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第3章 悪役令嬢は関わりたくない

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(無い・・・、どこにも書いてない。)

「ぐ、ぐ、ぐ、イーサンめぇ!」

領都にある屋敷の書斎で、私はあやうく本を二つに破りそうになって思い留まった。

(危なかった・・・、これ結構、高価な本よね。)

別荘からここに移動してから、ほとんどの時間を書斎で過ごしていた。書斎と呼んではいるが、この部屋はほぼ図書室と言っても良い。コールリッジ家に昔から伝わる古い本から、最新の本まであらゆる書籍が並んでいる。調べ物や、勉強するにはもってこいの部屋なのだ。

私が今読んでいるのは、闇の魔術に関する本である。屋敷にある、その手の本を片っ端から読んで分かったのは、闇の魔術に対抗するには光の魔術しか無いと言う事。そしてそれも、使い手の魔力量次第と言う事だ。
そんな事はもう、とっくに知っている。

「ああ、もう!、何か闇の魔術に対抗できるアイテムとか、魔道具とか無いわけ?!。手っ取り早く、あいつの魔力封じられるような呪文とかさぁ!」

私は机に突っ伏して、ばたばた足を動かした。調べても、調べても、出てくるのは闇の魔術が最初に使われた事件とか、光の魔力の持ち主との戦いの歴史とかだ。
ただ、一つ驚いたのは、闇の魔力の持ち主は歴史の中で何人も居たのだが、ほとんどは弱い魔力であると言う事。恐ろしい魔力である事は間違いないが、魔力量が低ければ、光の魔力を使わなくてもシールドや他の魔術でなんとか対処できるらしい。

ただし、イーサンのレベルだとそうはいかない。光の魔力が無いと、だいたいの魔術は闇の魔術に押されてしまう。それはこの前の事件でも良く分かった。そして彼ほどの使い手は、歴史を見ても過去に4人程しかいないのだ。しかもその4人は、全て闇の組織に関係していた。

「闇の組織って、昔から存在するのね・・・。」

千五百年程前に、強力な闇の魔力の持ち主が現れ、その人物が世界を混乱に陥れたと、どの本にも書いてある。そしてそれ以来、闇の組織が結成され、何度かその組織には強力な闇の魔術の使い手が属していたらしい。

「それが、4人の使い手ってことなんだろうけど、そいつらがイーサンとどう関係してくるのか・・・。」

乙女ゲームの説明には、そこまで書いてはいなかった。闇の組織はゲームの中であらゆる犯罪に関係してはいたけど・・・。

「こうなると、ゲームをコンプリートしてなかったのは、悔やまれるわね。」

イーサン攻略ルート内では、闇の組織や闇の魔術に関する事がもっと出て来ていたはずだ。その中で、何かイーサンの弱点とか見つけられていたかもしれない。

「しょうがない、学園の図書館でも調べてみよう。」

学園にはあらゆる分野の書籍が揃っている。うちの屋敷よりも闇の魔術に関する本も、多い筈だ。
私は机の上に散らばった本を書棚に戻し、書斎を出た。明後日には夏休みが終わる。だから明日は兄と一緒に学園寮に戻る予定である。

イーサンの事があったから、両親も兄も、私が学園に戻る事に反対した。しばらくは屋敷に残ったらと提案された。

冗談じゃない!それじゃ、イーサンに負けましたと言ってるようなものだ。

(それにさ、別にイーサンは、これ以上私に何かを仕掛けて来る訳では無いのよ。私に何が出来るかを試してるんだから!)

皇太子が狙われると言う件については、コールリッジ公爵である父に、とりあえずは丸投げした。今の私にはどうしようも無い事だからだ。

(私に出来るのは、とにかく闇の魔力と魔術について調べる事。そしてイーサンの弱点を見つける!。でもって闇の組織についても調べあげてやる!)

