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宰相の長男

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父は策士でなかなか真意を掴ませない。単に気まぐれのように見えても後から全ての糸が繋がっていると気づくことがある。

それにしても。
恨みますよ、父上。
王宮での夜会で、エスコート相手のいない令嬢がいる。聞けば優秀で王宮に勤める予定だという。それなら配属によっては部下か同僚になるかもしれない。
変な男を紹介して、その後妙な噂になるより私の方が令嬢を守れるという父の判断もあったのかもしれない。
私に長年の想い人がいるのは父も知っているから。

人助けのつもりで引き受けたが。
後日、本人からの礼状を見せられて後悔した。

アイリス・シーカー子爵令嬢。

何で弟の想い人を私がエスコートする羽目に!

しかも弟に黙って。
私からは言えないし、もともと言うつもりも無かったけれど家にろくに帰れないくらいの仕事を押し付けられると思ってなかった。
しかも、弟も成績優秀者としてその夜会に参加するという。

エスコート弟で良くない?

父上、恨みます。

ものっすごく、弟に睨まれている。
私は悪くないのに。

「あああ
兄上がどうしてアイリスと!」

「父上に頼まれたからだ。他意はない」

「ドレスの色が!どうして兄上の色をアイリスが着てるんですか」

彼女は青色に銀色の刺繍のドレスを着ている。裾が濃い藍青で、上に向かって空色のグラデーション。落ち着いたデザインと色は知的な彼女によく似合っていた。
確かに私は銀髪と青色の瞳。

「ああ、そういえばそうだな」

「そういえばって、わざわざ狙わないとそんなことになるわけないでしょう!」

「悪いと思ったから、せめてお前の色にしたつもりだったんだ」

「横に兄さんがいたら兄さんの色だって思いますよ!ちっとも嬉しくない。僕が彼女に贈るならもっと」

「似合ってるじゃないか」
「似合ってるから悔しいんです」

このやり取りは、二人で廊下端で小声でしている。
アイリス嬢はエレノア嬢と話し始めた。
「おや、兄弟で一人の女性を巡って争うなんてオペラのようだねえ」

のんびりした声が聞こえた。
王太子の登場だ。
コレット嬢の兄の騎士団長もうしろに控えている。

礼を取るが、やんわりと制される。
「どうぞ、堅苦しくしないでくれ。私の将来を助けてくれるであろう優秀な人材に自由に交流して欲しいんだ。ごく私的な夜会なので家門に拘らず招待したのだ」

ホールのあちこちにソファーやテーブルが置かれ、飾られている花もこじんまりとして家庭的だ。

舞踏会の華やかさより、女性の社交の場である茶会の夜版というところか。
楽隊もいるが、人数は少なく小さな音で奏でている。

王太子はエレノアを呼び、中央のソファーに座った。

「アイリス・シーカー嬢ですね?コレットがお世話になっております。兄のテオ・バウアーと申します」

凛々しい所作と低音美声。

「まあ、コレット様のお兄様ですか?私こそコレット様にはいつも助けていただいています。」

身長差があるせいでアイリスがかなり見上げている。

「馬がお好きと聞いたのですが、ぜひ領地にも遊びにいらっしゃってください。」

ボルクがそれを聞いて、震えた。

「コレット嬢が兄上をけしかけたのかしら。」
「効きすぎてないか?」

エレノアがアイリスには見えないよう扇で隠して眉を寄せた。
『は、や、く、行きなさい』

「アイリス、少し話したいんだが良いだろうか」

手を差し出すと、受けてくれた。

ボルクは咳払いをして、窓に近い椅子へ移動した。
「ドレス、似合っている。君はそのドレスはどう思う」

「とても素敵で、私にはもったいないと思っています。」

「父が兄を手配したそうだな。私がエスコートしたかった」

「ありがとうございます」

「次の夜会には、私がドレスを贈るから」

アイリスは少し哀しそうに笑った。
「私は夜会にはきっと来ませんわ。働くことで精一杯になると思います」

「では、食事でも何でもいい。君と会いたい。私は王宮で働く。どこへでも迎えにいく」

「やはり王宮なのですね。私も」

「え?」

「私も王宮図書館で働きますので、文官の方もよくいらっしゃるそうなのでまたよろしくお願いいたします」

「え、アイリスは採用試験を受けてないって」

「図書館の採用は別枠だそうで、試験はなく学園の推薦と論文でした」

ボルクは破顔した。

(父上、ありがとう、ひどい、何で教えてくれなかったんだ、いやでも何でもいいや、)

「あれ、あいつはあんなに感情が出るんだな」

面倒くさい弟だけど可愛いと久しぶりに思った。

アイリス嬢も驕り高ぶらない好感の持てる令嬢だった。
父の言葉が思い出される。

『次男が自由恋愛で平民と結婚、悪くない。お前がどんな縁を結んでも、うちは狙われるし妬まれる。高貴な縁なら余計にな。物事にはバランスがある』

私の王女への片恋を知っている父には敵いそうにない。
弟の成就を応援するしかないではないか。
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