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「うっせー、離れろお前ら、マリア、なんでここに」

ヒューゴの口調から、親しさがわかる。
こっちの方が本当のヒューゴ様で、私にはずっと優しくて気を遣ってくれている。嬉しいけど、いつまでもそういう扱いなのは、距離があるってことでは?
初めての感情にドキドキと胸が高まる。
怖いのかもしれない。
「ヒューゴ様」

「どうしたんだ、こいつらに何かされ……マリア?」

じわっと視界がにじむ。手を伸ばして、腕を絡めた。

「他の女の人と仲良くしたらダメですっ」

ぎゅっと腕をつかんで、睨む。

「……う、……」

そのまま、ヒューゴは固まった。

「おーい、ヒュー、大丈夫か?戻ってこーい」

店員さん1が目の前で手をヒラヒラさせる。

「マリアちゃんの破壊力……」

「これは無理だねー」

店員さん2も、お水を差し出した。

「マリアちゃんがヒューの彼女だったのね」

やっとヒューゴが息を吹き返した。

「マリア、あのな、言わなくてごめん。」

マリアは、ぎゅっとまた腕をつかむ。

「以前の恋人さんですか?」

うるうるした目で見られて、またぼうっと意識を飛ばしかける。
「おい、見とれる前にマリアちゃんに説明」


「あ、ここ、実家で」

「え」

「こいつら身内」

「ええっ」

マリアが慌てて腕を離そうとしたのをヒューゴが肩を抱き寄せる。

「私ったらなんて勘違いを!
ええっと、妹さん?ですか?」
店員さん1に聞くと
「どうも~、ヒューゴの姉です!」

「12上の姉」

店員さん2を見れば

「ヒューゴの兄嫁でーす!」

「10上」

「年齢バラす必要ないでしょ!!」

「疑惑を晴らすためだ。許せ。」

マリアは緊張がとけたのか倒れそうだ。

「お姉さまにも失礼を……」

妖艶な美女もニコニコとしている。
「いいのよ。マリアちゃん可愛いから楽しかったわ」

「おい」

ヒューゴが低い声で妖艶美女の肩をつかむ。

「しれっと姉のフリしてんじゃねえ。
マリア、これ母親。ごめんなこんなんで」

ひゃあああ、と声にならない声を出して、マリアは力が抜けたのかヒューゴに寄りかかった。

ヒューゴは汗をだらだらかいている
「なあ、お前らマリアに何をした」
「いやー、ごめんごめん。あまりに可愛かったから張り切っちゃった」

「俺言ったよな?我慢してるって、言ったよな!?
なんで、こんな、うるっうるのつやっつやのバーンにしてくれちゃってるわけ?喧嘩売ってんのか?」

「だってー。知らなかったし、彼氏を夢中にさせたいって可愛いこと言うからつい」

「マリアさん?」

ヒューゴは支えてるマリアをしっかり立たせて目を覗き込んだ。
「はい」

「もう、これ以上夢中にさせないでください。
あと、可愛すぎるから困る。危機感を持って。俺を試すようなことしないで。じゃないと、」

周りがニヤニヤしているのに気づいた。

「コホン。送ります。」

「あ、エマ様と一緒に来たんですが」

「私はもう少しお買い物するので!迎えも呼べますしお気遣いなく!」

マリアは恐縮してみんなにペコペコ頭を下げていた。

馬車の中で、向かい合わせに座っていたけど二人とも黙っていた。マリアは恥ずかしくて俯いていた。
「あの、ヒューゴ様。勘違いしてごめんなさい。それに皆さんにきちんとご挨拶できなかったわ」

しゅんとするマリア。

「そっちに行ってもいいか?」

隣に腰を下ろす。
少し揺れたので、マリアの肩を抱く。

「言わなかったのが悪いし、それに、嫉妬してくれたのが可愛かったので俺は得しかしてない」

「そんな、私いつも余裕がなくて子供っぽいから。ヒューゴ様が優しいのも、無理してるんじゃないかって」

ゴン、と壁に頭をぶつける。

「大丈夫ですか!?」

「あー、うん。わざとだから気にしないで」

わざと?

「痛みで気をまぎらわせないと、マリアが可愛すぎる、辛い。」

「辛いんですか」

「幸せだから気にしないで」

「無理してますよね」

「無理させて、お願いだから。カッコつけてるから。もうちょっとだけ無理させて」


頭をゴンゴンぶつけながら言ってる。

「ダメです。ヒューゴ様が痛いのは嫌です。」

ヒューゴの頭を押さえて、目線を合わせたら、向かい合ってしまった。

あ、
これは

ヒューゴの喉仏が動いた。

「いいの?」

目が、声が変わった。
マリアの顔に熱が集まる。
顔が近づく。
息がかかる。

多分、頷くだけでいいのに心臓がうるさい。

「マリア、大好き」
抱きよせて頭をヒューゴの肩に預けた。髪を撫でてキスを落とす。
額にもキスをされた。

子供を宥めるようで、覚悟をしかけていたのにしぼんでしまって。

顔をあげて、えいっと目をつぶって
ヒューゴの、頬に唇をあてた。

「なんてことをしてくれるんだ、このお嬢さんは」

久しぶりに凶悪な赤い顔で睨まれた。
頬を軽く引っ張られた。

馬車を降りると、夕焼けに染まっていた。
「もう買い物には慣れたのか」

「はい、楽しかったです。お忍びの貴族って思われてるみたいですけど。」

「急に変わろうとしなくていいんだぞ。その、俺のためとかも。」

「でも、楽しいですよ」

姿勢よく歩くマリアは堂々としていてかっこよかった。
しなやかに強く変わろうとしている。

「なんか姿勢がよくなったか?堂々としている。」

「やっぱり?そうですよね。これは、下着をさっき買ったんですけど、この、胸の横から切り替えがあってウエストのラインが」

「そういうのは言わなくていいから!」

「ごめんなさい」

「もうちょっと、精神的な意味で言ったんだけど。かっこいいよ。自分の足で進んでる気がする」

「あ、精神的に、そうですよね。私ったら」

「本当にマリアは頑張ってるから、俺とのことはゆっくりでいいんだよ。時間はいくらでもあるし」

別れるときに、少し迷うような素振りをしたあと、ヒューゴは軽いハグをした。
挨拶のような軽いものだったけれど、
耳元で
「よく似合ってる」
と、言ってくれた。
おやすみ、とお互いに手を振って別れた。


ーーーーーー

後日。

実家でニヤニヤしている女たちに囲まれてヒューゴは苦い顔をしていた。

「おまえら、いい仕事しやがってー!!!!可愛すぎるんだよ!鬼かよ!」

「進展あったの?」

「言わねえ」

「じゃあマリアちゃんに聞こうっと」

「やめてくださいお姉さま。

進展ありました。これでいいですか」


「やあヒュー、彼女できたんだって?避妊薬と、媚薬と不動産とベビー服ならいつでもお兄ちゃん用意できるよ?」

「黙ってろクソ兄貴ィイ!!!」

「進展って、どんな?どんな?」

「ハグです」

「嘘だろオイ」

「おでこに」

「おでこ?」

「もう、いいだろ!」

みんなヒューゴのことが可愛くて仕方がない。
「えらいえろい、よしよし」

「馬鹿にしてるだろ」

「いや、『待て』ができてえらいなって」

「犬扱いか!
クソ兄貴ぃー!」





















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