19 / 30
第一章
19,滅びの道
しおりを挟む
その頃ユリウスは、王宮の中をきょろきょろしながら、歩いていた。姿を隠す魔法を使ってるので、誰とすれ違っても気が付かれはしない。
(へぇ。王宮ってこんなだったんだ。)
昔は暮らしていた場所であった。でも幼かったユリウスの記憶には、あまり残っていない。
王宮には、不審者が入らない様に、守りの術がかけられていたが、破るのは造作無かった。ベスパの塔程の強い術はかけられていないようだった。
ユリウスは近くのドアをそっと開けて、中を覗いてみた。冷え切った部屋には人の気配はない。音を立てずにドアを閉めると、斜め向かいの部屋から、ワゴンを引いたメイドが出てくるのに気づいた。彼は素早く近づき、ドアが閉まる前に、滑るように部屋の中に入った。
その部屋は貴人の使用する茶室であった。華やかではあるが、品よくまとめられた家具がバランスよく設置されている。そして、大きな窓に近い大理石のテーブルで、一組の男女が向かい合って座っていた。
ユリウスは目を細めてにっこり笑った。
(当たり。)
そこに居たのは王太子レオンハルトと聖女ルシアだった。ユリウスは空気を揺らさぬようにゆっくり移動し、二人の会話が聞こえる所まで移動した。
二人の間の空気は重かった。
「リオノーラは、そのような娘ではありません。」
きっぱりとそう言ったルシアに、王太子はわずかに動揺を見せた。ルシアの口調に非難する響きがあったからだろう。
「貴方がリオノーラを信じる気持ちは分かる。しかし、彼女はユリウスと共に、ベスパの塔を脱走した。二人には何かしらの繋がりがあったとしか・・・。」
「ありえませんわ。ユリウス様は幼い頃より幽閉され、誰とも会う事は出来なかったはず。リオノーラが王宮に来たのは、たった一度です。繋がりなど、持ち得るはずがございません。」
「だが、六年間ベスパの塔で大人しくしていたユリウスは、リオノーラがベスパの塔に入ったその日に、脱走した。これはリオノーラが彼を牢から出したとしか思えない!。」
レオンハルトのその言葉を聞いて、ユリウスは思わず吹き出しそうになった。
(ばっかだなぁ、この男。リオにそんな事、出来るわけ無いじゃん。頭が単純すぎて、可哀そうなレベルだよ。こんな奴が僕と半分血の繋がった兄だとはね・・・。)
笑いをこらえていると、ルシアが長い溜息をついた。
「レオンハルト様。もう少し広い視野をお持ちくださいませ。リオノーラにそのような力はありませんでした。ユリウス様との事は、偶然・・・もしくは運命だったのでしょう。」
「君は彼女に毒殺されかけたのだよ?。」
「彼女は無実だと、何度も申し上げました。」
レオンハルトとルシアはしばらく無言で、見つめ合っていた。緊張を伴った重い沈黙。最初に逃げたのはレオンハルトの方だった。彼は、スッと目線を逸らすと、
「とにかく二人は脱走の罪を犯した。今、秘密裏に捜索しているところだ。」
早口でそう言った。対照的にルシアは、落ち着いた様子でお茶をゆっくりと口にした。そして、
「無駄な事です。二人を見つける事は叶わないでしょう。ユリウス様の力を侮ってはいけません。一国を消す力を、あの方はお持ちなのですから。それにもう、歯車は回り始めました。この国は滅びの方へ向かっています。」
レオンハルトが目を見開いて、顔を上げた。
「六年前、王は過ちを犯しました。占い師の予言は、幾筋かある道筋の一つでしかなかったものを・・・。選んだのは王。これはユリウス様のせいではございません。実際、彼が幽閉されていた六年間も、この国はどんどん衰退しているでは無いですか。」
聖女の言葉に、王太子は苦痛をこらえる様に顔を歪めた。
ここ数年、セテリウス国は不況にあえいでいる。数々の政策も失敗に終わり、政治に関わる貴族の中は汚職にまみれている。王太子はそれを改善しようと、何度か王に掛け合ったが取り合っては貰えなかった。
最近ではうるさく言うレオンハルトを疎ましく思っているようだ。聖女という婚約者が居なければ、王太子を廃嫡されていた可能性もあった。さらに、王の寵愛を得ている第三王妃は、自分の子を立太子させようと目論んでいる。
「私は・・・どうすれば良いのだろうか?。」
疲れた声を出すレオンハルトに対し、ルシアは凛とした態度を崩さない。
「真実の敵はどこにあるのかを見極めてください。国を滅ぼすのはユリウス様では無く、世の理を外した者達です。ユリウス様もリオノーラも、その者達の犠牲となったに過ぎません。」
