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第1部 仮初めの婚約者

皇帝との対面

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「そうか。それでは二人の婚約を了承しよう。これで、晴れてそなたも婚約を結ぶことができるのだな。これは喜ばしきことだ」

 会場へと戻ると、アーサーが素早く皇帝に事情を掻い摘んで説明をし、二人は皇帝が座る玉座の前に膝を突いてから頭を垂れた。
 クレアはチラリと横目で見てみると、アーサーは涼しい顔をしている。

「陛下、ありがとうございます」

 クレアは、展開のあまりの早さに理解が追いついていかなかった。

「して、婚約式はいつ執り行うとよいかの。朕は来月にでも行うと良いと思うのだが」

 来月……。それはあまりにも次期早々ではないだろうか。
 そもそも、このことを公爵令嬢のイリスは知っているのだろうか。
 最低限、彼女にはクレアがあくまでも「仮初めの婚約者」だという認識を持ってもらっておかないと、後々にいらぬ争いを生むことになってしまうかもしれない。
 そう考えを巡らせると、さりげなく視線をアーサーの方に移すが、予想と反して彼は小さく頷いていた。

「承知いたしました。それではそのように取り計らいます」

 またもや、トントン拍子に話が進んでいく。
 それは自分も望んだことであるし、決して悪いことではないのだが、それでも表現のしようのない一抹の不安が胸をくすぶる。

(……そうだわ。そもそも皇帝陛下からはもっと激しい反対にあうと思っていたのに、予想と反して快諾してくださった。……あの皇帝陛下がどうして……)

 クレアが記憶する皇帝は、五歳で不本意に敵国に連れて来られた自分を、ロクな設備もない簡素な平家の離れにクレアの乳母とクレアを閉じ込めて、半ば自給自足生活を強要させた人間だ。
 更に乳母が亡くなった後は皇女宮に追いやり、毎日皇女たちから悪質な仕打ちを受けているのにそれを咎めもしない。

 この皇宮中の総てを知るはずの皇帝が、それらの事実を知らないわけがないのだ。
 だからクレアは、皇帝は自分のことは眼中に無い、もしくは虐げるだけの人間だと認識されていると思っていた。

 それなのに、ブラウ帝国の大切な新皇太子であるアーサーの婚約者としてクレアを考えているとアーサーが持ちかけた時は眉一つ動かさず、むしろに柔かに笑顔まで浮かべる始末だ。
 安堵するべき場面なのかもしれないが、とてもそれらが気に掛かってそのような気持ちにはなれそうになかった。

「それでは皆の者。若き二人の新しき門出を祝おうではないか」

 皇帝が立ち上がると、一斉に両サイドからラッパの音が鳴り響いた。
 そして、会場中に割れんばかりの大拍手が巻き起こる。

(パーティーが始まる前は、出席することさえも危うかったのに……)

 まさかその一時間余り後に、自分が仮初めとはいえ皇太子の婚約者となることが決まり、更にパーティーの出席者らから祝福されるとは思ってもみなかった。
 何がどうしてこうなったのだろうか……。

 目を白黒させながら拍手を送ってくれている会場中の出席者たちを見渡していると、付近で鋭い視線を感じた。

 ヒヤリと、冷たいものを背中に感じるので横目で確認をすると、二人の皇女が笑みを浮かべながらもの凄い剣幕でクレアを睨んでいる。

(ああ、そうだったわ。私はこの後皇女宮に戻ったら何をされるか分からないわ。もう、生きて皇太子殿下とお会いできないかも……)

 以前であればそれも仕方がないと思ったのかもしれないが、チラリとアーサーの方を見てみれば、公女イリスと視線を合わせている彼がいた。
 彼らのためにも、今自分がここでいなくなるわけにはいかない。
 
 クレアの胸には、何か今まで抱いたことのないような形容し難い感情だが、表現するのなら責任感のようなもので溢れていたのだった。
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感想 10

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