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第四章 決断
決断(1)
しおりを挟む全分家当主が宗家屋敷へ集められたのは、三月も終わろうとしている頃だった。
今年は桜が遅く、宗家屋敷に植わるソメイヨシノもようやくちらほらと花を開き始めていた。
けれど魔物の襲撃はいまだ止むことはなく、花を愛でる余裕など誰もない。
『椿の間』に集まった分家の当主たちは、ほんの数か月前と比べ半減した分家当主の顔ぶれに、世間話をかわす気力もなく黙りこんでいる。
二十八家あった御乙神一族分家はとうとう半数を割りこみ、現在十三家が残っていた。
三〇〇人ほどいた一族の人数は、すでに一三〇人を割っている。滅亡の予言が、いよいよ現実味をおびてきていた。
時間になり入室してきた宗主・御乙神輝は、疲労と心労でやつれている分家当主たち十三人を見まわし、自分の席に着く。
そして社交辞令も時季のあいさつも飛ばし、いきなり本題に入った。
「日頃から、命がけで一族の仲間たちを守ってくれていること心から感謝する。けれどもう、限界が近いことは皆も分かっていると思う」
年上の男性たちが血の気の引いた顔でうつむき加減のところ、年若い宗主は強い意志の見える眼で前を見すえている。
輝の顔も重なる疲労で頬がうすくこけている。けれど現状をあきらめてはいないと、ありありと表情で語っていた。
輝の強いまなざしに、分家当主たちは顔を上げる。あきらかに力がおよばないこの現状で、強く前を向く輝に希望を感じたからだ。
なにかを求めるように集まる皆の視線を受けて、輝はよく聞こえる様にゆっくりと語った。
「これ以上一族の人間が減れば、互いに助け合うこともむずかしくなってくる。そうなる前に決着をつけるべきだと俺は考える」
「それは……どうやって……」
輝は、ゆるがない目でまよいなく伝えた。
「準備を万端にした上で、こちらから『滅亡の魔物』を呼び出し一族全員で倒す。魔物といっても呼び出せるのは御乙神織哉だけだが。
屋敷に残っている彼の遺品を使って波長の回路を開くつもりだ」
長く使った品物には、持ち主の気のパターンである『波長』が染みついている。
霊能力を使いその波長を増幅させ、次元の境を超えて同じ波長につなげる。
そうすれば持ち主との霊的な道『波長の回路』ができる。それをたぐりよせれば、相手はこちらへと引っ張られるというわけだ。
これは召喚術の一種だった。応用すれば呪殺術となる。具体的な例として丑の刻参りがそれに該当する。
相手の体の一部を使い波長の回路を繋ぎ、相手を攻撃する力を送り込むのだ。
大胆な作戦に絶句している分家当主たちに、輝は淡々と説明を続ける。
その口調は決して高圧的ではない。同じ目線で、あくまでていねいに『説明』をしている。
分家や七家に敵愾心を持っていた過去の輝にはなかった態度だった。
「御乙神一族を滅ぼそうとしている『滅亡の魔物』の正体は今でも分からない。けれど御乙神織哉は滅亡の魔物と縁を結んでいるのはまちがいない。
今までの行動を見ていても、かなり縁は深いはずだ。御乙神織哉を呼び出し倒すことができれば、滅亡の魔物にもかなりのダメージを与えられるだろう」
「しかし、こちらから呼び出すなどあまりに危険では」
ためらう発言は、御乙神分家・蘇芳家の当主からだ。輝はゆっくりと腕組みをしながら答える。
「確かに危険だ。でも、こちらの人数が徒党を組めないほど減ってしまうまでに、取れる手は打っておくべきではないか?」
その時、沈黙していた妃杉家の当主が軽く挙手して発言の許可を求める。
輝が軽くうなづくと、妃杉は少し言いにくそうに口ごもり、そして覚悟を決めたように口を開く。
「輝様。あの……魔物は、人間であった頃から本当に強いです。とても、とても言いにくいのですが、人間であった頃の力と比べても、恐らく今のあなたよりも……」
年齢の割に優しい雰囲気を持つ妃杉家の当主は、不安よりも心配げに輝を見ていた。
元・神刀の使い手である魔物と直接戦わねばならぬのは、結局は同じ神刀の使い手である輝である。
まるで年の離れた弟を心配するような妃杉の様子に、輝はほんのりと口元だけ笑む。
(そういえばここにいる皆は、血のつながりのある身内なんだよな)
分家を敵視し我を張っていた過去の自分はなんと幼かったことかと、輝は自分に苦笑する。
追いつめられれば頼りになるのは、結局は家族なのだと思ったのだ。
「ありがとう、妃杉。でも、俺が力を付けるまで向こうは待ってくれんだろう。
物事は時期が大事だ。今を逃せば、一族滅亡の流れを変えることができなくなると俺は思う。それに俺一人で戦うつもりはない。力不足を感じるからこそ、皆の力を借りたいんだ」
状況に合わぬほどおだやかな輝の口ぶりに、妃杉はこらえる様子でうなづいた。
「分かりました。私は輝様の考えを支持します。微力ながら全力を尽くしたいと思います」
妃杉家の当主に続き、他の当主たちも賛同の意思を見せる。
覚悟を決めた分家当主たちは、不安を秘めながらも強い目で輝を見てくる。リーダーから明確な道筋を示され、ふん張る足場を得たからだ。
顔つきの変わった男たちを見返し、輝はこの提案がひとまず成功だったと手ごたえを感じる。
過去に例のない危機に直面し取るべき行動が分からない時、進むべき道を指し示すのがトップの務めだと、父・輝明から教わってきた。
しかし示した道の行く先について、責任を取るのは輝だ。内心は胃のつぶれそうな重圧を感じながら、表向きは余裕をもってみせる。皆に余計な不安を与えないためだ。
本日の提案内容をいったん各家に持ち帰り、明日に再度具体的な話し合いを持つことに決まり、今日の集まりは終わることとなった。
しかし宗主のあいさつの前に、蘇芳家の当主が突然席を立ち座礼をし宗主に物申した。
「輝様、無礼を承知で申し上げます。今現在、神刀の使い手はもう一人いるのではないのですか?」
蘇芳殿!と、強くとがめる声が上がるが、それでも蘇芳は発言を止めない。
「分かっています。どれだけ虫の良いことを言っているかは。けれど明様が我々の味方になってくれれば、勝利はまちがいないでしょう。なんとか、なんとか明様を説得して……」
「蘇芳殿!我々は明様の両親を、明様自身も一度は手に掛けているんだぞ!輝明様の言い分が正しいとして魔物に陥れられたとしても、我々を許してくれれば御の字で、力を貸せとはあまりに図々しいだろう!」
「魔物に堕ちたとはいえ実の父親だ。顔を見れば向こうに付くかもしれん。そうなったらもう、我々は先視の通り皆殺しだ」
「余計なことは言うべきではないだろう。この件に関わらないでいてくれるだけで充分だ」
「今の所はな。でも、実際は何を考えているか分からん。封じられるほどの神刀の力を手に入れたんだ。虎視眈々と、我々に復讐するタイミングをうかがっているだけかも知れんぞ」
「皆、俺の話を聞いてくれ」
各人が思うところを吐き出し収拾がつかなくなってきた所へ、輝が声を上げた。
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