そう言ったルシアは、レオンハルトの方を見ていなかった。彼女の目は、見えていないはずのユリウスをまっすぐ捉えていた。
「このままでは、この国は壊れていきます。しかし、それを防ぐ為に私が居るのです。私はこの国の聖女ですから、命に代えても守ってみせましょう。・・・それに、ユリウス様がリオノーラと共に居るのは、もしかしたら僥倖では無いかと思っています。彼女は誠実で善良な娘です。きっと何かを変えてくれると、私は信じています。」
ユリウスは咄嗟に部屋から『飛んだ』。
一瞬で周りの景色は、違う部屋に変わる。
(気味の悪い女。)
聖女ルシアは油断できない。ユリウスはそう思った。
(僕が犠牲者だって?。ああ、そうだ。そんな事は分かり切っている。)
馬鹿な王のせいで、この国は滅ぶ。それの何が悪い。
(名ばかりの聖女ごときに何が出来る。僕はこんな国、どうでも良い。だけど塔の中に居た5年半のお返しだけはさせてもらう。)
そう思いつつも、ルシアの言った言葉はユリウスの心をかき乱した。
(落ち着け・・・。あんな戯言、どうでも良い。)
『飛んだ』先の部屋で、人の話声が聞こえたので、ユリウスは再び緊張を高めた。
(へぇ。王宮ってこんなだったんだ。)
昔は暮らしていた場所であった。でも幼かったユリウスの記憶には、あまり残っていない。
王宮には、不審者が入らない様に、守りの術がかけられていたが、破るのは造作無かった。ベスパの塔程の強い術はかけられていないようだった。
ユリウスは近くのドアをそっと開けて、中を覗いてみた。冷え切った部屋には人の気配はない。音を立てずにドアを閉めると、斜め向かいの部屋から、ワゴンを引いたメイドが出てくるのに気づいた。彼は素早く近づき、ドアが閉まる前に、滑るように部屋の中に入った。
その部屋は貴人の使用する茶室であった。華やかではあるが、品よくまとめられた家具がバランスよく設置されている。そして、大きな窓に近い大理石のテーブルで、一組の男女が向かい合って座っていた。
ユリウスは目を細めてにっこり笑った。
(当たり。)
そこに居たのは王太子レオンハルトと聖女ルシアだった。ユリウスは空気を揺らさぬようにゆっくり移動し、二人の会話が聞こえる所まで移動した。
二人の間の空気は重かった。
「リオノーラは、そのような娘ではありません。」
きっぱりとそう言ったルシアに、王太子はわずかに動揺を見せた。ルシアの口調に非難する響きがあったからだろう。
「貴方がリオノーラを信じる気持ちは分かる。しかし、彼女はユリウスと共に、ベスパの塔を脱走した。二人には何かしらの繋がりがあったとしか・・・。」
「ありえませんわ。ユリウス様は幼い頃より幽閉され、誰とも会う事は出来なかったはず。リオノーラが王宮に来たのは、たった一度です。繋がりなど、持ち得るはずがございません。」
「だが、六年間ベスパの塔で大人しくしていたユリウスは、リオノーラがベスパの塔に入ったその日に、脱走した。これはリオノーラが彼を牢から出したとしか思えない!。」
レオンハルトのその言葉を聞いて、ユリウスは思わず吹き出しそうになった。
(ばっかだなぁ、この男。リオにそんな事、出来るわけ無いじゃん。頭が単純すぎて、可哀そうなレベルだよ。こんな奴が僕と半分血の繋がった兄だとはね・・・。)
笑いをこらえていると、ルシアが長い溜息をついた。
「レオンハルト様。もう少し広い視野をお持ちくださいませ。リオノーラにそのような力はありませんでした。ユリウス様との事は、偶然・・・もしくは運命だったのでしょう。」
「君は彼女に毒殺されかけたのだよ?。」
「彼女は無実だと、何度も申し上げました。」
レオンハルトとルシアはしばらく無言で、見つめ合っていた。緊張を伴った重い沈黙。最初に逃げたのはレオンハルトの方だった。彼は、スッと目線を逸らすと、
「とにかく二人は脱走の罪を犯した。今、秘密裏に捜索しているところだ。」
早口でそう言った。対照的にルシアは、落ち着いた様子でお茶をゆっくりと口にした。そして、
「無駄な事です。二人を見つける事は叶わないでしょう。ユリウス様の力を侮ってはいけません。一国を消す力を、あの方はお持ちなのですから。それにもう、歯車は回り始めました。この国は滅びの方へ向かっています。」
レオンハルトが目を見開いて、顔を上げた。
