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第1部 仮初めの婚約者
中庭の訪問者
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そして、トスカの後をついて廊下をつき進み、中庭まで移動したところでトスカは歩みを止めたのでクレアも倣って立ち止まった。
現在パーティーが開催されているためなのか、そこは人気がなく閑散としている。
中庭内には、魔法の力で照らされた街灯がいくつか立っており、それらの光によって中央の噴水がより美しく見えた。
現在の季節は秋であるからか、冷たい夜風が頬を撫でる。
「あんた、リリーからそれらを受け取ったんでしょう。全くいつの間にリリーをたぶらかしたの⁉︎ 油断も隙もあったものじゃないわ」
鼓動が瞬く間に高鳴った。
薄暗くて昼間ほど判断がつかないだろうが、きっと自分は今何とか取り繕うとはしているが、恐ろしさを隠しきれてはいないのだろうと思った。
ここで本当のことを告げてしまったら、リリーとアンナが咎めを受けてしまう可能性は高いだろう。
だから、クレアは予め弁解を考えておいたのだった。
「……先ほど、パーティーに着ていくドレスを探していたら、偶然一階の空き部屋に置いてあるドレスを見つけたのです。同室にリリー様が居合わせまして、私が強くドレスを着せてもらうように願いましたが、当然リリー様は断りました。ですが、私が引き下がらなかったものですから……」
とても、苦しい言い分なのは弁えているが、普段言い繕うことを殆どしないクレアの思考能力ではこれが限界であった。
「……だから、あの時リリーが迎えに来たというの?」
「……はい」
「……そう、分かったわ」
苦しい弁明かと思ったが、意外と押し通せたのだろうか。
「リリーの処分は保留にするわ。……その代わり、分かっているでしょうね」
周囲は薄暗いが、綺麗に歪んだトスカの笑顔がよく見えた。
おそらく、彼女はクレアが嘘をついていることは理解しているのだ。
だが、トスカはクレアの罪が重くなるので都合が良いと、敢えてそれに関しては咎めなかっただけなのだろう。
「……はい」
これは、食事を抜かれるだけでは済まされないだろうと思うが、二人が咎めを受けずに済むのであれば構わないと、ギュッと手のひらを握りしめる。
すると、急に前方から人の気配がした。
話し声が遠くから聞こえる。
段々認識ができるようになると、高く通った声と低く耳障りの良い声であったのでそれらは男女のようである。
「まあ、今夜のところはこのくらいにして、明日詳しく……」
次の言葉を紡ごうとしたトスカが、急に口をつぐんでしまったので不思議に思いトスカの視線を追ってみると、そこには丁度街灯に照らされて姿が露わになった声の主がいた。
二人の姿を確認してみると、クレアも思わず両手で口を塞いだ。
目前の二人は、全く予想だにしていない人物であったからだ。
高く通った声の主は、帝国屈指のベリー公爵家の令嬢イリスであった。
あまり諸貴族と接触をする機会の少ないクレアであるが、殆ど面識はないが流石に第一皇子の婚約者である彼女のことは知っていた。
そして、隣で彼女と話をしている人物を見て愕然とする。
それは、今宵のパーティーの主役である皇太子その人だったからだ。
(皇太子殿下と第一皇子様の婚約者であるイリス様が、お二人だけでこんな人気のないところに来るなんて……。どうして……)
たちまち思考が停止していく。
自分は今、とんでもなくまずい場面に鉢合わせてしまったのでは……。
そう思っていると、隣に立つトスカが先ほどの驚いた表情から一変し、ニタリという音が聞こえてきそうなくらい悪どい表情を浮かべていた。
「あらあら、そういうことなのね。まさか、あの品行方正で有名なイリス嬢がアーサーお兄様に乗り換えたなんて」
とても面白いものを見た、とでも言いたそうなほど嬉々を含み弾んだトスカの声音に、クレアは心底恐怖心と嫌な予感を抱いた。
「さあ、わたくしはここで戻るので、あなたはもう少しここでゆっくりしたらどうかしら」
「いえ、わたくしも一緒に」
行きます、と告げようとしたが言えなかった。
──ドン!
