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宰相の長男とランチを一緒にした話

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アルダール・ハービスは文官のなかでも政策に強く、ゆくゆくは宰相になるだろうと言われている。現宰相の長男であるが、宰相職は世襲制ではない。実力主義で選ばれる。
王太子の側近であり、勤勉である。肩に付くほどの銀髪をひとつにくくり、青い瞳。
冷たそうな風貌ながら、柔らかい態度なので古風な貴公子のようだと令嬢から人気が高い。
女性と噂になったこともないのだが、今は渦中の人である。

王宮の食堂で女性とランチをしていたという噂がファンの間を駆け巡った。
相手の女性はアイリス・シーカー嬢。
元平民ながら、学園での優秀な成績や才気で注目を集めている。
和やかに会話をしている様子は知的で、節度を保ったものだったらしい。恋人のような雰囲気ではないけれど。
充分好意的で、アルダールの方から話題を振っていたそうだ。
「意外でしたが、アルダール様もハービス家も実力主義でしょう?
どこかの深窓の令嬢というのも似合わない気がしてきました。」
噂を聞いた中にはそう言った者もいた。

ーーーーーー
その話題のランチの実情は。

アイリスは食堂でトレイを持って立ち尽くしていた。
二人組で食事に来た人は、一人が座ってもう一人が買いにいっていることが多い。
一人の時は壁際のカウンターに座ることも多い。そこは資料を見ながらサンドイッチを食べたり、アイリスのクッキーをかじってる人も時々居る。忙しい方の役に立てているのなら嬉しい。

が、今はそうではなくて。
テラスの席なら空いているが、なんとなくそこは恋人が多いので行きづらい。職場恋愛の僅かな逢瀬を邪魔したくない。
その時、二人用の小さめのテーブルが空いたので、ちょうど良かったと席についた。

フォークを手にした時に、
「相席よろしいですか」
と声がかかった。

「はい、どうぞ」

答えて顔をあげてから、しまったと思った。 
立って礼をしようとすると、クスクスと笑って止められた。
アルダール・ハービス様。
柔らかい風貌から人気が高く、夜会でエスコートしてもらったと知られた後、しばらくは羨ましがられて色々と詮索された。
とてもいい方なんだけど、目立つ方とはなるべく関わりたくないのよね

そんな表情が出てしまったのか

「迷惑でしたか?アイリス嬢」
そう眉を下げられてしまうが、それも絵になる人だ。
でも、あのハービス家の方が麗しいだけのわけがない。

「迷惑だなんて。ただ、アルダール様は目立ってしまわれるので気後れしています。」

「率直でいいね」

にこにこと食事が始まった。

仕事中もプライベートもあまり笑わないと聞いていたので、これはまたファンの女性が見たら悲鳴ものではないだろうか。

「どう?仕事には慣れた?」

「はい。皆さん親切なので困っていません。ただ、もっと利用される方のために配置など工夫されているので、慣れる暇がありませんね。楽しいです」

そのあと、クッキーの話などをして、そろそろ食事も終わりというところで
「食後にお茶を付き合ってもらおうかな。コーヒーと紅茶どちらがいい?」

それではそろそろ失礼します、と言おうとしたタイミングで先に席を立たれてお茶をわざわざ注文してくれると。
断りにくい。
仕事のできる人はこれだから

「ミルクティーでお願いします」

アルダール様は苦手だ。

ボルク様と似ている。

アルダール様は前髪を斜めに分けているけどボルク様は真ん中で分けている。

ボルク様なら、多分名前を呼んで顔を上げてから相席の許可を得ようとする。

ボルク様なら会話が切れた時に見つめてくる

アルダール様のように相手が困らないような当たり障りのない会話を進めるのではなく
、もっと居心地が悪くなるような。心を明け渡すような受け答えをするので、こちらの心を渡せないことが自己嫌悪になるくらいボルク様との会話は息苦しい。

似ているから違いばかり意識が追いかけてしまう。

アルダール様からミルクティーを渡される。テイクアウト用の蓋つきカップだった。

「休憩時間も少ないだろうから、戻りながらの方がいいかと思って。」

そう言って自分の分を少し上げて微笑んだあと、並んで歩き出した。
こういう気遣いも、働く女性に人気なんだろうなと思い知らされる。
もしかしたらボルク様も仕事に慣れたら、こんな風になって同僚や後輩の女性に思いを寄せられたりするのかな。


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