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アイリスは青空が嫌いだ

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時々、暗い箱が開く。
例えば
学友と『ごきげんよう』と笑顔で別れたあと

植物の話ばかりをする養父の話を聞いているとき

エレノア様やコレット様が誉めてくれるとき

それから

ボルク様が笑ってくれた時

心が動いたあと、ぽっかりと自分の足元に暗い穴が開いているような気がする。
その穴には今まで捨ててきた悪いものや嫌なもの怖いものがドロドロに詰まっている。

今の自分は偽物で、周りの人に嘘をついている。
無欲で努力家で、ひたむきに頑張る平民の女の子。だって皆が好きなのはそういうイメージでしょう。
だからそう見えるように努力した。

花屋に種を運ぶ仕事を手伝ったら花を貰えた。
食堂に花をあげて、道を掃いたら喜ばれた。食事の余りをもらえた。

両親は帰ってこなかった。
街を転々として、たまに帰ってきては気まぐれに物をくれた。
父のおばさんという人と暮らしていた。
両親は享楽的で、たまに得た大金を使い果たしては都に出る暮らしだった。借金をしては踏み倒して逃げていた。
犯罪紛いのことをしている連中ともつきあっていた。
清潔な服や温かいご飯が欲しかった。
アイリスは、自分から孤児院へ行った。

痩せ細ったアイリスを見て院長は受け入れてくれた。

父母がいるのに孤児になった自分は、親を捨てたのだと思った。

孤児院では自分のことは自分でするのが基本で、小さい子の面倒をみる。

アイリスは初めて夜にぐっすり眠ることができた。夜中に酔っ払った父親に引きずられることもない。
知らないおじさんの膝にのってお酒をついだりしなくていい。

ここは安全だということを確かめながら一歩一歩次の足を踏み出す、そんなふうに生きてきた。
青空は嫌いだ。
自由なんて、探し方がわからない。飛んでいる鳥は自由なの?
空に溺れていない?


シーカー子爵は、アイリスの境遇を知っていたのかわからない。同情だけではないようだった。
「植物の接ぎ木みたいなもんだから、気楽においで」

と、本人以外には分かりにくい例えをしてくれた。

努力しなければ、ぽっかりと空いた穴から昔の自分が出てきて、引きずり込まれそうになる。
「あんたはいいわね」

そういう呪いのような言葉を誰かに言われそうな気がして、怖い。

蓋をしても暗い箱は心の中にずっとあって、足枷のよう。

認めてくれる人が増える度に、失望されるのが怖い。

ガット伯爵令息に
「騙したな!」と怒鳴られたのも、ある意味では正しいから。
記憶から消したかったのにまた王宮で出会ってしまった。

そして、ボルク様が助けてくれた。

でも、近づかないようにしなければ。学園とは違う。 


孤児院で焼いていたクッキーを作った。夜中に大量に作った。気がついたらとんでもない量だった。

明日のお昼ごはんにしよう。

ついでにラッピングもした。
お世話になっている王宮のメイドさん達が、昼食を食べ損ねたと話していた。せめて何か簡単に食べられるものがあればいいのに。

もし迷惑でなければ受け取ってくれるかもしれない。


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