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ええ、私は相変わらず騎士団の朝の訓練を見に行っていますの。

エマは語り始めた。

「ヒューゴ様、最近雰囲気が柔らかくなったと評判ですよ。今まで怖がっていた令嬢も手のひらを返したように。でも!私ちゃんと言いましたからね!ヒューゴ様にはれっきとした恋人がいるって!」

「エマ様、それくらいで充分です……。」

席の向かいで顔を覆っているのは、そのヒューゴの「れっきとした彼女」のマリア。

貴族令嬢として同じ学園に通っていた。騎士団の見学の時に出会ったのだった。
それから数ヶ月、今度は街中で再会して、時々お茶をする。エマは以前から平民の格好をして街に出ていたそうで、マリアより平民の暮らしに詳しい。
貴族と平民となっても以前より仲良くなった。
エマは相変わらず騎士団で推しを見つめている。

マリアは訳あって平民となり、ヒューゴとは恋人になれた。

「本当に良かったですね、マリア様」

「エマ様のおかげですわ。あの時、勇気を出して訓練の見学に行けたのは」

「それにしてもマリア様、まだどこから見てもお忍びの貴族令嬢ですわね。」

「そうですか?実は、ヒューゴ様も気にしていらっしゃって」
「貴族らしさを嫌がってらっしゃるのですか?」

「いえ。私は私なんだから無理しなくていいと、優しいのですが、お友達に言われたそうで」

「何をですか?」

「まるで『お忍びの貴族令嬢と人攫い』みたいだと」

「まあ」

エマは大笑いした。
「ひ、人攫い。フフッ、すみません、でも確かに」

「エマ様まで」

「では、こうするのはどうですか」

エマの提案に、マリアは赤くなって震えた。

「……無理ですっ、」

エマと一緒に隣町へ、服を買いに行くことになった。

「わあ、賑やかですね」

「わりと裕福な平民のお嬢さんはこの辺りに流行の服を買いにこられるそうですわ。オーダーメイドではなく、既製服を組み合わせて楽しみますのよ」

「私、ドレスもワンピースもお任せしていたので自信が無いですわ」

「大丈夫ですわ!素敵な店員さんが見立ててくださるので。私、その方たちの着こなしのファンですの。
他の令嬢も、そのお姉さま達の着ていらっしゃる服と同じものを買われたりする方も多いと聞きます」

二人は店の中に入った。

仕立て屋では見本のワンピースと布、採寸の小部屋などがある。

この店は、たくさんの服が並んでいて、靴やカバンと合わせてあり見ているだけでも楽しい。

「わあ、こんなにあるなんて」

「私、ここにマリア様と来たかったんですの。私たち、用意されたものが多くて、たくさんの中から自由に選ぶなんて、迷ってしまいますわね。マリア様と迷いたかったの。
マリア様は、本当に大切なものを選ばれたから」

「エマ様……」

お忍びで街に来られるのもあと何回かしら、とお茶を飲みながら話していたのを思い出す。縁談も、ドレスも、役割も。貴族には用意されている道がある。

「良いものが買えるといいですわね」

そうして二人でにこにこと店内を見ていた。
宝石以外のアクセサリーもあり、値段も手頃だった。
リボンやハンカチなら、パン屋さんのお給料でも手が届く。
将来のことを考えて無駄遣いは控えているけれど、時々ならここに来ても許されるかもしれないと思った。

「かわいらしいお嬢さん方、何かお探しですか?」

美女に話しかけられた。
これが有名な店員さんなんでしょう。

「彼氏が夢中になるような色気を出したいんです、お願いします」
エマがマリアの背中を押した。

「ええっ、エマ様、私は別にそんな」

「彼氏に浮気されたくないってことかしら」

「ずっと好きでいてもらいたいです。……もう少し、大人っぽくなりたいです」

「その心意気ですわ!マリア様から腕を組んだら、人攫いには見えませんわ」

さっき、エマに言われたのだった。
マリアが積極的にヒューゴに甘えている素振りが見えれば自然な恋人に見えるのではないかと。

「人攫い……?」

この可愛いお嬢さんに強面の彼氏がいるのかな?と店員は思った。

「まあ、少し雰囲気を変えるだけで自信が持てて、行動や二人の空気が変わることもありますからね」

とりあえず好みを探していきましょう。
と店員は笑顔を向けた。


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