上 下
34 / 40

34. 約束

しおりを挟む
サティは逃げ惑う人々を見ていた。

「父上、私は剣を向けたくはないのです」

「まさかお前がここまで思い詰めているとはな」

護衛はいるものの、近い距離で対面している。
「あいつはどうするつもりだ」

「あなたの心配することではない」

「なんでもスペアが必要だ」

その言葉でサティは剣を抜いた

「王子!」
護衛が止める。王の護衛ではない。サティのほうの。

「ずっと、私は兄上のスペアだった!
あなたにとってもそうだった」

「王になりたいのならやればいい」

「は、」

「やってみろと言っている。ただ、王にもスペアが必要だ。民心が離れるような失策があれば先の王に押し付ければ良かろう。」

それは、命乞いのようには見えなかった。

「誰でも良いと思っていた。隠居させてくれるのなら誰でも良い」

「そんなものなのですか、父上にとって王位とは、そんな、誰に任せてもいいような」

そんなもののために

「ああ。お前たちなら誰にでも任せられる。欲を言えば儂と違う政策を出せる王が良かった。民が困らぬならそれは善政だ。」

「そんな、父上は兄上でなくとも良かったのですか」

静かに頷いた。
「そんなもののために、私は、兄上を……」

王宮の端から火の手が上がった。
塔の下にも。


努力をしても叶わない人がいた。
周囲の期待をひらりとかわして、手を伸ばせば届くところに全てがあるのに逃げている。
私の欲しいものに何の関心もなく。
歩み寄ろうとしている人を拒絶する。

せめて、大切にしているのなら諦められたかもしれない。

私が欲しかったのは王位ではなく大義名分だ。

「簒奪者になる覚悟でしたが、禅譲していただけますか、父上」

「血など流れぬほうが良いに決まっておるではないか。
そなた、頭がいいのに時々遠回りをする。」


どんな顔をしているのかわからなかった。泣きたいような、笑うしかないような。
ただ一つ確実なのは、


もう戻れないということだ。
約束をしてしまった。
彼女が私の手をとるしかないように。

「殿下、塔は落ちました。
フレディは居ませんでした。魔力の痕跡も消したようです」

部下の報告を、ぼんやりとしたまま聞いた


    
しおりを挟む

処理中です...