青の宰相と牙月の姫

仙桜可律

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花火

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新年の花火を見上げる


宮城から見える丘に櫓を組んで職人が調合した火薬を打ち上げるのだ。

若い王は派手好きだと民衆でも知っている。
異国の使節団が花火を献上したときに、職人もそのまま滞在するように命じた。新年に民に見せたいからと。

宮城では新年を祝う宴が続いている。
先王のときは厳かに神事をするのみだったので他国の使者も喜んでいる



と見せかけて無能な王だと侮っているのだろう。
花火の技術は大砲に応用できる。職人の技術力を見るために滞在させた。
神事は多すぎる。神官たちが増長しないように距離を置く必要があった。

夜通しの宴、それだけで金が回り民が潤う。

素晴らしい案ではないか。誰が考えたんだ。

私か。

歴代宰相最高の頭脳を恨むぞ。
王は愚鈍ではない。私が立てた案を面白がって乗っかってくださる器の大きさもある。
しかし、ここぞというポイントで理解できないフリをして、結局私が現場で采配を振る羽目になる。

花火を打ち上げる職人の側で資材や休憩を取り仕切ることとなった。
もちろん、細々としたことは部下に任せているし火薬を扱うので武官や医官もいる。
しかし、万が一。火薬をすり替えたり打ち上げる方向が宮城や民衆に向いた場合、待機している軍を動かす命令は、私しか出せない。

(新年くらい妻とゆっくり過ごしたかった……)

初めてこちらの国で迎える新年なのに、ついていてやれない。あんなに遠い国からわざわざ私のために来てくれて、こちらの寒さに慣れないから心細いだろう。私しか頼る者がいないのに。熱など出していないだろうか。

「宰相様、花火はお気に召しませんか?」

職人に茶を配り終えた武官見習いが話しかけてきた。武官ながら気が利くので経理や雑務をしているらしい。言葉を教えあったらしく花火職人たちとも打ち解けている。

「いや、美しい。
無事に打ち上がったことにホッとしている。彼らも疲れているだろう」

職人たちの方を見ると、武官は笑った。
「彼らが気にしてたのは、宰相様が眉間に皺を寄せてため息をつかれていたからですよ。」

「そんな顔をしていたか」
「ええ。武官の顔が怖いのは有事に備えてなので慣れてますが。」

「それは、すまなかった。その……」

「いえ、宰相様ともなれば気苦労も多いでしょう。私ごときがお聞きするつもりは……」

「新婚なんだ」

「は?」

「新年なのに年末から仕事ばかりで、王は厚着をして妃と花火を眺めているかと思うと、軽く殺意が」

「うわああ、宰相様、さすがに不敬です!」

「職人たちにあとで酒を届けさせよう。」

「それは皆喜びます」

伝えてくれたのだろう。職人たちが声をあげるのが聞こえた。ついでに不機嫌の理由も伝えたのだろう。笑い声が続いたから。

笑われても不快ではない。若い嫁をもらった果報者を存分に笑ってくれて構わない。溺れている自覚はある。
あの箱入りの姫はまっすぐに目を見る。厳しい自然環境のなか、少ない情報で判断するために。初めは警戒心の強い猫のようだと思った。

迎えに行った時も姫が顔を隠していたからこそ、平気で話せた。
細い手首や、笑ったときに耳飾りが揺れる音、衣擦れの気配

絵姿など当てにならない。

でも。
まだ見ぬ姫に十代の男のように焦がれていた頃も、嘘ではなかったのだ。
だから、今も絵姿を懐に入れている。

本当はもっと色んな妻の姿を描かせたいのだが、有名な絵師は男性が多い。妻を見せるわけにいかない。
才能ある女性絵師を後援したいと思い、画塾に個人で寄付をした。
文化レベルは国力と比例する。ゆくゆくは芸術分野でも他国と交流が進むだろう。

