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第四章 背徳にまみれた真実
背徳にまみれた真実(3)
しおりを挟む先に廊下に出た輝に追いついて、義人は小声で報告する。
「頼まれたDNA鑑定の手配、完了しました。検体が届き次第すぐに鑑定作業に入ってくれるそうです。この後直接検体を届けに行きます」
「早いな。助かります」
「いえ、たまたま友人が研究医になっていて、そのツテで押し込んでもらっただけです。俺の力じゃありません」
「交友関係も実力のうちだと……父がそう言っていた」
淡々と語る輝に、義人は口調を柔らかくして返した。
「輝様は少し休んでください。トップが倒れたら部下が困るんです。輝明様も、たぶんそう言っていたと思いますけど?」
思わず目をやった輝にカラリと笑って見せて、義人は玄関のドアを開き、ひとり先に行ってしまった。
玄関のたたきで立ち止まった輝は、ゆっくりとまばたきをして小さく息をつく。我知らず、言葉がこぼれた。
「トップか……」
玄関に据え付けられた鏡を見ると、初めて見るやつれた自分が映っている。
しばらくその場に立って、輝は鏡を見入っていた。
襲来の日から一週間が過ぎた。しかし千早は未だ、目を覚ましていない。
輝、明、そして義人は今朝からある場所へと出掛けている。
破壊されたままの宗家屋敷に残っているのは、三奈と眠りつづける千早、そして封印から解き放たれた黒龍だけだった。
三人の『用事』を思い、三奈は千早に付き添いながら、ゆううつげに窓の外を見ていた。しかし、ふとある事に気が付きあわてて両手を伸ばす。
「ちょっと!あなた今はかわいい猫ちゃんだけど、正体は数百年生きてる海千山千のおじいちゃん龍でしょ!若いお嬢さんの布団に入るなんて重大セクハラですよ!」
はっしと三奈が掴んだものは、黒猫姿の黒龍、千早の言うところの『クロちゃん』の長いしっぽだった。
眠り続ける千早の枕元で香箱座りをしていた黒龍は、三奈が外を眺めているうちに千早の布団の中に潜り込もうとしていた。
三奈にしっぽを掴まれ、入りかけた布団から引きずり出された黒龍は、今は猫らしく背中の毛を逆立てて反論する。
「病人を温めようとしているだけではないか。我にとって姫は玄孫か来孫のようなものよ。
我に小言を言うより、姫に不埒な思いで頭が一杯の我が主に言うがよい。そなたの目が節穴のお陰で、二人きりの時は我が姫の御身を守っていたのだぞ」
「結界から出られないはずの子が輝の許嫁を家に招いてしかも恋仲になってるなんて夢にも思いませんよ!それを言うならあなたが教えてくれるのが筋じゃないですか?この裏切者!」
まくしたてる三奈の剣幕に気圧されたようで、黒龍はめずらしく感情を表に出し、憮然とした様子で言葉を返す。
「……強くなったのう、三つ編みの小娘よ」
「一体いつの話ですか!あんなクセ強い男の子を二人も育てたら強くもなりますよ!」
ぷりぷり怒っている三奈の膝に、黒龍は身軽に飛び乗った。そして三奈を見上げる。
「主たちの事は心配無用ぞ。やり方は多少荒いかもしれぬが、やるべきことはやってくるだろう。我々は姫をお守りし意識が戻るよう、御世話を尽くすのみだ」
元気よく怒っていた三奈の顔に、陰りが戻る。そして膝の上に座ろうとした黒龍をひょいと抱き上げ、千早の枕元へと戻した。
「黒龍。アラフォーといえど私も女性です。勝手に膝に乗るなんて大変なセクハラですよ?」
輝が開いた、見るからに高価そうな引き違い格子戸は、勢いよく壁にぶつかり亀裂が入る。
それを義人は引き気味に見やり、前を行く年齢的にはひと回り年下の二人に付いていく。
集まってきた使用人たちも、誰も三人を止めようとしない。豪華絢爛を形にしたような飛竜邸を進み、目指す人物の気配がする一室の扉を開く。
そこはこの屋敷の中心となるリビングの様だった。見渡すほど広い洋室は二階への吹き抜けとなっていて、端にはベランダとなっている二階廊下へと繋がる大階段が造られている。
吹き抜ける高い天井からは、無数のクリスタルが輝くきらびやかなシャンデリアが下がっていて、置かれた家具も一般家庭ではまず見る事はない高級輸入家具ばかりだ。
湯水のように金銭がつぎ込まれたリビングに、顔色の悪い飛竜健信が立っていた。
いつにも増して目つきの悪い輝が、飛竜のそばにある猫足の小テーブルに書類ファイルを投げる。
薄いファイルは、千早と飛竜夫妻のDNA鑑定の結果だった。
「どういうことだ。千早ちゃんは、一体誰の子供なんだ」
DNA鑑定の結果、千早と飛竜夫妻の間に遺伝子的なつながりは全く無かった。千早は、本当に飛竜夫妻の実子ではなかったのだ。
輝も、魔物・御乙神織哉の言葉を丸々信じた訳ではなかった。
けれど以前から、千早が飛竜家の人々と似ていない事はうっすらと気付いていた。
それは、性格の面でも容姿の面でも、様々な方向からそう感じていた。姉達三姉妹が全く霊能力を持っていないのに、千早だけがずば抜けた力を持っているのも、よく考えれば妙な話だった。
しかし、まさか、全く血の繋がりの無い子供を実子と偽っているとは思いもよらなかった。それはさすがの輝明も、考えが及ばなかったようだった。
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