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いつもからかってくるあの人は

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職場の近くの店で、自分だけのお気に入りの席だと思っていたのに先客がいる。
仕方のないこととはいえ、ちょっと残念である。でも一番の目的は食事だから、他の店に行くつもりはないけど。

シアは王城の図書館に勤めている。昼休みの文官が利用することもあるので、司書は交代で休憩をとっている。一番遅いのは2時から。近くの店のランチタイムは終ってるけれど、この店『エデン』はサンドイッチとスープのセットがいつでも利用できる。

こっそり店員のアメリアさんに聞いたんだけど、日替わりランチのメインの肉料理がサンドイッチに入ることもあるって。仕込みに手間も時間もかかってるけど、昼と夜と両方来てくださる常連さんもいるので、同じ料理としては出さないらしい。

テイクアウトして王城のベンチで食べたりしていたけど、最近は店内がお気に入り。

だった。

壁際に、深緑のビロード張りのソファが置かれていた。アンティークな木のテーブルと本棚。と、その横にはドライフラワ―のリース。壁には小さな額縁。
時が止まったかのような一画だった。

シアは一目でその場所が気に入った。
「やっぱり。シアさん、気に入ってくれると思ったんです」
アメリアさんがにこにこ笑いながら言った。
とっても庶民的で開放的な雰囲気を売りにしているお店だけど、将来は本格的なコーヒーや紅茶も出せるように勉強したいと考えているそうで。学生さんが勉強したり、文官さんが息抜きしたり、長居してもらえるような静かな空間も提供したいと。
死角になる場所に別の魅力があるなんて、発想がすごい。

「すごく素敵。私もここで本を読みたいです。」

「良かった。テーマは、『お祖父ちゃんの書斎』なんです。ちょっと難しそうな本とか置いてあって、入ったら叱られそうだけど気になって、みたいな感じで。貴族趣味じゃないんだけど、古いものを大事に使うお祖父ちゃんってイメージです。」

「いいわね。ドキドキするわ。ここの本は自由に見ていいの?」

「どうぞ。といってもまだ少なくて。お客様に自由に寄贈してもらおうかと思ってます。そうだ、シアさん何かオススメないですか?」

「そうねえ、素敵な画集とか、古い詩集、絵本なんかも良いんじゃないかしら。あと、気分転換にパラパラめくるなら、絵の多い紀行ものとか、植物図鑑や手芸の本も、置いておくだけでインテリアになるかも」

「さすがシアさん!ありがとうございます。」

そのあと王城図書館の蔵書整理のときに、譲渡されたものを何冊か寄贈した。

シアもここでランチを食べたり本を読むことが増えていた。
だんだん他の本も増えていた。

戯曲や流行小説もあった。
情熱的な男女の恋愛小説。
最近は身分違いや不倫のような背徳感のあるものが人気らしい。
シアは、古典の恋愛事情が奔放であっても気にしない。読み物としてそういうものだと思っているので甘いセリフや男女のあれこれも、さらっと読める。
ただ現代ものでは男女がデートをしたり恋が実ったり、キスをする場面ですらドキドキしてしまう。王城勤めのメイドが王子様と秘密の関係を……といった話は、あるわけないとわかっていても中毒性があって読んでしまった。
王城に勤めていても王族の居住エリアとは接点なんてないし、あるわけないとわかった上で楽しんでいる。

職場は本だらけだけど全く別物の、シアにとっては自分では選ばなかった本との出会いだった。

その大好きな場所に、男性が座っている。お茶を飲みながら手芸の本をめくっている。

男性が顔を上げた。
「こんにちは、また会ったね」

「……こんにちは」

金髪の長い髪を後ろで束ねている。シャツとベストという軽装。
王城勤めには見えない。
この人は何をして生計を立てているのだろうと不思議に思う。

「シアちゃん、今日は休憩が遅い日なんだ。待ちくたびれたよ」

「全然待ってませんよね?さっきまでここに横になって寝てましたよね」


「あ、見えた?昨日徹夜でさ、でもここで待ってたのは本当。遅めの朝ごはん食べながら」

もっと繁華街の夜に似合いそうなのに、意外と夜にここで会うことはない。
昼間からここでお酒を飲んでいるのを見たことはあるけれど。

素性は謎だけど、なにしろ顔が良いので彼と会話を交わすのはシアの生活のなかではちょっとした異彩だった。
でも、だらだらするならその場所譲って欲しいなと思う。

近いテーブルにトレーを置いて、サンドイッチを手に取った。

「シアちゃんはさ」

視線だけでなんですか?と返事をする。

「結婚願望とかあるの?」

それは職場でも聞かれたことがある。
仲良くなった女性同士の会話でも。
少し前は彼氏がいるかどうか、だったのに、結婚を意識する世代になったんだろう。

無難な答えもいくつか頭のなかにはあるけど、口から出たのは

「願望というほど強くないし、結婚したあとの自分が想像できないので、多分無いんだと思います。でも」

「でも?」

「誰がが、結婚を考えたときに、その想像に私を加えてくれたら、参加してみようかなって思うかもしれません」

彼は吹き出した。

「参加、参加かあ。」

「おかしい……でしょうか。おかしいですよね」

「いや、ごめんごめん。否定したわけじゃないよ。ただ、新鮮で。」

「私を自分の人生に求めてくれる人がいるとしたら、見てみたいなっていう好奇心なんですが、そんな理由で恋愛を始めるのは申し訳ない気もするので」

「そっか。出会えるといいね」

いいのだろうか。今のところこの平穏な毎日も悪くないと思っているんだけど

「ちなみに僕の人生に参加してみる気は」

「名前もしらない人が何を言うかと思えば」

「あー、そうだったね。じゃあ、自己紹介だ。アート。偽名だけどね!さらに別名で劇作家をしているよ」

これ、と本棚から出したのはアーノルド・フィルの本。 

「え?そんなわけ」

アーノルド・フィルは大人気の流行作家だ。

にこにこ笑っている。

またからかわれてるのかしら。

「アートさん、からかうならそのソファ私に替わってください」

「からかってないけど、一緒に座れば良いじゃないか」

「人気作家の隣なんて恐れ多くて落ち着きません。さ、退いてください」

「わかったよ。お茶をご馳走しせさせて。それくらいは一緒に過ごしてくれるでしょ」

アートはキッチンに向かった。


(ちょっと、ドキッとしちゃったじゃない……)

シアがクッションに顔を埋めたのをアートは知らない。



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