20 / 47
第三章 十三夜の月の下で
十三夜の月の下で(3)
しおりを挟む昇りはじめた十三夜が、墨汁のような池に映り込んでいる。
それは世間で『月の道』と呼ばれるものだ。黒々とした水面に伸びる月の光は、池が波立つたびに細かくきらめき、空に昇る月よりも輝いて見える。
冷えた夜気にきらめきも増し、この世のものとは思えないほど美しい月明りの道を通り、この世の者でない何かが姿を見せ始めていた。
絶句する術者たちの中で、輝明はよどみなく神刀・火雷を抜刀する。巌のように落ち着いた父の姿に倣い、輝も平静を装いながら神刀・天輪を抜刀する。
広々した池の水面が、巨大な体躯に占領されていく。月の道から抜け出てきた、八つの巨大な首は、闇夜に赤い目を光らせ池端に集まる術師たちを見やる。
八岐大蛇―――神話にしか出てこないはずの魔物が、月の道を通り宗家屋敷に出現した。
こんな巨大な魔物など、誰も見たことはなかった。話に聞いたこともない。どう戦うかすら見当がつかない。
本能で腰が引け始めた術者たちを、八つの首、十六の眼は見ていた。ゆるりと動き始めた巨大な魔物の横に、闇から染み出すように魔の美丈夫が現れる。
怖気の立つ、魔の風が吹き始める。凍る冬の夜気は、さらに禍々しい気配に毒され、耐えがたい大気となる。
寒く禍々しく、まるでこの場が地獄のようだと輝は思った。年末も近い極寒の夜、背中に流れるほど汗をかきながら輝は天輪を構え、徐々に近づいて来る伝説上の怪物と、元は人間だった魔物の首魁を見据える。
輝、と名を呼ばれ目だけで傍らの父を見る。辺りの術師たちが動揺を隠しきれていない中、落ち着き凛と構える宗主は、良い意味で周囲から浮いていた。
「私が織哉の相手をする。お前は皆と協力して、あの化け物を叩け」
動揺を隠しきれず顔に出てしまった息子へ、輝明は小声で指示を出す。
「天輪とより深く同調し、森羅万象の力を引き出すんだ。そうすれば今以上の身体能力、雷の力を使いこなせる。お前ならできる」
「そんな、父さん……」
さすがにためらう様子を見せる輝の頭に、突然輝明が左手を置いた。
「!」
ぽん、と柔らかくはたく。眼を見開いておどろく息子に、大きな傷の走る顔をゆがめわずかに笑んで見せる。
「万が一の時は父さんが助けに入る。一族の皆を守るのが、宗家、そして神刀の使い手の役目だ。まずは全力を尽くせ。全力を尽くせば皆も付いて来る」
頭を撫でられるなど、ほんの幼い頃以来だ。あぜんとしている息子の髪から手を離し、輝明は右手に下げた火雷の柄を鳴らし、握り直した。
術師たちが声を上げるほど、火雷は赤く燃え上がった。充満していた瘴気を燃やすように、清らな炎は赤く高く燃え上がる。
炎を旗印に掲げ、輝明が声を張り上げる。
「皆、輝と共に巨体の魔物を滅ぼせ。巨体と言えど所詮は魔物。神格の力には敵わない。正統なる森羅万象の力を持ってして、魔の存在を討ち滅ぼせ」
池端のごく近い場所に渦が巻き、池の水を巻き上げる。
上がった水竜巻を突き破り、黒装束の魔物・御乙神織哉が火雷の炎めがけ疾風のように斬り込んでくる。
迎撃の赤い炎と白い雷光が池端に炸裂する。それを切り刻む様に瘴気を含んだ魔の風が縦横無尽に荒れ狂った。
切り結ぶ合間に見える、美しい白い顔は夜の闇、黒の水面、そして魔物の黒装束から浮かび上がり、遠目にもはっきりと見える。
御乙神織哉の凄絶なまでに美しい顔をきつく睨み、輝は岸へ向かってくる小山の様な魔物へと相対する。
暗闇の中、まばゆい雷光に引かれたように八つの首は輝に向かって来る。池の水が大きく波打ち、岸で飛沫を上げる。
少しでも魔物の動きを止めようと、術師たちは縛魔の術を敷き始める。
貴き力による縛魔の網が張り巡らされた池端に、八つの首が向かって来る。肉体か霊感か、どちらが感じたか分からない猛烈な臭気が波のように押し寄せる。
逃げまいと、負けまいと思う気合が雷光となってほとばしる輝が、向かって来る魔物に天輪を振るう。
破壊される池端の歩道。吹き飛ぶ外灯や篝火。縛魔の網に掛かり巨大な首がひとつ、激しく暴れている。
雄叫びを上げ、輝は猛然と網に掛かった首を落としにかかる。
怖気立つ風が巻き、清らな炎が燃え上がり、次々と池端が破壊され、激しい雷光が闇夜を裂く。
端正な日本庭園は、秩序の無い乱戦場と成り果てていた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
闇に堕つとも君を愛す
咲屋安希
キャラ文芸
『とらわれの華は恋にひらく』の第三部、最終話です。
正体不明の敵『滅亡の魔物』に御乙神一族は追い詰められていき、とうとう半数にまで数を減らしてしまった。若き宗主、御乙神輝は生き残った者達を集め、最後の作戦を伝え準備に入る。
千早は明に、御乙神一族への恨みを捨て輝に協力してほしいと頼む。未来は莫大な力を持つ神刀・星覇の使い手である明の、心ひとつにかかっていると先代宗主・輝明も遺書に書き残していた。
