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第3部 幸せのために
誓いの言葉
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そして、それから一年の月日が経った。
今日は、皇太子アーサーとユーリ王国の王女クレアの結婚式である。
現在、クレアは皇宮の敷地内の礼拝堂の控室で侍女らの手によって身支度を行っていた。
「クレア様。今日という日を無事に迎えられまして、誠に嬉しく思います」
侍女のリリーは幸せそうな笑顔を浮かべながら、クレアの唇に紅をひいた。
その桃色の紅は、クレアの色白の肌によく似合っている。
「リリー、ありがとう」
そう言ってクレアは、穏やかな笑みを浮かべた。
この一年の間に、クレアの話し方は皇太子妃に相応しいものへと矯正されていた。
だが、あくまで言葉遣いが変わっただけであり彼女らへ対応は何ら変わっていなかった。
また、今日のウエディングドレスはユーリ王国の母親ノーラが縫ったものを送ってくれ、それをクレアとリリーが更に手直しをしたものである。
クレアの両親であるユーリ王国・国王夫妻、兄姉妹も本日の式に参列していた。
「クレア」
控室にクレアの両親らが訪れた。
「お父様、お母様。本日はお越しいただきまして、誠にありがとうございます」
ただ、当初両親は参列をすること自体を躊躇したそうだ。
というのも、先のボアラ公爵の一件の際両親や兄はクレアの婚約を止めることができなかったために、ずっとクレアに対して罪悪感を抱いているためだと思われる。
「本当に綺麗だ」
「私たちにこのようなことを伝える資格はないが、お前の幸せをいつも願っている」
クレアは、小さく首を横に振ったあとに頷いた。
「ありがとうございます、お父様、お母様」
「お姉様、誠におめでとうございます。とてもお綺麗です」
妹のマーサは目にいっぱいの涙を浮かべた。
「マーサ、ありがとう」
クレアはマーサをふんわりと抱きしめた。
そしてそっと離れると、思い出の意匠と薔薇をモチーフに刺したハンカチを手渡した。
「以前に祖国で渡したけれど、どうしても改めて渡したかったの。あなたの幸せをいつも祈っているわ」
「お姉様……!」
クレアは、しばらくマーサを抱きしめていたのだった。
あれから、ボアラ公爵の求婚は正式に却下された。
アーサーとクレアは半ば駆け落ちのように出国しようと偽造したが、その実入念に計画を立てて実行に移した。
ボアラ公爵家の第二夫人は無事に正妻として屋敷を切り盛りしているそうだ。
また、アーサーの進言により皇帝の権限でユーリ王国の近隣国が同国に不可侵でいるよう同盟を取り付けていた。
実際にそれは履行されているし、二人の結婚によって正式にユーリ王国はブラウ帝国と同盟を組むことになったのだった。
クレアの控室に両親が退室するのとほぼ入れ違いにアーサーと第一皇子ブルーノ、イリス公女が入室した。
ブルーノは入室するなり、クレアとアーサーに対して腕を組んで目を細めた。
「ふん。私はお前たちのことは認めていないんだがな」
「あら。そのわりには、今とてもよいお顔をなさっていてよ」
「それは、イリス嬢の見間違いではないのか」
「まあ」
イリスは憎まれ口を叩くブルーノに対して、さして怒ることはなく反対に優しげな眼差しを向けている。
対してブルーノの顔面は真っ赤であった。
「お二人とも末長くお幸せに」
「イリス公女様。ありがとうございます」
ブルーノは片目を瞑って咳払いをした。
「コホン。……私は感謝しているんだ。正直、最初は何故私が皇太子に選ばれなかったのだろうと打ちひしがれたが、……きっと私では務まらなかったのだろうな」
「あら、それが理解できただけでも、大きな一歩ですわ」
ブルーノは息を吐き出して苦笑した。
「私はどうも、血統にばかり拘って周囲が見えていなかった。それが父上にはお見通しだったのだろう」
「兄上」
「クレア嬢。いや、クレア皇太子妃。先の茶会の際はすまなかった。許して欲しい」
「お顔をお上げください。わたくしは気にしておりません。……むしろ、本心で接してくださったことは嬉しく思っております」
「そうか」
「あら、勘違いなさってはいけませんことよ、ブルーノ様。クレア様はあくまでことはと仰られたのです。あのような言葉を人に投げかけるのは笑止千万。あり得ませんわ。クレア様がお優しくてよろしかったですわね」
天使のような微笑みだが気迫が凄かった。
「あ、ああ」
