上 下
2 / 6

夜の店内で起こったこと

しおりを挟む
その日は残業で、すっかり遅くなってしまった。
絶対甘いもの食べたい……

知的な女性として後輩から憧れられるシアも、空腹の前では野生だった。
表には出さないけれど。


図書館が閉館してからの業務は翌日に持ち越せるものもあるので、大抵は定時に帰れるはずだった。それなのに、今日は急に王城の資料室から保管用の書類が届けられたのである。
これは明日に持ち越せない秘密文書も含んでいる。

図書館の地下には、それこそ王城のあらゆる部署からの書類が保管されている。資料室で一定期間保管されたあと処分するものと保管するものに分けられる。

夜に立ち寄るのは初めてだったけれど、匂いにつられた。

「いらっしゃいませ、あら、シアさん。お疲れ様です」

昼と同じようにアメリアさんの笑顔にほっとする。

「一人なんだけど、いいかしら」

「もちろんですよ。お食事、ですよね」

ちらっと店内を見て、アメリアさんが案内してくれる。お酒を楽しんでいる席とは逆の席をさりげなくすすめてくれた。

「もしお腹すいてらっしゃるなら、すぐにこちらの単品ならお出しできますよ。」

おつまみのメニューを広げてくれる。

チーズの盛り合わせ、クラッカー、サラミ、果物盛り合わせ、チョコ

「チョコ?」

「洋酒に合うらしいので、夜だけ単品でお出ししてるんです。少し苦めなんですが」

「チョコと、クラッカーと、ポテト、とりあえずお願いします」

変な頼み方かしら、と思ったけどアメリアさんはにこっと笑ってくれた。

疲れて何が食べたいのかもわからない。

すぐに注文した品がきた。
可愛い小皿にのっている。
「あと、これハーブティーです。目の疲れに良いそうですよ」

ティーカップに薄い金色が光っている。

「ありがとうございます」

口に含むと、さっぱりとした香りが鼻に抜ける。お腹が温まったら食欲が戻ってきた。クラッカーとチョコをつまむ。

ピザとビールを注文した。
なんだか周りを見ていたらお酒が飲みたくなったから。

アメリアさんは席の間をくるくると移動している。いつも笑顔で感じ良くて、もし自分が男性だったらああいう奥さんが家にいてくれたら嬉しいんだろうなあ。
そんなことを思う。

アメリアさんを見ていたから、同じように彼女を目で追っている視線に気がついた。
異端過ぎてオブジェかと思った。黒いローブで端の席に座っている。前髪も長いので顔が半分しか見えていない。
塔の魔術師、フレデリック。生ける伝説のような彼は、あまりの魔力の多さとあまりの協調性の少なさから魔術師団に属さずに研究職についている。
政治的利用を企む者にうんざりして塔に引きこもっていると聞いた。
そんな彼が、人々に混じって食事をしているなんて。

食事なのかどうかわからないが、お酒ではなさそうだ。お茶のようなものを時折口に運んでいる。アメリアさんを目で追っている。
え、何あれ。
もしかして。

視線が合った。
こちらが見ているんだから、もちろん向こうも気づくだろう。魔術師なら余計に。

軽く会釈をされた。
あわてて返す。
まさか私を知っているとは思わなかったけれど、魔術師なら図書館を利用するのかもしれない。

置かれたピザの湯気で、考えは散った。
口にいれるとチーズが伸びる。具もだけど、皮の端っこの香ばしいのも好き。でもランチには、口や手が油っぽくなるのが嫌でなかなか頼めない。
夜だから誰も見てないから、大きな口を開けても平気……

「シアちゃーん」
アートさんが寄ってきた。店のドアを開けて一直線に前まで走り寄ってきた。

「なんともない?大丈夫?」

たった今、ピザが喉に詰まりそうになってます。

ビールで流しこんだ。

「何ですかいきなり」
「だって、その」
アートがフレデリックの方をチラッと見る。
フレデリックは、
ものすごく嫌そうな顔をしていた。

あの人、表情筋動くんだ

とても珍しいものを見てしまった。
「なにもされてない?」
「なにも。知り合いでもないですし。」
「話しかけられたりとかは」
「ないです」
「触られたりとか」
「ないです」
「髪の毛盗まれたり」
「ないです」
「会話を盗聴されてるかもしれない」
「私は、一人でピザ食べてたので、独り言も言ってませんから盗聴されてても害はないです。アメリアさんと少し話したくらいです」
  
「人を危険物みたいに言うな」

黒い影が喋った。フレデリックだ。
思ったより背が高いらしく、少し首を下げてアートに何かを囁いていた。そのまま帰るらしく、店の出口の方に行った。
知り合いだったのか、とアートを見れば
こちらも見たことのない苦い顔をしていた。
「アートさん?どうかしたんですか?」

「いやいや、なんでもないよ。アメリアちゃん、僕にもビール」

向かいに座ってピザを一切れ奪われた。

そのあといつものように軽い調子でアートさんは喋っていたけれど違和感は拭えずに、それでも酔いもあってどこかふわふわした夜が更けていった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない

エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい 最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。 でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。

妹に呪われてモフモフにされたら、王子に捕まった

秋月乃衣
恋愛
「お姉様、貴女の事がずっと嫌いでした」 満月の夜。王宮の庭園で、妹に呪いをかけられた公爵令嬢リディアは、ウサギの姿に変えられてしまった。 声を発する事すら出来ず、途方に暮れながら王宮の庭園を彷徨っているリディアを拾ったのは……王太子、シオンだった。 ※サクッと読んでいただけるように短め。 そのうち後日談など書きたいです。 他サイト様でも公開しております。

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

【完結】悪役令嬢エヴァンジェリンは静かに死にたい

小達出みかん
恋愛
私は、悪役令嬢。ヒロインの代わりに死ぬ役どころ。 エヴァンジェリンはそうわきまえて、冷たい婚約者のどんな扱いにも耐え、死ぬ日のためにもくもくとやるべき事をこなしていた。 しかし、ヒロインを虐めたと濡れ衣を着せられ、「やっていません」と初めて婚約者に歯向かったその日から、物語の歯車が狂いだす。 ――ヒロインの身代わりに死ぬ予定の悪役令嬢だったのに、愛されキャラにジョブチェンしちゃったみたい(無自覚)でなかなか死ねない! 幸薄令嬢のお話です。 安心してください、ハピエンです――

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

王妃となったアンゼリカ

わらびもち
恋愛
婚約者を責め立て鬱状態へと追い込んだ王太子。 そんな彼の新たな婚約者へと選ばれたグリフォン公爵家の息女アンゼリカ。 彼女は国王と王太子を相手にこう告げる。 「ひとつ条件を呑んで頂けるのでしたら、婚約をお受けしましょう」 ※以前の作品『フランチェスカ王女の婿取り』『貴方といると、お茶が不味い』が先の恋愛小説大賞で奨励賞に選ばれました。 これもご投票頂いた皆様のおかげです! 本当にありがとうございました!

処理中です...