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第四章 背徳にまみれた真実
背徳にまみれた真実(5)
しおりを挟む言われた言葉に輝は首を傾げ、けげんな顔をする。意味が分からなかったのだ。
対して義人は『予感的中』と言わんばかりに目を閉じ、息をのんでいた。
(イヤな予感がしてたんだよ……)
先ほどの、立て板に水の如く語る飛竜の様子に、義人は嘘を付いている人間特有の雄弁さを感じていた。
大小さまざまな金銭トラブルの対応で、義人は山の様な言い訳を聞いてきた。霊能力でも直観力でもない、積み重ねてきた経験から察した、先ほどの飛竜の説明を義人は『クロ』と判断したのだ。
輝はとんでもない力を持っているが、やはりまだ一八歳である。経験を積み重ねてきた大人の話術を見破れなくても仕方がないだろう。
とりあえずこの場は輝に任せて、後から法的な裏を取った上で自分の感じた『嘘』を報告しようと思っていたのだ。
(破格の才能を持った『孤児』が、そううまいこと居る訳ないよなぁ……)
千早の力は、名門と呼ばれる御乙神一族の中でも突出したものだ。それほど希少な存在は、世界広しといえども滅多に見つからないはずだ。
そんな希少な存在をどうやって見つけたのか。
飛竜の真っ黒な言い訳を聞きながら、『孤児』という狭い範囲で探したのではなく、対象の母数を上げるため『子供全般』という範囲で探したのではとひらめいたのだ。
「盗んできたのか。千早を」
今まで沈黙していた明が、初めて口を開いた。
「二親がそろった普通の家庭に生まれた、才能のある赤ん坊を盗んできたんだな。そして自分の子供を、本物の『飛竜千早』を、盗みがばれないように置いてきたんだな」
感情が全く感じられない口調が、逆に恐ろしい。
震えあがっている義人は蚊帳の外で、飛竜夫人はその蛇の目から、突然はらはらと涙を落とした。
『上の娘たちが霊能の才に恵まれず、夫は今度こそはと星の動きを測り、数百年に一度巡るかどうかの、破格の霊能の才に恵まれる完璧な星回りで出産するよう手はずを整えたのです。
でも分娩時に事故が起こり『千早』は星回りから外れ、霊能力を持って生まれませんでした。私もしばらく意識が戻らないほどの重傷で、その事故により、もう子供が望めない体となりました』
輝の足の下で、飛竜は荒い呼吸をしている。それは焦りか、真実を暴露される恐怖なのか。
白蛇はうなだれて、とつとつと語る。
飛竜照子の事は、結婚前は優れた術者であり容姿にも恵まれ、正に才色兼備の高嶺の花であったと聞いている。
しかし今の様子は、人生に疲れ果てた、くたびれた中年女性にしか感じられなかった。
『正直私は、子供に霊能の才があってもなくてもどちらでもよかった。事故から目覚めた時、『千早』は無事だったと聞き、とても安心しました。やっと『千早』に会えると思って嬉しかった』
けれど連れてこられた赤子は、自分の子供ではなかった。
一目で分かったのだ。これは自分の子供ではないと。
『うそぶく夫を問い詰めやっと真実を聞き出した時、私は絶望しました。命がけで産んだ我が子に一生会えず、どこの誰とも知れない他人を我が子と呼んで育てなければならないなど、悪夢というより他にありません。
そして真実が露見しないよう、絶対に本物の『千早』の事を教えてくれません。もちろん偽物の素性もです。そして何があってもこの事を口にするなと私を脅しました。
誰かに漏らそうとすれば……その時は……私を殺すと』
どこまでが真実か、どこまでが本気の言葉だったのか、それは今すぐに判断できることではなかった。
しかし目前でうなだれる白蛇の様子は、演技ではないのが分かる。十七年、積もり積もった重い心労が、式神を通してまでも漏れてくるようだった。
白蛇が、女性の声ですすり泣く。その声は切なく悲しく、我が子を奪われた一人の母親の、救いを求める声だった。
『もう飛竜家なんてどうでもいい。私も死んでも構わない。でもお願いですから、本物の『千早』を探し出してください。
夫は体面のためには何でもする、見栄に狂った人間です。だから何度離婚を申し出ても応じてもらえない。もうこんな生活嫌なんです。これ以上耐えられない。もういっそ、死んでしまいたい……』
異様なまでに静まった豪華な部屋に、女性のすすり泣く声だけが聞こえる。
部屋の空気までが冷え切った感のある中、しばらく沈黙していた輝が、口を開いた。
「話を整理しようか。飛竜」
足で飛竜を踏んだまま腰に右手を当て、ごく平穏な口調で語る様子が、本当に怖い。
ほぼ一般人の義人は、今、飛竜家に付いてきたことを心の底から後悔していた。
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