青の宰相と牙月の姫

仙桜可律

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妻が怒った日

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「姫、どうか顔を見せてください、お願いです」

扉の前で額を擦り付けているのはこの邸の主。
そして、この国の政治の中枢を担っている宰相でもある。

「せめて、声だけでも聞かせてください」

「私、怒っています!旦那様は仕事に行ってください」

「仕事なんて一日くらいどうとでもなります。休みます!」

従者がぎょっとしている。

「……仕事を放り投げるような責任感のない方は幻滅します」

「仕事に行って来ます!でも早く帰ってきます!必ず夕食は一緒に取りましょう。」

従者が奥方に感謝の礼をした。

「いいのよ、旦那様の気が変わらないうちに早く行って

……ごめんなさいね。貴方たちにも迷惑をかけて」


「そんな、奥方さまのお陰でどれほど俺たちが助かっているか!」

「そうですよ!以前の旦那様は夜中まで仕事をしていました。奥方さまのお陰で人並みに俺たちは家に帰れるんです!だから、差し出がましいかもしれませんが俺たちは奥方さまの味方です!」

そう言って従者たちはペコペコと頭を下げて行った。

そう、絶賛夫婦喧嘩中である。

宰相の一目惚れから始まったこの結婚は溺愛そのもので、王も呆れるほどだ。喧嘩など無さそうだと使用人も安心していた。

幼妻といっても二十歳の奥方は、帝国のしきたりなどは知らないけれど学ぼうとする謙虚な姿勢は好ましいし

小国とはいえ王女なのに偉ぶることもない。
成人年齢の低い出身国なので考え方などはむしろ大人びている。
甘やかされた同年代の帝国の令嬢などより余程しっかりとしている。

三十六歳の旦那様はひたすら奥方を甘やかしているが、ある意味、子供扱いなのかもしれぬ。
とにかく不自由のないようにと使用人にもしつこく繰り返した。
奥方さまが不満など仰らない方なので使用人は細かいところまで不備がないようにしている。

喧嘩の原因は、妾を薦めてきた客人だ。

これだけ奥方さま一筋の旦那様によく言えたな、と感心すら覚えた。

「宰相殿は西域の女性が好みと聞きました、私の馴染みの女にも西域の出身の者がいまして、踊り子をしています。ぜひ我が家にも御越しください。お気に召すと思いますよ」

前々から妾を薦めてきた男だ。接待を受ければ寝所に女を送り込んで来るだろう。

断ろうとしたが、一瞬の間があった。
客人はニマニマと笑って帰った。

奥方はその会話を聞いてしまった。

正式な奥方として客人を見送ろうとしていたから。

客が帰ったあとで、口論となった。

旦那様は初めから失敗した。

面倒な客が帰って安堵して気が緩んでいたのだろう。奥方の怒りに気づかなかった。
旦那様からすれば妾などあるわけもないから、聞き流した。

奥方さまは、聞き流せなかった。

それだけの差が二人の間に生まれ、拗れていった
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