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ヒューゴ様は、
「自分が冷たい態度を取ったから」と男たちの乱暴の一因であると思って謝ってくれました。
でもそれは、私が期待しないように冷たくしてくれていたんだとわかっている。優しさだった。
「私の愛しい騎士さま」
と呼んだら、ものすごく凶悪な顔になって
「そのうち嫁にいって俺のことなんか忘れるくせに」
と呟いていた。
照れていたのだと思う。
本当に、いつの間にかどこかに嫁に行った薄情な奴だとでも思って欲しかった。

たくさん泣いて、荷造りしていたカバンを持った。

街にいったらパン屋に住み込みで働かせてもらう。侍女の伝手で前から相談に乗ってもらっていた、スーザンさんのところにお世話になる。彼女は孤児を引き取って仕事を教えている。

新しい暮らしは忙しく大変で、くたくたになるまで歩いてパンを売った。少年に混じって似たような格好をしていたら我ながら少年にしか見えなかった。
倒れるように寝ていたけれど、夜にふと目が覚めてしまって。ヒューゴ様の名前を呼ぶと涙が止まらなくなった。
この街のどこかで、また姿を見ることができるだろう。

騎士の巡回にはルートがあると教わった。騎士を見るために人が集まるので、そこの近くでパンを売るらしい。

巡回の中にヒューゴ様を見つけた。
遠くから、そっと見た。
非番の日のヒューゴ様を見た。
雑貨屋や服屋、女性の店員に近づいて話しかけていた。
落ち込んだ様子で出てくる。誘いを断られたのかしら。
胸が傷んだ。
ヒューゴ様は、少し疲れているみたい。

酒場に入るヒューゴ様ともう一人を見た。その人と目が合った気がした。

もう一度通りかかった時に、ガラス越しにカウンターに突っ伏しているヒューゴ様が見えた。まだ夕方なのに。
ガラス越しに丸くなった背中を見た。

翌日。
「やっと、見つけた。」

ヒューゴ様に腕をつかまれました。背を屈めて、じいっと顔を覗き込まれています。
クマもあるし目も血走っているし、体調も悪そうなのに、かつてない至近距離で黒い目に見つめられると、

(ヒューゴ様が、私を探して?)
心臓がうるさくなる。
「何で逃げたんだ?俺言ったよな、待ってろって」

だって。
「悪いお嬢様だ。絶対許さない」

ギラギラと殺しそうな目線で、言ってる内容も怖いのに甘い声で、そっと抱きしめられる。

感情が追い付きません。

ヒューゴ様も数日のうちに混乱しているようです。

子供たちが、私が悪者に襲われているのだと勘違いして大人を呼んできました。
騎士団のヒューゴさんと仲の良い人でした。

「何で逃げたんだ?俺のこと嫌いになったのか?」

もうダメです、反則です。
かっこいい孤高の狼のようなヒューゴ様に、しっぽがしょぼーんと垂れているような幻覚が見えました。
まさか、かわいい一面があるなんて。

こんな姿知らなかった。
感動して目の奥がつーんとして、
あれ、鼻もつーんと

鼻血。

興奮しすぎたら鼻血が、出ると聞いたことがありますが、まさか自分の身の上に起こるとは。

へたりこんでしまいました。
「無理ぃ、かっこいい、無理ぃ……」

ヒューゴ様が運んでくれて
(今度は横抱きで)
ベンチに寝かされました。
横にしゃがみこんで、頬をつつかれています。
「なんで逃げたんだよ」
「俺、傷ついたんだからな」
「責任とれよ」
「悪いお嬢様だな、俺の気持ちを弄びやがって」
「どうしてくれるんだ」
「絶対ゆるさねーからな」

誰ですかこの可愛い人。
黒の騎士とか言われてる、私の最愛の騎士さまです。

「ごめんなさい」
「お前、言うだけ言って姿を消すなんて俺の話も聞けよ、バカ。俺のこと嫌いになったのか?」

「うう、大好きです」

「でも許さないからな。絶対離れてやんないから、覚悟しろ」

悪者のセリフです、どう考えても。
それでも

「はい、ヒューゴ様」

良くできました、というように頭を撫でてくれる大きな手が、やっぱり大好きだと思った。



【完】


後日談


「ヒューゴ、お前の極悪なうわさ知ってる?

街で若いお嬢さんを殴って流血させて、許さないとか離れないとかストーカー発言をしてたって」

「事実無根だ!」









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