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ひたすら編む

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「じゃあアイリス様、飲み物はここに置きますからね」

シーカー子爵が王宮に来た日にアイリスは微熱があった。
早退して、ついでに取りそびれていた休暇を3日取らされた。

街に出て薬を買い、紅茶を買った。家でゆっくり過ごそう。本屋にも寄ったけれど、結局買わなかった。
読書は好きだったけれど今は本を見たくない。仕事を思い出してしまうから。

手芸屋の前を通ったときに毛糸の山盛りを見た。

そわ。

もう新色の毛糸が出ているの?

編みたい。
一心不乱に編みたい。

毛糸を買った。
青い毛糸を手に取ったときに店員さんに声をかけられた。

「それ、染めに工夫がしてあるので綺麗なグラデーションになりますよ」
海のような濃い青から凍った湖のような白銀へ
「綺麗……」

この色はボルク様の色にとても似ている

どこか厳しくて寂しい色。
それでも、時々秋の空のように澄みきった青色に見える瞳。
どこまでも高い空に行き止まりがあるのなら、ふわふわと浮かび上がる気持ちは、そこに当たって砕けるのだろう。

青空は、嫌いだ。
汚い心を見透かされるような気がするから。

閉じ込められた氷の世界に憧れる。
ひたすらに編み物をして過ごそうと思った。

自作のクッキーと保存食とワインと水をたくさん用意して、部屋に閉じ籠りたいと告げた。

「夕飯には声をかけますね」
と言って、そっとしてくれる使用人たちがありがたい。
彼らは知っている。時々、アイリスがそんな風に閉じ籠って何かに没頭することを。
毛糸を編むならまだ危なくないと思っている。

彫刻や籠を編んだときは手が傷だらけになっていた。


一晩で、使用人全員のマフラーが完成していた。

シーカー子爵の、手袋と靴下も。アイリス自身の手袋とマフラー、靴下、帽子。

部屋が青く染まっていく。
ふわふわとした糸が形になる。
迷いが固まっていくように。
毛糸は帽子になってしまえば足を知らない。靴下になってしまえば太陽を知らない。

少し眠り、水をのみ、また編む。
手を止めて、クッキーを水で流し込む。
編む。
ワインを飲む。

次の夜になって灯りをつけるのも忘れていた。



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