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第1部 仮初めの婚約者
君を愛することはない
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「婚約者……」
クレアは思ってもみなかった皇太子からの言葉を聞いた途端、全身から力が抜き出ていくのを感じた。
おそらく、クレアが現在置かれている状況から考えて、持ちかけられる可能性の事柄から最も遠いものだと思われる「婚約」の申し出。
相手を間違えてはいないのだろうか……
それこそ、先ほど立ち去ったイリスに持ちかけるべき言葉だったのでは?
そう巡らせると、すぐにあることに思い当たる。
(そうだわ。婚約を解消すること自体は中々難しいだろうし、……もしかして)
真っ直ぐにクレア自身を見つめるアーサーと視線を合わせると、何か物悲しい憂いのようなものが瞳に含んでいるように感じた。
(イリス様が第一皇子様と婚約を解消するまでの間の、繋ぎの婚約者が欲しいのかもしれないわ。確か皇太子に就任したからには婚約者が必要になるはずだし……)
──つまりクレアは、皇太子の期間限定の仮初めの婚約者に選ばれたのだ。
(確かに、人質の王女の私は実質何の後ろだてもないし、婚約を解消することも国内の令嬢と比べたらきっと容易にできるのかもしれない)
それならば、二人の仲を応援するためにも一肌脱ぐのも悪くない。
……ただ、イリスが無事に第一皇子と何の後腐れなく、婚約を解消することができればよいのだが……
軽く深呼吸をしてから、アーサーから視線を逸らさずに告げた。
「……承知いたしました。婚約をお引き受けいたします」
アーサーも軽く息を吐く。
「……ありがとう。これからよろしく頼む」
「はい」
その感謝の言葉はとても嬉しかったのだが、クレアのどこかがチクリと傷ついたように感じたので、気がつけば彼女は無理して笑っているような笑顔を浮かべていた。
その表情を見たからなのか、アーサーは小さく手のひらを握って胸に当てた。
「クレア王女。これから君には私の婚約者として過ごしてもらうことになるが、私が君を愛することはない。それが婚約の条件だ」
なにも、仮初めの婚約者の自分を愛する必要はないのでは、とクレアは首を傾げたが、アーサーの瞳があまりにも真剣だったので疑問は口に出さないことにした。
「承知いたしました。常に心に留めるようにいたします」
「君はそれでも良いのか」
「はい、一向に構いません」
アーサーは目を細めて小さく息を吐いた。
「だが、引き受けてくれた以上、君の望みは叶えたい。何でも言って欲しい」
「望み……ですか?」
「ああ。君が望むのなら帝国一の仕立て屋を招いてドレスを仕立てるし、目利きのできる宝石商を招待しよう。他にも君が望むのであれば……」
「……でしたら、ある侍女と下女を助けていただきたいのです」
アーサーの動きが止まった。
クレアは思ってもみなかった皇太子からの言葉を聞いた途端、全身から力が抜き出ていくのを感じた。
おそらく、クレアが現在置かれている状況から考えて、持ちかけられる可能性の事柄から最も遠いものだと思われる「婚約」の申し出。
相手を間違えてはいないのだろうか……
それこそ、先ほど立ち去ったイリスに持ちかけるべき言葉だったのでは?
そう巡らせると、すぐにあることに思い当たる。
(そうだわ。婚約を解消すること自体は中々難しいだろうし、……もしかして)
真っ直ぐにクレア自身を見つめるアーサーと視線を合わせると、何か物悲しい憂いのようなものが瞳に含んでいるように感じた。
(イリス様が第一皇子様と婚約を解消するまでの間の、繋ぎの婚約者が欲しいのかもしれないわ。確か皇太子に就任したからには婚約者が必要になるはずだし……)
──つまりクレアは、皇太子の期間限定の仮初めの婚約者に選ばれたのだ。
(確かに、人質の王女の私は実質何の後ろだてもないし、婚約を解消することも国内の令嬢と比べたらきっと容易にできるのかもしれない)
それならば、二人の仲を応援するためにも一肌脱ぐのも悪くない。
……ただ、イリスが無事に第一皇子と何の後腐れなく、婚約を解消することができればよいのだが……
軽く深呼吸をしてから、アーサーから視線を逸らさずに告げた。
「……承知いたしました。婚約をお引き受けいたします」
アーサーも軽く息を吐く。
「……ありがとう。これからよろしく頼む」
「はい」
その感謝の言葉はとても嬉しかったのだが、クレアのどこかがチクリと傷ついたように感じたので、気がつけば彼女は無理して笑っているような笑顔を浮かべていた。
その表情を見たからなのか、アーサーは小さく手のひらを握って胸に当てた。
「クレア王女。これから君には私の婚約者として過ごしてもらうことになるが、私が君を愛することはない。それが婚約の条件だ」
なにも、仮初めの婚約者の自分を愛する必要はないのでは、とクレアは首を傾げたが、アーサーの瞳があまりにも真剣だったので疑問は口に出さないことにした。
「承知いたしました。常に心に留めるようにいたします」
「君はそれでも良いのか」
「はい、一向に構いません」
アーサーは目を細めて小さく息を吐いた。
「だが、引き受けてくれた以上、君の望みは叶えたい。何でも言って欲しい」
「望み……ですか?」
「ああ。君が望むのなら帝国一の仕立て屋を招いてドレスを仕立てるし、目利きのできる宝石商を招待しよう。他にも君が望むのであれば……」
「……でしたら、ある侍女と下女を助けていただきたいのです」
アーサーの動きが止まった。
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