した。
視界の端に人影が見えた。前衛型の近衛騎士か?
魔術師じゃない人は、見わけがつきにくくて困る。魔術師なら魔力量で覚醒者かそうじゃないか判別できるのに。
「おや、ゴブリンか」
「4匹ですね」
「ちょうどいい。1人1匹倒せ。ただし、食事中であることを忘れるな」
「「はい!」」
ま、わかっていたが。副騎士団長と御者は傍観、か。
御者は予め知らされていたのだろう。全然驚いていない。
「あのゴブリン…………」
「相当腹を空かせているな」
「ああ、一つ言い忘れた。1人で1匹倒せ。協力は認めない」
ちなみに、オレたちは丸腰。
素手でゴブリンを殺せ、と?
「これを使うといい」
そういって渡されたのは、一振りの剣だった。
1人一本ではない。4人で一本だ。
「それに魔力を込めると、魔力の膜ができるから、血が付く心配はいらない。私たちは食事を続けるから、終わったら呼んでくれ。では、健闘を祈る」
「――『晶壁』」
お目汚しになってはいけないからな。これでこちら側は見えない。
「さて、誰から行く?」
「いや、リーインさんや?」
「なに? ライン」
「ゴブリンが一対一をしてくると思う?」
ゴブリンに騎士道精神は皆無だ。言葉も伝わらないらしいし。
「つまり、自分の相手以外のゴブリンに傷をつけてはいけない。だから速く倒さないいけない」
「しかも武器はこれ一本」
「簡単な話だ。全員で一斉に襲い掛かって、組み伏せるんだ」
「なるほど! 名案だな、ライン!」
作戦はこうだ。
まず、1人、ゴブリン1匹をマークする。そして、動きを封じる。
ただ、止めを刺すために片方の手はフリーにしておく。
その間に1人1人自分のゴブリンに止めを刺していく。
「なるほど、それならいけそうだね」
条件付きクエストって、面倒くさいんだよな。
こっちで、しかも3次元でまたやることになるとはね。
ほんと、何が起こるかわかんないね。
優雅に食事を取っている副騎士団長のもとに『通話』が入った。
『副騎士団長様、無事、ゴブリン4匹の誘導に成功しました』
『うむ、ご苦労。あとは私がやっておく。他の魔物につけられていないか?』
『ええ、大丈夫です』
『この森にも魔鉱級の魔物は存在するんだが、まあいい』
『近頃は害となる魔物の数が減っているせいか、見つけるのに苦労しましたよ。おまけに、7匹で群れてましたからね。撒きながら殺して、なんとか……ですね』
『そうか、なら僅かながら追加報酬を、王都に帰ったら渡そう』
『お! ありがとうございます!』
初めからそっちに話を持っていくつもりだったのだろう、と副騎士団長も推測していた。
だからこそ、本来の報酬金額よりも少し少なめの金額を提示したのだ。
ゴブリンを連れてきた男は、金Ⅰ級の冒険者だった。
『さて、ではもう帰っていいぞ。報酬は組合に渡しておく。明日にでも取りに行くといい』
『わかりました。では失礼します。……ああ、あと、あの黒髪の男の子。こっちに気づいていたかもしれやせん』
『ほう…………』
『あれは将来が楽しみですね。……では』
『ああ、ご苦労様』
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