幸い、私は頭を使う事は得意な上に、公爵令嬢としての財力だってあるのだ。

(あの日、布団の中で悔しくて泣いた事を、絶対に忘れるもんか。)

私はイーサンのヘラヘラ笑う顔を思い出して、ギリギリと奥歯を噛みしめた。

それに気になる事は他にもある。あの日、イーサンは私の中に二人いると言ったのだ。

(もしかして、私がアリアナでは無い事に気付いている?。私の方がアリアナを押さえ込んでるような言い方だった・・・。)

しかも彼は『もう半分以上、溶け合ってる』と言ったのだ。
私はその事を思い出し、思わず身震いした。

(私と、アリアナが交じり合ってるって事?そんな事ってありえるの?)

私は私だ。何も変わっていないように思う。でもアリアナは?

(もしかして、私のせいでアリアナが消えようとしてるの?。私が彼女を飲み込んでしまってるのだろうか・・・?)

今までは、アリアナの体の中に、私とアリアナの両方が存在すると思っていた。何かの事情で、私の方が表に出ているんだろうって。でも私の方が強くて、アリアナを押さえ込んで、しかも彼女を消してしまってるとしたら・・・。


猛烈な罪悪感。


(両親や兄のクラークが、この事を知ったらどう思うだろう・・・?。)

彼らは私にとっても、もはや家族だ。でも、アリアナを乗っ取った形になってる私の事を知ったら、彼らはきっと私を許せないだろう・・・。


「アリアナ、どうした?」

後ろからの声に振り向くと、クラークが心配そうな顔をして近づいてくる。

「お兄様・・・。」

「顔色が良くない・・・。体調がすぐれないんじゃないか?」

「い、いえ。大丈夫です!。元気ですよっ、私。」

クラークは小さく溜息をついて、

「屋敷に戻ってから、ずっと書斎に籠っているけど、あまり根をつめない方が良い。明日は学園に戻るのだから、この後は僕とチェスでもして、ゆっくりしないかい?」

そう言って、私の頭にそっと手を置いて、柔らかく微笑んだ。

(心配かけてるなぁ・・・。クラークは本当にアリアナに優しい。)

そして、その優しさを向けられている自分は、本物のアリアナでは無い。

今更なのは重々承知しているが、彼らを騙してるような気がして、私は胸が痛んだ。




次の日、私はクラークと共に学園へと向かう馬車に乗り込んだ。

「アリアナ、気を付けてね。」

「クラーク、アリアナを頼んだぞ。」

両親が心配するのは、アリアナの事ばかりだ。

「任せてください。僕がアリアナを守りますから、大丈夫です。」

兄であるクラークも、同様だ。

(私は、この人達から貰っている愛情を、ちゃんと返せているだろうか?)

この先ずっと、私がアリアナとして生きるのならば、もっと真剣に彼らの思いを受け止めなければいけない。

「お父様、お母様、大丈夫です。私は、自分の事を・・・、アリアナをちゃんと守りますから。」

そう言った私に、父も母も優しく微笑み返した。そして、

「頼みましたよ。」

そう言って母は、私の頬を愛し気にそっと撫ぜた。




馬車はゆっくりと走り始めた。

私は、4カ月前に、同じ道を一人馬車に乗って、学園に向かった事を思い出していた。

(あの時は、ロリコン回避の事しか考えてなかったなぁ。リリーやディーンとも、なるべく関わらない様にって思ってた。)

今ではリリーもディーンも私の大切な友人だ。そしてクリフや、ミリー、ジョー、レティ。グローシアにノエルも。パーシヴァルとは友達とは言えないかもしれないけど・・・。

私はアリアナとして、彼らと出会って、同じ時を過ごして、色んな事を経験して・・・。

(だから、もう4か月前とは違う。悪役令嬢になるのが怖くて、断罪されないよう、目立たないようにとか思ってたけど、今はそんな事、どうでも良い。)

ロリコン回避もとりあえず後回しで良い。

私は、アリアナを守る。皆の事だって守ってみせる。皇太子も暗殺させない!。

(イーサン!。私を本気で怒らせたこと、絶対後悔させてやるから!。)


馬車の窓から見る空を見上げて、私は不敵に笑って見せた。



第3章 終
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