すでに完全にイリスのペースである。また、二人は今年の秋に式を挙げるそうだ。
ブルーノは正式に皇帝から叙爵し、公爵家を継ぐことになっている。
そして二人が退室ししばらくして、ゆっくりとした足取りでこの帝国の尤も頂に立つ二人が入室した。
「クレア王女、皇太子殿下」
そよかぜのような声が聞こえた。皇后マルガリータであった。クレアは帝国に戻ってから未だ一度も皇后に面会することが叶っていなかった。
美しいブロンドに青い瞳が、神秘的な印象を抱かせた。
「クレア王女。あなたには誠に苦労を掛けましたね」
「皇后陛下……」
「皇帝のお身体が回復したのは、自明のことですがあなたのおかげです。なんとお礼を伝えればよいか……」
「そんな、お顔をお上げください」
クレアが皇帝との謁見の際に創造の力で出現させたあの薔薇の花びらと月見草を使用して作成した「万能魔法薬」は、皇医も匙を投げた皇帝がかかっていた不治の病を完治させたのだった。
そのため、一時期痩せ細っていた身体が今では肉付きもよく、特に日常生活を送るには問題ないほど体力も回復した。
「そなたはどうもその力を際限なく使おうとするがくれぐれも控えることだ。今は朕の力で教会やスラム街を牛耳る者を抑えておるが、それも恒常的なものとはいえぬのだからな」
「はい。弁えております」
クレアは教会に正式に聖女として認められ、これまで創造の力を存分に使用し、病気に悩む子供やその他の大勢の人のために力を使用してきた。
また、スラムに関しても定期的に瘴気を払ったり炊き出しの参加、ダビたちの勉強を見るなど積極的に活動をしている。
アーサーの発案したスラムに関する法案も無事に可決し、少しずつであるが国の暗部に光が差し込んできたのであった。
「そうか。ならばよい」
皇帝はそれ以上は言葉を紡がなかったが、その表情は柔らかく感じられた。
そして、トスカはマルガリータの故郷へと移住し、祖母に色々と叩き込まれており、現在幽閉中のイザベラも期間が終了次第合流するとのことだ。
本当に悪かったという旨の書簡が先日届き、最初クレアは上辺だけで謝っているのだろうと思ったが、「あなたと同じ立場になってあなたの気持ちがようやく分かった」との文面を読み、二人が現在どのような環境に身を置いているのか想像がつき、少しだけ彼女らの言葉を受け入れられる気持ちが沸き起こった。
加えて、二人が帰郷した時にキチンと向き合って話し合うことができたら、それはとても有意義な時間だろうと思うのだった。
◇◇
そして、皇宮の敷地内の礼拝堂。
神父が壇上で、二人を和やかな表情で見渡している。
「神の御前にて、ブラウ帝国第三皇子アーサー=カン・ブラウと、ユーリ王国の王女クレア・フロー=ユーリは、生涯をかけて共に愛することを誓いますか」
「はい、誓います」
「それでは誓いのキスを」
二人は自然な動きで向き合った。
「クレア」
「はい」
「あの言葉を撤回したいんだ」
「あの言葉ですか?」
「ああ」
アーサーはクレアのベールをそっとめくりお互いに強く視線が交わった。
クレアは思考を巡らせるとあの満月が綺麗な夜にアーサーが告げた言葉を思い出した。
「君を愛することはない、でしょうか」
「ああ」
愛の誓いを立てる場面で、尤もそぐわない言葉。
だが、神父は変わらず穏やかな表情をしているし、礼拝堂の招待客もクレアの声は聞こえなかったのか特に動じた様子はなかった。
「俺は、君を生涯愛し続けることを誓う。たとえ、どのようなことがあっても」
「はい……!」
クレアの瞳から一筋の涙が流れた。
思えば、愛することはないと言われたあの時は、クレアは仮初めの婚約者であったし真の意味を理解することはなかった。
だが、創造の力を無くしアーサーと離されたあの件の際に、改めてクレアはアーサーに愛される資格のない人間なのだと打ちひしがれた。
たとえ愛されなくてもよいから、傍にいさせて欲しいとさえ思った。
だが、今クレアの目の前にいるのは、純粋に彼女に対して愛を誓ったアーサーである。
そうして二人は、誓いのキスを交わした。
会場中の招待客から温かい拍手を送られ大聖堂の鐘鳴り響く中新たな一歩を踏み出したのである。
本来の創造の力は、負の因子を正の因子に変換することで使用することができる。
だが、クレアが現在使用する創造の力は正の因子を更に強力な正の因子を引き寄せることで使用をしている。
それは伝統の力を覆すことなのかもしれないが、それで構わないとクレアは思った。
──本来ならば、人の不幸から幸せを生み出すことなどできないのだから。