何故なら、トスカがクレアの背中を思い切り押して件の二人の前に押し出してしまったからだ。
「きゃあ‼︎」
咄嗟のことで悲鳴を上げてしまい、噴水の前で会話をしている二人の前に不可抗力ながら出て行ってしまった。
「誰だ!」
突然の来訪者に警戒心を剥き出しにした皇太子であるアーサーが、公爵令嬢であるイリスを庇うように一歩前に出た。
自分自身に対して向けられる警戒心にクレアは思わず気を失いそうになるが、何とか気を確かに保ち踏みとどまったのだった。
現在パーティーが開催されているためなのか、そこは人気がなく閑散としている。
中庭内には、魔法の力で照らされた街灯がいくつか立っており、それらの光によって中央の噴水がより美しく見えた。
現在の季節は秋であるからか、冷たい夜風が頬を撫でる。
「あんた、リリーからそれらを受け取ったんでしょう。全くいつの間にリリーをたぶらかしたの⁉︎ 油断も隙もあったものじゃないわ」
鼓動が瞬く間に高鳴った。
薄暗くて昼間ほど判断がつかないだろうが、きっと自分は今何とか取り繕うとはしているが、恐ろしさを隠しきれてはいないのだろうと思った。
ここで本当のことを告げてしまったら、リリーとアンナが咎めを受けてしまう可能性は高いだろう。
だから、クレアは予め弁解を考えておいたのだった。
「……先ほど、パーティーに着ていくドレスを探していたら、偶然一階の空き部屋に置いてあるドレスを見つけたのです。同室にリリー様が居合わせまして、私が強くドレスを着せてもらうように願いましたが、当然リリー様は断りました。ですが、私が引き下がらなかったものですから……」
とても、苦しい言い分なのは弁えているが、普段言い繕うことを殆どしないクレアの思考能力ではこれが限界であった。
「……だから、あの時リリーが迎えに来たというの?」
「……はい」
「……そう、分かったわ」
苦しい弁明かと思ったが、意外と押し通せたのだろうか。
「リリーの処分は保留にするわ。……その代わり、分かっているでしょうね」
周囲は薄暗いが、綺麗に歪んだトスカの笑顔がよく見えた。
おそらく、彼女はクレアが嘘をついていることは理解しているのだ。
だが、トスカはクレアの罪が重くなるので都合が良いと、敢えてそれに関しては咎めなかっただけなのだろう。
「……はい」
これは、食事を抜かれるだけでは済まされないだろうと思うが、二人が咎めを受けずに済むのであれば構わないと、ギュッと手のひらを握りしめる。
すると、急に前方から人の気配がした。
話し声が遠くから聞こえる。
段々認識ができるようになると、高く通った声と低く耳障りの良い声であったのでそれらは男女のようである。
「まあ、今夜のところはこのくらいにして、明日詳しく……」
次の言葉を紡ごうとしたトスカが、急に口をつぐんでしまったので不思議に思いトスカの視線を追ってみると、そこには丁度街灯に照らされて姿が露わになった声の主がいた。
二人の姿を確認してみると、クレアも思わず両手で口を塞いだ。
目前の二人は、全く予想だにしていない人物であったからだ。
高く通った声の主は、帝国屈指のベリー公爵家の令嬢イリスであった。
あまり諸貴族と接触をする機会の少ないクレアであるが、殆ど面識はないが流石に第一皇子の婚約者である彼女のことは知っていた。
そして、隣で彼女と話をしている人物を見て愕然とする。
それは、今宵のパーティーの主役である皇太子その人だったからだ。
(皇太子殿下と第一皇子様の婚約者であるイリス様が、お二人だけでこんな人気のないところに来るなんて……。どうして……)
たちまち思考が停止していく。
自分は今、とんでもなくまずい場面に鉢合わせてしまったのでは……。
そう思っていると、隣に立つトスカが先ほどの驚いた表情から一変し、ニタリという音が聞こえてきそうなくらい悪どい表情を浮かべていた。
「あらあら、そういうことなのね。まさか、あの品行方正で有名なイリス嬢がアーサーお兄様に乗り換えたなんて」
とても面白いものを見た、とでも言いたそうなほど嬉々を含み弾んだトスカの声音に、クレアは心底恐怖心と嫌な予感を抱いた。
「さあ、わたくしはここで戻るので、あなたはもう少しここでゆっくりしたらどうかしら」
「いえ、わたくしも一緒に」
行きます、と告げようとしたが言えなかった。
──ドン!
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「きゃあ‼︎」
咄嗟のことで悲鳴を上げてしまい、噴水の前で会話をしている二人の前に不可抗力ながら出て行ってしまった。
「誰だ!」
突然の来訪者に警戒心を剥き出しにした皇太子であるアーサーが、公爵令嬢であるイリスを庇うように一歩前に出た。
自分自身に対して向けられる警戒心にクレアは思わず気を失いそうになるが、何とか気を確かに保ち踏みとどまったのだった。
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