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第1部 仮初めの婚約者
パーティー当日
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そして二週間後。
今日は皇太子披露パーティー当日である。
パーティーは夕方に始まるのだが、皇女宮では普段よりも侍女や下女が朝から忙しなく動いていた。
皇女二人の身支度は昼食後から始まるからだ。
まずは侍女による入念な湯浴みから始まり、マッサージを時間を掛けて行なう。
そしてコルセットで身体を絞めた後に、華美なドレスを身につけていくのだ。
また、他に化粧を施し髪を結い上げる工程もあるので、昼食後に始めてもパーティーの開始時刻ギリギリまでかかる場合もあった。
そして今は、丁度皇女二人のドレスを身につける工程の最中である。
第一皇女のイザベラはドレス担当の侍女に対してあれこれと指示を出し、侍女はその全てに丁寧に対応している。
「そうね、今回は二着を仕立てたけれど、今日の気分はこちらの紺青のドレスだからこれを身につけるわ」
「かしこまりました」
「それと……、アイツにもそろそろ衣服の用意をさせて」
「かしこまりました。直ちに手配をいたします」
大方を把握しているのか、ドレス担当の侍女は丁寧に辞儀をした後速やかに退室して行った。
残された同担当の侍女らは、手際よく皇女たちのドレスの着付けを行っていく。
「お姉様。ウスノロはドレスを見て大層失望するでしょうね」
「ええ。……だからトスカ、貴方が情けをかけてあげなさいな」
トスカは口角を上げると、心底可笑しいのか綺麗な笑みを浮かべた。
「はい。それはもう、たっぷりと」
イザベラはこれから起こるであろう出来事を思い浮かべると、笑みが止まらないのであった。
「……あら、お姉様。そちらの本、見つかったのですね」
「ええ」
「良かったですわね」
「……そうね」
軽く頭を下げて退室していくトスカを、イザベラは複雑な心中で見送った。
というのも、先程トスカが気にかけた占星術の本は、イザベラが不注意で捨ててしまったはずの本なのだ。
その本は、彼女が十五歳の誕生日の際に皇帝である父親からの数ある贈り物の中の一つだったものである。
内容もさることながら、星空が描かれた表紙が気に入っていたので常に手元に置いておいたのだが、誤って他の不必要な本と一緒に処分をするようにと侍女に命じてしまったのだ。
気がついた時には既に焼却された後で取り返しがつかず、イザベラはしばらくの間悩んだ。
皇帝からの贈り物をイザベラの過失で誤って処分してしまったことなど、皇帝に知られたら自分はどうなってしまうのだろうか。
そう思うと恐ろしく、イザベラはしばらく食事が手につかなかった。だから彼女はあることを思いついたのだ。
それは、本の処分を命じた侍女に宝石の心付けを渡して口止めをして、別の侍女に罪を被せることだった。
その侍女は処分を命じる直前に本に触っていた。なので彼女に対して「お前が紛失させた」と吹き込むのは容易だったのだ。
そうして、その侍女は自分が紛失させたのだと思い込み、必死になって本を捜索した。
後は、発見することができなかったと泣きついた侍女に相応に罰を与え、皇帝に報告するだけだったのだが……。
(何故、焼却されたはずの本が戻ってきたのかしら)
先日、件の侍女が見つかったと本を持ってきたのだ。
色々と腑には落ちなかったが、まあいい。
今は、クレアが困り泣いて自分に詫びる姿を見られるのだからそれを楽しみにしようではないかと、イザベラは細く笑んだのだった。
今日は皇太子披露パーティー当日である。
パーティーは夕方に始まるのだが、皇女宮では普段よりも侍女や下女が朝から忙しなく動いていた。
皇女二人の身支度は昼食後から始まるからだ。
まずは侍女による入念な湯浴みから始まり、マッサージを時間を掛けて行なう。
そしてコルセットで身体を絞めた後に、華美なドレスを身につけていくのだ。
また、他に化粧を施し髪を結い上げる工程もあるので、昼食後に始めてもパーティーの開始時刻ギリギリまでかかる場合もあった。
そして今は、丁度皇女二人のドレスを身につける工程の最中である。
第一皇女のイザベラはドレス担当の侍女に対してあれこれと指示を出し、侍女はその全てに丁寧に対応している。
「そうね、今回は二着を仕立てたけれど、今日の気分はこちらの紺青のドレスだからこれを身につけるわ」
「かしこまりました」
「それと……、アイツにもそろそろ衣服の用意をさせて」
「かしこまりました。直ちに手配をいたします」
大方を把握しているのか、ドレス担当の侍女は丁寧に辞儀をした後速やかに退室して行った。
残された同担当の侍女らは、手際よく皇女たちのドレスの着付けを行っていく。
「お姉様。ウスノロはドレスを見て大層失望するでしょうね」
「ええ。……だからトスカ、貴方が情けをかけてあげなさいな」
トスカは口角を上げると、心底可笑しいのか綺麗な笑みを浮かべた。
「はい。それはもう、たっぷりと」
イザベラはこれから起こるであろう出来事を思い浮かべると、笑みが止まらないのであった。
「……あら、お姉様。そちらの本、見つかったのですね」
「ええ」
「良かったですわね」
「……そうね」
軽く頭を下げて退室していくトスカを、イザベラは複雑な心中で見送った。
というのも、先程トスカが気にかけた占星術の本は、イザベラが不注意で捨ててしまったはずの本なのだ。
その本は、彼女が十五歳の誕生日の際に皇帝である父親からの数ある贈り物の中の一つだったものである。
内容もさることながら、星空が描かれた表紙が気に入っていたので常に手元に置いておいたのだが、誤って他の不必要な本と一緒に処分をするようにと侍女に命じてしまったのだ。
気がついた時には既に焼却された後で取り返しがつかず、イザベラはしばらくの間悩んだ。
皇帝からの贈り物をイザベラの過失で誤って処分してしまったことなど、皇帝に知られたら自分はどうなってしまうのだろうか。
そう思うと恐ろしく、イザベラはしばらく食事が手につかなかった。だから彼女はあることを思いついたのだ。
それは、本の処分を命じた侍女に宝石の心付けを渡して口止めをして、別の侍女に罪を被せることだった。
その侍女は処分を命じる直前に本に触っていた。なので彼女に対して「お前が紛失させた」と吹き込むのは容易だったのだ。
そうして、その侍女は自分が紛失させたのだと思い込み、必死になって本を捜索した。
後は、発見することができなかったと泣きついた侍女に相応に罰を与え、皇帝に報告するだけだったのだが……。
(何故、焼却されたはずの本が戻ってきたのかしら)
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色々と腑には落ちなかったが、まあいい。
今は、クレアが困り泣いて自分に詫びる姿を見られるのだからそれを楽しみにしようではないかと、イザベラは細く笑んだのだった。
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