ああ、嫌だ。

また考え込んでいると不機嫌に見えるだろうか。

最愛の妻のことを考えていたはずが仕事や国のことがよぎってしまう。
妻に詫びよう。
自分への罰として謹慎して仕事を休むことにしよう。

花火の終了と共に残りの片付けを手配し、宮城へ戻る馬車を待った。
振り返れば焦げた地面と漆黒の闇。
華やかな祭りのあとは、大概こんなもんだ

「王、今よろしいでしょうか」

「おおご苦労だった。見事であった。職人たちに褒賞をやろう」

「それは幸いに存じます。皆喜ぶでしょう。それはさておき私、しばらく謹慎しますので」

「お前は何を言っている?謹慎だと?理由は何だ」

「……何でも良いじゃないですか。適当にでっち上げてください。あ、さっき不敬な発言をしました。そこの武官が証人です。」

「お前の不敬なんぞ常だ。認めん。普段の仕事に褒美をやってもいい。金でも酒でも女でも」

「全部いらないので休暇をください。」

「そうか、自宅でゆっくりしたいということだな。
確かに少し頼りすぎていたかも知れない。自宅で休むが良い。」

「ありがとうございます」

「よいよい。さ、仕事の事は忘れて自宅から一歩も出ずに謹慎するがいい。」

「……やけにすんなり帰しますね。
おかしい。」

宰相は宴の様子をみる。
妃の姿がない。
あと葡萄酒がある。

これは妻の国の交易品。

「妻の国からの使者がいますね?」

「いたような気もするな」

「使者だけでなく妻も呼ばれて来たのですか」

王はにやにやしている。
「謹慎するんだろう、早く帰れ」

「新婚で嫁もいない家に帰って何が楽しいんですか!」

王と宰相の会話の行方をはらはらしながら見守っていた者は、安堵した。
宰相も人間だったんだ……

それほど、結婚前の宰相は仕事しかしない厳しい印象だった。

「申し上げます。王妃様から言伝てです。宰相様が戻られたら来て頂きたいと。奥様がお酒を召し上がり、その、少し酔いが進まれて」

「妻が?酒に弱くないはずですが……」

「容海妃さまの国からのお酒を王妃さま、妃さま方と楽しまれていました。」

「場所は」

「貴賓室です」

「御前失礼致します」

「私も見に行くとしよう」

「酔った妻を見せるわけにいきません。」

「妃たちも少なからず酔っているだろう。お互い様ではないか」

「畏れながら、愛情を分散して受けてらっしゃる妃様たちと、一身に愛情を受けている深窓の我が妻とでは酔った姿の貴重さが違いますので」

「全然畏れてないじゃないか!不敬だぞ」

競うように廊下を小走りで二人は行く。

「中の皆様は扇やベールでお顔を隠されていますので」

扉の前で侍女がいう。

「妻しか見ないので必要ありません」

「宰相殿、申し訳ありません。奥方が……」

「私がお酒を薦めたのです。罰は私に」
一人の妃が跪く。

「姫、大丈夫ですか?」

一目散に妻のところに駆け寄り手を握り声をかける。
うとうととしていたのか、長い睫が二、三回、パチパチと星のような瞳に影を踊らせる

「あら、旦那さまだわ、お仕事終わられたのですか」

「はい。全部終わりました」

「しばらくお休みですか?」
「ずっと休みましょうか」
「ふふ、それはダメです」

他のものに見えないように抱えて頬擦りしている。

「王妃、あれは誰だ。」
王が妃たちに呟く

「宰相さまですわ。王がつまらない嫌がらせで働かせ過ぎたこの国一番の忠臣でしてよ」

「奥方様も健気でかわいらしい方ですのよ。奥様を淋しがらせたら、宰相様は亡命されるかもしれませんわ。」

「この国の情報をまるっと西域にくれてやるなんて、どれだけか愚かなことかお分かりですよねえ」

にっこりと笑う妃たち。

「宰相といえば国の要だというのに妻にあんなに溺れて大丈夫なのか」

「まあ。王も溺れてくださってもよろしいのよ?ただし、均等に全員を愛して国務もきっちり終えてからですけど。」

「あと、奥方様が西域の布を私たちにくださいましたの。
西域の踊り子の衣装も下さったのですが、とても刺激的で……。王に見ていただきたいので、今日はもう寝所で飲み直したいのですが……」

宰相は持ってこさせた水を妻に飲ませている。

「宰相、帰っても良いし部屋を用意することもできるがどうする」

「姫はどうしたい?」

「旦那さまと家に帰りたいです。」

ぎゅうぎゅう抱きついてくる妻を抱きあげ、扉を侍女に開けさせた。

「では陛下、しばらく休みます!」


「あいつのあの甘い声なんなんだ!人が変わりすぎだろう。元はといえば私に来た話だというのに、感謝が足りないと思わないか?」


「思いません」

妃は全員、頷いた。

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