(了)
今日は、皇太子アーサーとユーリ王国の王女クレアの結婚式である。
現在、クレアは皇宮の敷地内の礼拝堂の控室で侍女らの手によって身支度を行っていた。
「クレア様。今日という日を無事に迎えられまして、誠に嬉しく思います」
侍女のリリーは幸せそうな笑顔を浮かべながら、クレアの唇に紅をひいた。
その桃色の紅は、クレアの色白の肌によく似合っている。
「リリー、ありがとう」
そう言ってクレアは、穏やかな笑みを浮かべた。
この一年の間に、クレアの話し方は皇太子妃に相応しいものへと矯正されていた。
だが、あくまで言葉遣いが変わっただけであり彼女らへ対応は何ら変わっていなかった。
また、今日のウエディングドレスはユーリ王国の母親ノーラが縫ったものを送ってくれ、それをクレアとリリーが更に手直しをしたものである。
クレアの両親であるユーリ王国・国王夫妻、兄姉妹も本日の式に参列していた。
「クレア」
控室にクレアの両親らが訪れた。
「お父様、お母様。本日はお越しいただきまして、誠にありがとうございます」
ただ、当初両親は参列をすること自体を躊躇したそうだ。
というのも、先のボアラ公爵の一件の際両親や兄はクレアの婚約を止めることができなかったために、ずっとクレアに対して罪悪感を抱いているためだと思われる。
「本当に綺麗だ」
「私たちにこのようなことを伝える資格はないが、お前の幸せをいつも願っている」
クレアは、小さく首を横に振ったあとに頷いた。
「ありがとうございます、お父様、お母様」
「お姉様、誠におめでとうございます。とてもお綺麗です」
妹のマーサは目にいっぱいの涙を浮かべた。
「マーサ、ありがとう」
クレアはマーサをふんわりと抱きしめた。
そしてそっと離れると、思い出の意匠と薔薇をモチーフに刺したハンカチを手渡した。
「以前に祖国で渡したけれど、どうしても改めて渡したかったの。あなたの幸せをいつも祈っているわ」
「お姉様……!」
クレアは、しばらくマーサを抱きしめていたのだった。
あれから、ボアラ公爵の求婚は正式に却下された。
アーサーとクレアは半ば駆け落ちのように出国しようと偽造したが、その実入念に計画を立てて実行に移した。
ボアラ公爵家の第二夫人は無事に正妻として屋敷を切り盛りしているそうだ。
また、アーサーの進言により皇帝の権限でユーリ王国の近隣国が同国に不可侵でいるよう同盟を取り付けていた。
実際にそれは履行されているし、二人の結婚によって正式にユーリ王国はブラウ帝国と同盟を組むことになったのだった。
クレアの控室に両親が退室するのとほぼ入れ違いにアーサーと第一皇子ブルーノ、イリス公女が入室した。
ブルーノは入室するなり、クレアとアーサーに対して腕を組んで目を細めた。
「ふん。私はお前たちのことは認めていないんだがな」
「あら。そのわりには、今とてもよいお顔をなさっていてよ」
「それは、イリス嬢の見間違いではないのか」
「まあ」
イリスは憎まれ口を叩くブルーノに対して、さして怒ることはなく反対に優しげな眼差しを向けている。
対してブルーノの顔面は真っ赤であった。
「お二人とも末長くお幸せに」
「イリス公女様。ありがとうございます」
ブルーノは片目を瞑って咳払いをした。
「コホン。……私は感謝しているんだ。正直、最初は何故私が皇太子に選ばれなかったのだろうと打ちひしがれたが、……きっと私では務まらなかったのだろうな」
「あら、それが理解できただけでも、大きな一歩ですわ」
ブルーノは息を吐き出して苦笑した。
「私はどうも、血統にばかり拘って周囲が見えていなかった。それが父上にはお見通しだったのだろう」
「兄上」
「クレア嬢。いや、クレア皇太子妃。先の茶会の際はすまなかった。許して欲しい」
「お顔をお上げください。わたくしは気にしておりません。……むしろ、本心で接してくださったことは嬉しく思っております」
「そうか」
「あら、勘違いなさってはいけませんことよ、ブルーノ様。クレア様はあくまでことはと仰られたのです。あのような言葉を人に投げかけるのは笑止千万。あり得ませんわ。クレア様がお優しくてよろしかったですわね」
天使のような微笑みだが気迫が凄かった。
「あ、ああ」
すでに完全にイリスのペースである。また、二人は今年の秋に式を挙げるそうだ。
ブルーノは正式に皇帝から叙爵し、公爵家を継ぐことになっている。
そして二人が退室ししばらくして、ゆっくりとした足取りでこの帝国の尤も頂に立つ二人が入室した。
「クレア王女、皇太子殿下」
そよかぜのような声が聞こえた。皇后マルガリータであった。クレアは帝国に戻ってから未だ一度も皇后に面会することが叶っていなかった。
美しいブロンドに青い瞳が、神秘的な印象を抱かせた。
「クレア王女。あなたには誠に苦労を掛けましたね」
「皇后陛下……」
「皇帝のお身体が回復したのは、自明のことですがあなたのおかげです。なんとお礼を伝えればよいか……」
「そんな、お顔をお上げください」
クレアが皇帝との謁見の際に創造の力で出現させたあの薔薇の花びらと月見草を使用して作成した「万能魔法薬」は、皇医も匙を投げた皇帝がかかっていた不治の病を完治させたのだった。
そのため、一時期痩せ細っていた身体が今では肉付きもよく、特に日常生活を送るには問題ないほど体力も回復した。
「そなたはどうもその力を際限なく使おうとするがくれぐれも控えることだ。今は朕の力で教会やスラム街を牛耳る者を抑えておるが、それも恒常的なものとはいえぬのだからな」
「はい。弁えております」
クレアは教会に正式に聖女として認められ、これまで創造の力を存分に使用し、病気に悩む子供やその他の大勢の人のために力を使用してきた。
また、スラムに関しても定期的に瘴気を払ったり炊き出しの参加、ダビたちの勉強を見るなど積極的に活動をしている。
アーサーの発案したスラムに関する法案も無事に可決し、少しずつであるが国の暗部に光が差し込んできたのであった。
「そうか。ならばよい」
皇帝はそれ以上は言葉を紡がなかったが、その表情は柔らかく感じられた。
そして、トスカはマルガリータの故郷へと移住し、祖母に色々と叩き込まれており、現在幽閉中のイザベラも期間が終了次第合流するとのことだ。
本当に悪かったという旨の書簡が先日届き、最初クレアは上辺だけで謝っているのだろうと思ったが、「あなたと同じ立場になってあなたの気持ちがようやく分かった」との文面を読み、二人が現在どのような環境に身を置いているのか想像がつき、少しだけ彼女らの言葉を受け入れられる気持ちが沸き起こった。
加えて、二人が帰郷した時にキチンと向き合って話し合うことができたら、それはとても有意義な時間だろうと思うのだった。
◇◇
そして、皇宮の敷地内の礼拝堂。
神父が壇上で、二人を和やかな表情で見渡している。
「神の御前にて、ブラウ帝国第三皇子アーサー=カン・ブラウと、ユーリ王国の王女クレア・フロー=ユーリは、生涯をかけて共に愛することを誓いますか」
「はい、誓います」
「それでは誓いのキスを」
二人は自然な動きで向き合った。
「クレア」
「はい」
「あの言葉を撤回したいんだ」
「あの言葉ですか?」
「ああ」
アーサーはクレアのベールをそっとめくりお互いに強く視線が交わった。
クレアは思考を巡らせるとあの満月が綺麗な夜にアーサーが告げた言葉を思い出した。
「君を愛することはない、でしょうか」
「ああ」
愛の誓いを立てる場面で、尤もそぐわない言葉。
だが、神父は変わらず穏やかな表情をしているし、礼拝堂の招待客もクレアの声は聞こえなかったのか特に動じた様子はなかった。
「俺は、君を生涯愛し続けることを誓う。たとえ、どのようなことがあっても」
「はい……!」
クレアの瞳から一筋の涙が流れた。
思えば、愛することはないと言われたあの時は、クレアは仮初めの婚約者であったし真の意味を理解することはなかった。
だが、創造の力を無くしアーサーと離されたあの件の際に、改めてクレアはアーサーに愛される資格のない人間なのだと打ちひしがれた。
たとえ愛されなくてもよいから、傍にいさせて欲しいとさえ思った。
だが、今クレアの目の前にいるのは、純粋に彼女に対して愛を誓ったアーサーである。
そうして二人は、誓いのキスを交わした。
会場中の招待客から温かい拍手を送られ大聖堂の鐘鳴り響く中新たな一歩を踏み出したのである。
本来の創造の力は、負の因子を正の因子に変換することで使用することができる。
だが、クレアが現在使用する創造の力は正の因子を更に強力な正の因子を引き寄せることで使用をしている。
それは伝統の力を覆すことなのかもしれないが、それで構わないとクレアは思った。
──本来ならば、人の不幸から幸せを生み出すことなどできないのだから。
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もうちょっと色々考えてみようかと思います!
貴重なご意見ご感想をいただきまして、本当にありがとうございます(^o^)/