ナイトメア

咲屋安希

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3.夢から醒めて

夢から醒めて(3)

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 ただ、と明は言葉を続ける。表情の固まった美誠をのぞき込むように首を傾ける。

「自分が……死んだ時は、君に伝えて欲しいと伝言を預かっているんだ。『傷つけてごめん。本当にすまなかった』だそうだ。夢に入り込んだことはアイツの意思じゃなかったそうだ。気が付いたら君の夢に入り込んでいたと言っていた。
 多分、言うに言えなかったんだろう。あいつは――君に本気で惚れていたからね」

 目を見開いて固まった美誠に、明はとつとつと語る。落ちた肩は、明の心身に蓄積ちくせきした疲れをよく物語っていた。

「あんな可愛い子供たちと一緒に過ごす、やりがいのある仕事を持って普通に生きている君を、こんな危険な稼業にたずさわらせたくなかったんだよ。だから自分の心を押し殺して見合いを繰り返していたんだ。
 君に自分の気持ちを知られたらいけない、けれど傍にいたい話をしたい、そんながんじがらめの心が、今と似ても似つかない子供の頃の姿になって君の夢に入り込んでしまったんだと思う。君の夢に出てきた女の子は、輝の押し殺した恋心そのものだったんだよ」

 手を握りしめ体をこわばらせ、うつむいた美誠からぽたぽたと水滴が落ちる。

 こらえるように目をつぶり、またぱたぱたと地面に涙が落ちて、美誠は両手で顔をおおう。


 いつも優しくなぐさめてくれた朱金の着物の女の子が、まぶたの裏に浮かぶ。

 本当に優しかった。真剣に美誠の話を聞いて向き合ってくれていた。

 現実の輝も、憎まれ口を叩きながらも遠方から通ってくる美誠に屋敷の宿泊を許可し、色々と気遣ってくれた。忙しい中修練にも付き合ってくれた。

 いつか夢で語った通り、美誠の気持ちを知っているなら、甘い言葉をささやいてもてあそぶこともできたはずだ。

 でも輝はそんなことはしなかった。
 
 肝心な所で輝は美誠に優しかった。表面的な優しさではない、美誠を心底思いやった深い優しさをくれた。
 
 だから美誠も悩み続けたのだ。死ぬほど怒ったけれど、けっきょく輝の真意がどうしても分からなかった。
 
 本当に優しかったのだ彼は。それが分かっていたから言い訳も釈明もしてこない輝をなお恨んだ。四ヶ月も連絡をくれない輝に怒り、落胆していた。
 
 でもようやく腑に落ちた。輝は釈明したくてもできなかったのだ。泣く美誠に、明は静かに声をかける。

「美誠さん、無理ばかり言ってすまないが、今から屋敷に来てくれないか?君の声を聞いたら、あいつも火事場の馬鹿力を出せるかもしれない」

 声をかけてやってほしいと静かに請われ、美誠は涙をぬぐってうなづいた。




 明の運転で御乙神宗家の屋敷に着いたのは、陽も落ちかけた午後五時過ぎだった。

 高速道路を移動中、降り始めた雪で速度制限がかかりかなり時間を食ってしまった。

 車から降りると、主要道路から山手に入り込んだ場所に建つ宗家屋敷はうっすらと雪が積もり始めていた。

 風格ただよう入母屋屋根の玄関をくぐり、美しい陶器タイルが張られた三和土たたきで靴を脱いでいると、広い廊下の奥から中年の女性が姿を見せる。

「明」

 美誠はほんの数回会ったことのある、輝と明の乳母兼家政婦を務めていた女性だった。今は結婚して御乙神家での勤めは辞めて、たまに子供を連れ屋敷に遊びに来るということだった。

 早くに母親を亡くした明と輝を、我が子のように愛し育ててきたのだろう。今も明以上に目に見えて青白い顔でやつれて、心労に身を削っていることがありありと分かった。

三奈みなさん。どんな風?」

 明の声に、三奈は固い表情で首を横に振る。そして明の横に立つ美誠に、力なくほほえみかける。

「美誠さん、来てくださってありがとうございます」

 三奈にいきなり右手を取られ、美誠はおどろく。礼儀作法には精通しているだろう三奈が、たいして面識のない相手の身体にいきなり触れるとは思いもしなかったからだ。

 三奈は取った右手をぎゅっと握った。皮膚が白くなるほど強い握り方だった。

「輝様は……輝は、幼い頃から次期宗主となるべく厳しく育てられ、教育を受けてきました。そのせいか、結婚も女性との付き合いすらも宗主の義務だと考えている節がありました。
 だけどあなたと話している時は、本当に楽しそうで優しい眼をしていて。あなたのことを真剣に案じ悩んだあまり、自分の心を押し殺し過ぎて、行き場のない気持ちがあなたの夢に入り込んでしまったのだと思います。
 真面目で優しい子ですから、あなたのことを苦しめるつもりは絶対になかったはずです。だからどうか輝を……許してやってくれませんか?」

 すがるように、懇願するように、三奈は頭を下げ美誠の手を握る。

 美誠は何も言わない。沈黙する美誠の手から、明は三奈の手を優しく外した。

「……とりあえず美誠さんを、輝の所に連れていくから」

 なだめるような静かな明の言葉に、三奈は無言でうなづき明の手をにぎり返した。


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