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バルコニーに姿を現すだけで歓声が起こる。
感激のあまり泣いている人もいる。

ありがたいことだけれど、手を振りながらリリアンヌは居たたまれない気持ちになった。
聖女が月に一度だけバルコニーで手を振る。それだけのことのために夜明け前から並んだり仕事を休んだり空腹に耐えたりしているらしい。聖女を見たからといって癒しを得られるわけではない。

聖女見習いの時は城下で治療をしていたけれど、今は違う。
騎士団を王命で治療したり貴族相手がほとんどだ。

こんなのやめたいのに

ついそう思ってしまう。
救えなかった人のことを考えてしまう。
先輩の聖女は
出来ることだけやればいいのよ、と言っていた。貴族と結婚できるなんて聖女になって良かったという人もいた。

リリアンヌは不器用なのだと思う。
聖女として努力しているが社交ができるわけではないので、教会の寄進を増やすこともできない。

息抜きに孤児院に行けば、もっと教会に貢献しろと言われる。怪我をした子供を治そうとしたら聖力の無駄遣いだと咎められた。

しかも、後輩の聖女ビビアナは華やかで社交好き。貴族の男性と出掛けている。誘いが多いので、聖女の説法という詭弁で教会は寄進を求めている。
 観劇や食事、泊まりでの接待が寄進額によって行われる。

どこが聖女だというのか。

ビビアナは表裏のない性格で、見習い時代から軽率だけど悪い子ではなかった。
それなのに贅沢に浸って変わってしまった。

リリアンヌは教会のお荷物のように扱われ、ある貴族の後妻になることが決まった。
売られたのだ。

ある日、孤児院の裏の森で傷ついて弱った狐を見つけた。手負いの獣は子供に噛みついたりしたら危ないので、子供を孤児院に帰した。

改めてきつねを見ると、所々銀色だし瞳が赤い。

魔獣だった。

ひどく怯えているので離れたところから治癒魔法をかける。

こちらに害意のないことが伝わったのか、魔獣は威嚇をやめて寝そべってくれた。威嚇をするだけでも体力を消耗していただろうに、よくここまで耐えたと思う。

手を触れて治癒魔法を使うと手応えがあった。傷が塞がっていく。
「良かった、これで帰れるかしら」

狐はくるんと回った。
肩に上ってきた。 
魔獣を治すなんて、ますます聖女失格と言われてしまうのだろうな。
「聖女なんて、やめたいわ」

狐が、赤い目で見つめてきた。
「あなたに言っても仕方ないわね」

「そんなことはないぞ」

辺りを見回したけれど、声は狐からしている
「言葉がわかるのですか?」

「わかる。そなたのお陰で命拾いした。感謝する。」

「いえ、治るかどうかもわからなかったので、もし傷が深ければお役に立てたかどうか。私は聖女として力がないので」

「そんなことはない。」

「ありがとうございます」

人々から恐れられる魔獣と話しているのが不思議な気分だった。それでも、この魔獣は知性があり話し方も教会の金儲けしか考えない人たちより余程、清らかで品が良かった。

「田舎で身の丈に合った暮らしをして、こじんまりとした家で愛し合う人と家庭を持ちたかった。」

「それが望みか」

「そう。聖女は結婚したら力をなくすそうよ。平凡な暮らしをしたい」
「なぜ結婚するとなくなるのだ」

「わからないけれど、純潔でなくなれば消えると聞いたわ」

狐は首をかしげた。

「そうか。」

「本当のところは知らないわ」

ビビアナは男性と遊んでいるし、それでも聖女として、優秀だと称えられているのだから。
「またね。もうこちらに来ては危ないですよ。魔獣さん」

「お礼に望みを叶えてやろうと思ったが、

リリアンヌの望みは良い男に抱かれて聖女を辞めることなのだな」

孤児院に走って戻るリリアンヌの背中に、呟かれた声は届かなかった

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