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心得3 「客を怒らせてはいけない」

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カイがいつも使う部屋は決まっている。
墨の間という、黒を基調とした東方の寝台のある部屋だ。

靴を脱ぎ床に座り酒を飲んだり食事をしたりする。

リナを担いだまま靴をポイポイと脱がせて寝台におろした。

カイは改めて娘をみた。

小さくて、細くて

十代だよな、どう見ても。
着ている服は娼婦のものではない。下働きか、見習いだろう。
そばかすがある。
化粧もしていない。

うん、ないな。

腕組みをして見下ろしていたら、娘は怖かったのか身をよじった。

いきなり襲われるとでも思っているんだろうか。

……いくらなんでもこれはない。
「いきなり担いで悪かったな。お前を連れてきたのは半分は店に対する抗議だ。お前には何もしないから落ち着け」

「何も?」

「ああ。とりあえず酒を頼む。お前は飲むか?」

「いえ。では頼んできますね」

明らかに落ち込んでいる様子に、カイは止める。

普通は娼婦が誰かを呼んで頼むのだが、リナは戸を開けようとした。

「やっぱり俺がいこう。」

「お客様にそんな」

「お前逃げそうだから」

リナの横をしなやかにすり抜けてカイは廊下に出た。

階段の下で様子を伺っている女将と旦那と娼婦たちと目が合う。
「カイ様、何かあの子がまた失礼を!?」

「いや。酒とつまみを頼む。あと、あの娘の好きそうなものをくれ。果物など」

「すぐに!お持ちします!!!」


ーーーーーーー

「良かったわ、とりあえず急にリナは襲われた訳じゃないのね」

「カイ様は本格的に始めたら水や食料を半日分以上頼んで人払いをするから、まだ手を出されてないわ」


「リナならその気にならなくて、少し叱って帰して、あとで誰かを呼ぶつもりじゃない?」

それもあるかもしれないと思った。
「それにしても、なんでリナはカイ様が良かったのかしら」

「大柄の人は怖いって言ってたけど、カイ様って、ほら、荒っぽくはないけど精神のダメージが大きくない?」

「次の客に奉仕する気がなくなるのよ。ぼうっとしちゃって。歩く営業妨害よね」


「リナ、大丈夫かな」

ーーーーーー

俺は耳もいいので、諜報の仕事もしているわけだが。
女たちがリナというあの娘を心配しているのはわかった。

だいたい、俺があいつを抱くために連れていって怒りをぶつけているようなこと、あるわけない。
あるかもしれないが、あんな落ち込んだ様子の貧相な子供に手を出すわけないだろ。

部屋に戻ると、リナは正座していた。

「カイ様、先程はすみませんでした」
少しは落ち着いたらしい。

「私はお姐さん達にいろんな男の人の話を聞いていて、こういう人にお客さんになって欲しいっていう願望が強くなってしまって。カイ様を理想としてしまいました。
でも、お客様に選ぶ権利があって、カイ様も私なんかじゃその気にならないですよね。すみません、そのうち私が立派に一人立ちしたら、今日の失礼を埋め合わせしますね」

そういってにっこり無理して笑う様子は、認めるのは不本意だが可愛かった。お姐さんたちに可愛がられているのもわかる。悪い娘じゃないのだと思う。少し考えが極端なだけで。
抱きたいかどうかは別だ。
頭をポンポンと軽く撫でてやると、赤くなった。

まさか。
うそだろ。
娼婦になろうかという奴が、男に頭ポンポンくらいで。

少しだけ、胸がそわそわした。これはこいつにつられているだけだ。

「前金は払ったしとりあえず酒は付き合ってくれ」

そのあと運ばれてきた酒を酌してもらって、果物をちまちまと食べるリナを見たら少し気分が良くなった。

「飲むか?」

「まだ練習中で、少ししか飲んだことはないんです。」

「気分が悪くなったことは?」

「それはないです」

緊張がとけたのかリナは笑顔になった。数年後は人気が出るんじゃないか、こいつ。
その時に惜しかったなって思うのかな。

いやいや。
それはその時にまた指名しよう。
「なあ、なんで俺が良かったんだ?理想の客って」

言いながら、自分でやめとけ、と思った。酔ってるのか。そんなの聞いて情がわいて絆されたら、やってしまう。
「えっと、それは、あの、まず暴力をしないのと、優しそうなのと」

「うん、他には」

「大柄な人は怖いから、小柄な人がいいのと、身体が柔らかいしどこでも小さくできて入れるって聞いたから」

「……うん、続けて?」

「だから、処女でも痛くなく行為ができるらしいとか、早いとか、入れたらすぐに終わりとか」

「それで?
早く終わるから楽そうって思ったんだ?」

「……はい。怒って、ます?」

「いや。怒ってへんよ?」

「目が笑ってません」

カイはブドウを一粒口に入れて、酒を飲んだ。

「教えなあかんなー、と思って」

「へっ?」

「こうやって、ブドウ食べてから酒飲んで」

言われた通り、カイの差し出すブドウを口に入れる。酒を口に入れる。
確かに、飲みやす……

「……!」

カイが近づいて、口のなかに舌を入れてきた。
ブドウを取るように口の中を余すところなく蹂躙される。

もちろん初めてで、カイが口を放したときには、唇は赤くなっていた。
口を手の甲でぬぐうカイは目が違っていた。前髪も一筋、乱れている。

「注文、追加してくる」

リナは、
なんで?
なんでいきなり?と混乱した。

「水差しを廊下に。あと三時間後に飴と茶。その5時間後に水と軽食。
あと、誰も来るな。

ああ、三時間後には一度声をかけてくれ。
俺が、止まれなくなってたら困るから」

そう言うと、女将は短く悲鳴を上げた。
「ひっ、かしこまりましたっ!」

部屋に戻ると、リナは床にへたりこんだまま、見上げてきた。

悪くないやん。これ。

「カイ様、あの、やっぱり怒ったから?それで?」

「いーや、むしろ気分はええで。」

「へっ?なんで?急にその気に」

「ええからおいで。」

立たせて、寝台まで手を繋いで誘う。
先にカイが座って、手を引っ張って抱きとめる。

そのまま反転して、押し倒すとリナの視界にはカイしか居ない。
そのまま見つめると、リナはみるみるうちに赤くなる。

「泣いても絶対にやめへんからな。でろっでろに溶かしたるわ」



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