けれど明は了承しない。けれど内心では、愛する母親を殺された恨みと、自分を親身になって育ててくれた御乙神一族の人々への親愛に板ばさみになり苦悩していた。
そして明は千早を突き放す。それは千早を大切に思うゆえの行動だったが、明に想いを寄せる千早は傷つく。
そんな二人の様子に気付き、輝はある決断を下す。理屈としては正しい行動だったが、輝にとっては、つらく苦しい決断だった。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
未亡人クローディアが夫を亡くした理由
臣桜
キャラ文芸
老齢の辺境伯、バフェット伯が亡くなった。
しかしその若き未亡人クローディアは、夫が亡くなったばかりだというのに、喪服とは色ばかりの艶やかな姿をして、毎晩舞踏会でダンスに興じる。
うら若き未亡人はなぜ老齢の辺境伯に嫁いだのか。なぜ彼女は夫が亡くなったばかりだというのに、楽しげに振る舞っているのか。
クローディアには、夫が亡くなった理由を知らなければならない理由があった――。
※ 表紙はニジジャーニーで生成しました
どこにでもいる働いている人の日常
どらぽんず
キャラ文芸
社会人として働いている様子や、仕事が終わった後の様子、生活の様子など、
その一部を切り取って書いてみたお話をまとめたものです。
※pixiv/なろうにて三題噺として書いたもののうち、
仕事をしている様子やらを題材としたものについて、
描写・表現等を見直してあげたものになります。
※以降の更新は不定期になります。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
口づけからはじまるかりそめ夫婦、道中お気をつけて~契約でのかりそめ夫婦のはずが、なぜか夫から本気の求婚をされながら勾玉集めの旅をしています〜
星名 泉花
キャラ文芸
穂乃花は巫女姉妹の七女。八ツ俣(やつまた)を封じるために姉妹全員で人柱となった。
だが穂乃花が暴走したことで封印は失敗した。
時は流れ、穂乃花は八ツ俣封じのために再び目を覚ます……がまさかの口づけをきっかけに起きてしまった!
なんだかんだと一悶着があったものの、乙女の唇を奪った深琴と「かりそめ夫婦」となり旅をすることとなる。
姉妹たちに会いに行き、罪滅ぼしのために勾玉を集めていくが、道中「かりそめ夫婦」として深琴に振り回されて……。
やがて八ツ俣退治で起きた裏側を知ることとなり、穂乃花の運命が翻弄されていく。
「狭間の巫女」
それが八人姉妹の七女・穂乃花の宿命でーー。
可憐な乙女が「かりそめ夫婦」として八ツ俣退治に向かって奮闘する和風恋愛ファンタジー🌸
「さぁ、この旅の道中お気をつけてお進み下さい」
【完結】龍神の生贄
高瀬船
キャラ文芸
何の能力も持たない湖里 緋色(こさと ひいろ)は、まるで存在しない者、里の恥だと言われ過ごして来た。
里に住む者は皆、不思議な力「霊力」を持って生まれる。
緋色は里で唯一霊力を持たない人間。
「名無し」と呼ばれ蔑まれ、嘲りを受ける毎日だった。
だが、ある日帝都から一人の男性が里にやって来る。
その男性はある目的があってやって来たようで……
虐げられる事に慣れてしまった緋色は、里にやって来た男性と出会い少しずつ笑顔を取り戻して行く。
【本編完結致しました。今後は番外編を更新予定です】
幻想プラシーボの治療〜坊主頭の奇妙な校則〜
蜂峰 文助
キャラ文芸
〈髪型を選ぶ権利を自由と言うのなら、選ぶことのできない人間は不自由だとでも言うのかしら? だとしたら、それは不平等じゃないですか、世界は平等であるべきなんです〉
薄池高校には、奇妙な校則があった。
それは『当校に関わる者は、一人の例外なく坊主頭にすべし』というものだ。
不思議なことに薄池高校では、この奇妙な校則に、生徒たちどころか、教師たち、事務員の人間までもが大人しく従っているのだ。
坊主頭の人間ばかりの校内は異様な雰囲気に包まれている。
その要因は……【幻想プラシーボ】という病によるものだ。
【幻想プラシーボ】――――人間の思い込みを、現実にしてしまう病。
病である以上、治療しなくてはならない。
『幻想現象対策部隊』に所属している、白宮 龍正《しろみや りゅうせい》 は、その病を治療するべく、薄池高校へ潜入捜査をすることとなる。
転校生――喜田 博利《きた ひろとし》。
不登校生――赤神 円《あかがみ まどか》。
相棒――木ノ下 凛子《きのした りんこ》達と共に、問題解決へ向けてスタートを切る。
①『幻想プラシーボ』の感染源を見つけだすこと。
②『幻想プラシーボ』が発動した理由を把握すること。
③その理由を○○すること。
以上③ステップが、問題解決への道筋だ。
立ちはだかる困難に立ち向かいながら、白宮龍正たちは、感染源である人物に辿り着き、治療を果たすことができるのだろうか?
そしてその背後には、強大な組織の影が……。
現代オカルトファンタジーな物語! いざ開幕!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる