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第3部 幸せのために

皇帝の決定

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 翌日。
 二人の意志虚しく、その時が訪れてしまった。

 第二宮の講義室にて、朝から妃教育を受けていたクレアの元に突然甲冑を身につけた複数の騎士が押し寄せた。

「クレア王女。皇帝陛下の命により、貴殿をこれから連行します」

 クレアは、何が起きているのかを理解することができなかった。

「突然、如何されたのでしょうか。皇帝陛下はわたくしにどのようなご用件があるのでしょうか」
「我々は質問には一切答えません。今すぐに応じなければ貴殿を反逆行為を行ったと見做し捕縛します」
「反逆、行為……?」

 目前が真っ暗になった。

 クレアは力なく、騎士らと共に馬車に乗り込んだ。
 その間、リリーやサラを始めとする侍女やアンナの視線を感じたのでチラリと横目で見やると、皆突然の出来事に驚きを隠せない様子だ。
 リリーとアンナは始終クレアの様子を眺め、視線を決して逸らさなかった。

(ここに無事に戻ることができたら、私は大丈夫だと皆に伝えなければ)

 そう思うのだが、馬車の中での騎士らが発する空気があまりに重たいので一抹の不安を抱いた。
 それから皇帝の住まいである本宮へと到着し、騎士らに包囲されながら通されたのは皇帝の謁見の間であった。

 玉座に座する皇帝は無表情であるが、その瞳の奥底は得体が知れずクレアは心から見下されているのだと察した。
 恐ろしさが怒涛のように込み上げてくる。

「来たか。創造の力は失くしたようだな」
「────!」

 クレアは驚きのあまり、思わず声を失う。

(……やはり、陛下はご存知だったのね……。加えて、私が力を失くしたことも……)

「もうお前には用はない。二度とお前が我が国に足を踏み入れることは許さん。当然皇太子との婚約も直ちに破棄させる。皇太子に関しては、すぐに相応しい令嬢と再び婚約を結ばせる手筈がすでに整っている」

 衝撃的な言葉を受け、クレアは自分だけが時の流れから残されてしまったような感覚を抱いた。
 ただ、ここで何か反する言葉を言っても決して聞き入れられることはないと悟り、今考えられる最善は何かと考えた。

「……皇帝陛下。このようなことを申し上げるのは無相応とは重々承知の上で、一つお願いがございます」
「なんだ」
「国を発つ前に、第二宮の皆様にご挨拶をしたいのです」
「ならん。……と言いたいところだがよいだろう。だが二十分、いや十分だけだ」
「はい。ご恩情に感謝いたします」

 ここで心が折れてしまっては駄目だ。きっともう立ち直れなくなる。
 胸の奥に鈍い痛みを覚えるが、クレアは騎士らに包囲されながら退室して行った。

 それから第二宮へと戻ったのだが、相変わらず騎士に包囲されている上にすぐに発たなければならないので、玄関ホールへと皆に集まってもらい挨拶をした。

「皆さん、短い間でしたが、本当にありがとうございました。皆さんにしていただいたご恩を返すことができずに去るのは大変心苦しいですが、このご恩は決して忘れません」

 言葉にすると涙が込み上げてきた。必死に抑えようとするのだが、身体が震えてきて難しそうだ。

「何故、クレア様がこのような仕打ちを受けなければならないのですか!」
 
 リリーが叫んだ。咄嗟に振り返ると皆涙を流したり悲痛な表情を必死に抑えている。彼らの様子を受けて、クレアもこの場で崩れてしまいそうだった。

「クレア‼︎」

 玄関の扉を開けて、怒涛の勢いでアーサーが駆けてきた。
 彼は、早朝から皇帝の命令で皇都の外れの関所の視察を行っていたはずだが、おそらく何かの手段で一報を受けて駆けつけたのだろう。

「アーサー様……」

 とうとう涙が溢れた。アーサーにとことん縋りつきたい。行きたくないと訴えたい。

 ──だが、皇帝の冷たい瞳が脳裏に浮かんだ。

 自分の実情を訴えて状況を打破するなど、それは決してまかり通らないだろう。皇帝の決定は絶対なのだ。それに歯向かうことがあれば間違いなくアーサーは皇太子の位を剥奪され困難な人生を歩むことになるだろう。

(それは絶対に駄目。私がここで言える言葉は、最後にアーサー様に伝えることが許されることは……)

「アーサー様。これまで本当にありがとうございました。アーサー様と過ごすことができたひとときは、私のこれまでの人生の中で一番かけがえのない時間でした。私は決してあなた様を忘れません。あなた様の幸せをいつも願っています」

 その先の言葉は、紡ぐのに心を削らなければならない。昨晩のアーサーの温もりがどうしても言葉を紡ぐのに躊躇させるが、それでも彼のために紡がなければならないと思った。

「私のことはどうか忘れてください。あなた様のこれからの人生が、どうか栄えあるものであることを心から願います」

 クレアは涙をハンカチで拭い、見事なカーテシーをした。このハンカチは、以前に市場でアーサーから贈ってもらった思い出の品だ。
 最後にアーサーの瞳をよく見てから、くるりと向きを変えて歩き始める。

「クレア、待ってくれ! 俺は君を!」

 アーサーの言葉をこれ以上聞かないようにと努め、クレアは騎士らと共に馬車に乗り込み皇宮を後にしたのだった。
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