「六年前、王は過ちを犯しました。占い師の予言は、幾筋かある道筋の一つでしかなかったものを・・・。選んだのは王。これはユリウス様のせいではございません。実際、彼が幽閉されていた六年間も、この国はどんどん衰退しているでは無いですか。」
聖女の言葉に、王太子は苦痛をこらえる様に顔を歪めた。
ここ数年、セテリウス国は不況にあえいでいる。数々の政策も失敗に終わり、政治に関わる貴族の中は汚職にまみれている。王太子はそれを改善しようと、何度か王に掛け合ったが取り合っては貰えなかった。
最近ではうるさく言うレオンハルトを疎ましく思っているようだ。聖女という婚約者が居なければ、王太子を廃嫡されていた可能性もあった。さらに、王の寵愛を得ている第三王妃は、自分の子を立太子させようと目論んでいる。
「私は・・・どうすれば良いのだろうか?。」
疲れた声を出すレオンハルトに対し、ルシアは凛とした態度を崩さない。
「真実の敵はどこにあるのかを見極めてください。国を滅ぼすのはユリウス様では無く、世の理を外した者達です。ユリウス様もリオノーラも、その者達の犠牲となったに過ぎません。」
そう言ったルシアは、レオンハルトの方を見ていなかった。彼女の目は、見えていないはずのユリウスをまっすぐ捉えていた。
「このままでは、この国は壊れていきます。しかし、それを防ぐ為に私が居るのです。私はこの国の聖女ですから、命に代えても守ってみせましょう。・・・それに、ユリウス様がリオノーラと共に居るのは、もしかしたら僥倖では無いかと思っています。彼女は誠実で善良な娘です。きっと何かを変えてくれると、私は信じています。」
ユリウスは咄嗟に部屋から『飛んだ』。
一瞬で周りの景色は、違う部屋に変わる。
(気味の悪い女。)
聖女ルシアは油断できない。ユリウスはそう思った。
(僕が犠牲者だって?。ああ、そうだ。そんな事は分かり切っている。)
馬鹿な王のせいで、この国は滅ぶ。それの何が悪い。
(名ばかりの聖女ごときに何が出来る。僕はこんな国、どうでも良い。だけど塔の中に居た5年半のお返しだけはさせてもらう。)
そう思いつつも、ルシアの言った言葉はユリウスの心をかき乱した。
(落ち着け・・・。あんな戯言、どうでも良い。)
『飛んだ』先の部屋で、人の話声が聞こえたので、ユリウスは再び緊張を高めた。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。
鍋
恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。
キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。
けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。
セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。
キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。
『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』
キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。
そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。
※ゆるふわ設定
※ご都合主義
※一話の長さがバラバラになりがち。
※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。
※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。
リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした。今度こそ幸せになります!!〜
ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。
イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。
8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。
※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる