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平和のために戦う少女
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なんだか俺結構恥ずかしいことを言ってしまったかもしれない。
一年近く猫かんの匂いを嗅いでパターンは理解しているため、きちんと健康状態をわかっているという意味ではなしたのだがなんだかすべてをわかっているかのような話口調になってしまった。魔法は精神にかなり影響されるから詳しい感情はわからないが揺れていることはわかる。でも、タイミングとか見ていれば分かる。
きもいとか言われるかと思っていたが意外と受けて入れてくれたようだ。
「ネコ、立てるか」
胸元のボタンを閉じていく姿に目をそらしながら聞く。
次回からはもっと治療がしやすい位置にできてくれると非常に助かるのだが。もしもこれから定期的に治療が出来ればこんな中心に魔力栓ができることはなかなかないだろう。
魔力の匂いは安定している。
「はい」
力強く立ち上がる。
猫耳を立てて、しっぽを立てる。白の国の幹部として真っ白な衣装と大きなリボンを頭に身につけながら口を一文字にする。後頭部にハチマキのようにつけている大きなリボンは幹部の証である。幹部はわかりやすい大きさの自国の色を身につけることが決まっている。
彼女のように可愛らしい少女だからいいものの、幹部になったらこのリボンを付けなければならないのは恐ろしいな。
「少しだけナルさんとお話してくださいませんか」
「え、ナル・・・?」
珍しい名前だ。名前からもじっているあだ名だろうか。
長い髪の間からするりと小さなインカムを取り外して、俺の耳の中にわざわざ差し込んでくれる。もちろん俺は鼻をつまんでいないと頭が痛くなりそうだ。匂いは人の五感の中で一番慣れやすいはずなのに、全然慣れない。
「司令官の、ナルさんです。少し話がしたいそうです」
魔力の匂いではなく、直感で分かった。
ナルと呼ばれている人が彼女の大事な人だ。
「は、初めまして」
司令官は基本的に戦わない。戦わないでインカムで主要人物に指示をすることで、戦況を把握していく重要人物。そのため顔バレがしないように声だけしか分からないようにしている謎多き人物。こんな風に個人が話すことなんてなかなかないだろう。
緊張してしまうのは仕方ないだろう。俺は重要人物でもないためインカムをつけられていないため初めてその声を聞く。
猫かんが心配そうにのぞき込んでくる。
『初めまして。司令官のナルや。君は佐倉奏多くんやんな』
「は、はい。そうです」
『この会話は他の人には聞こえないようにしとるから安心し』
「あ、は、はあ」
まさかの男。
あそこまで大事な人だと伝えていたやつが男だなんて。しかも声だけでなんとなくだが俺よりも年上だろうが結構若い。
『幹部になってくれへんか』
「えっ!?」
『恥ずかしい話、猫かんが弱体化しているのはかなり困る。オレたちは猫かん単体の力に頼ってきたんや』
「だからネコの力を引き出すために治療できる俺を引き込むことにしたんですか」
俺の名前を知っているから前から俺の話は聞いていただろうし猫かんがどれだけの間苦しんでいたのか知っているだろうに、こうして使い物にならないと判断してから俺を幹部として引き入れようとしているのだろう。
こんなのが猫かんにとって大事な人なのか。
『言いたいことはわかっている。オレたちが放っておいたせいでこうなったって説教がしたいんやろ。その話はまた今度アジトに来てから聞かせてくれよ』
「でも総長からは俺は嫌われているんだろ」
『やっと許可が取れたんや』
意外と何かしっかりとした考えがあるうえで猫かんを一人にさせていたのだろうか。それで俺を受け入れられるように必死に総長に許可をとってきたのだろう。そういえばもともと俺の治療を受けることにこの人は肯定的であり治療を受けないように言っていたのは総長だと猫かんも以前に言っていた。この状況を望んでいなかったのかもしれないな。
きつい口調で言ってしまったから悪いことをした。
謝ろうと口を開くと、かぶせるように向こうが話す。
『そろそろ、猫かんを行かせんと』
はっとしたが、振り返ると戦況はお世辞にもいいとは言えない状態だ。
最前線からかなり遠い場所だったはずだがどんどん後退しており、ここから見えるくらいになっている。ここには最前線で戦っている人たちの中でも回復すれば戦力になる人が下がりきらずに途中で回復魔法を施してもらうための場所。
まだかなり不利とは言えないが決して優位ではない。
俺は猫かんにインカムを返した。
「ぶちかまして来いよ」
「誰に言っているんですか」
そういって、猫かんは颯爽と走り去っていく。
彼女が歩くだけで、道が開けていく。
やっときたという目線というよりも、ようやく来たのかという厳しい目線。国民のために頑張っているのに頑張ることが当たり前で常に基準が高い。
俺が学校で見てきた可愛らしい後輩ではない。
凛々しく歩いている姿は何倍にも大きく見える。
本音は構ってもらいたくて仕方がない寂しがりやで誰よりも平和を望んでいるとてもやさしい少女なんて思えないな。
最前列まで颯爽と歩いていく彼女を無意識に追いかけてしまう。
出来ることなんてないのに。
自国も、他国も、動きを止める。
彼女が手のひらをかざす。
「皆さん、ふがいない姿をお見せしてすみません。もう安心してください」
魔力が、手のひらに集まっていく。
光の粒子が集まっていくのを感じる。これは匂いからの想像だが、なんとなくのイメージをすることが出来る。
「もうあなたたちは戦わなくていいんです」
一面を、氷で覆っていく。
視界すべてが真っ白に染まっていき黄の国の人たちが、氷漬けになっていく。動けないようにするだけは魔法がどの条件で発現するかもわからないため、全身を氷で覆っているのだろう。
いや、それにしても・・・
「私が全員倒してあげます」
そこにいる白の国民は、口を開けるしかなかった。
本調子ではなかった猫かんしか俺たちは知らない。あの調子ならかなり前から魔力栓はあっただろうし今ほどではないとはいえ、影響はあっただろう。
圧倒的な強さ。
技術なんて関係ない。努力とかそういう次元の話ではない。
「つよ、すぎる」
単純な、才能。
天才なんて言葉ではもったいないくらい、化け物的な強さ。
数秒で、あたり一帯を氷で埋め尽くした猫かんは
白い息を吐きながら
いつもの可愛らしい笑顔を浮かべた。
「寒くなっちゃいましたね」
俺は、この時。この少女を恐ろしいと感じた。
この後の流れは速いものだった。
猫かんがただ一人だけ先頭に立って、他の戦闘専門の兵たちがそれについていく。敵が来た瞬間に全身を凍らす。
後ろからついていく人たちは野次馬ばかりで、俺のように治療係の人たちがいるのもみえる。
サボってここにいるのだろう。
雑談をしながらついていったり写真を撮ってネットにあげているものもいる。あんなに小さな少女が一人で戦っていることに対して驚きと、自分が戦わなくてもいいのだという自分勝手な思いが先行してしまっている。
だが俺にはそれを責めることが出来ない。自分もサボっているという面もあるが、俺にしか分からない部分が分かってしまうから。
彼女の本気は、まだまだ出ていない。
彼女の魔力をすべて使ってしまったとしたら、どんなことが起きてしまうのだろうかと震えあがってしまいそうになる。
「あなたが黄色の国の総長ですね」
そう、冷たい声で告げる声が聞こえる。
勝負は一瞬だった。
歓声が沸き起こるわけでもない。
ただ、ああ、こんなものか、という気持ちが残っただけだった。
「皆さん、帰ってください」
その指示を受けて、皆は帰路につく。
流れに逆らうように俺は立っているままだった。正しくは立ち去ることもできないくらいぼうっとしてしまっていた。
少女が振り返る。
「あなたも帰ったほうがいいですよ」
「この戦いが、お前が望んだものなのか」
そう聞くと、迷いもなく即答だった。
「はい」
どう考えても、割に合わなすぎる。
彼女は自分の望みをすべて捨ててまで他の人が戦わなくてもいいように最前線で戦っているというのに他の人の態度はひどいものだった。
他の人に戦ってもらってでも負担を少なくしてもいいはずだ。
「戦うというのは、人を傷つける行為なんです。これからの光景を見たら、手を出した人は心を痛めることになるでしょう」
「これからの光景って?」
「国の象徴の色が変わっていく瞬間です」
「・・・っ!」
白の国であれば白髪と少しだけ色のかかった白い瞳をしている。目の前にいる黄色の国民は黄色の髪と瞳である。
色は国民にとって大事なもの。
家や服、小物などなんでも、法律で決まっているわけでもないのに白色で統一する。他の国だっておそらくそうだろう。白色に近くないものは批判され、さげすまれるのだ。
しかし、総長が敗北した瞬間変色する。
質の悪いことに色の価値観が変わるのは変色してから時間がかかる。
今まで大事にしてきた誇りが失われる瞬間。
「私は見届けなくちゃいけないんです」
俺は、隣に座る。
「よいしょ」
「・・・だめですよ」
「だめじゃないだろ。いかないでほしいからこうして話してくれたんだろ」
そういうと、猫かんも微笑んで座った。
白いタイルの上で。
背負うと決めたのだからこの少女は一緒に背負ってもらうことを求めていることに応えなければならないがこの子が抱えているものが大きすぎることに少し不安がある。
それでも、あんな風に可愛らしい笑顔を浮かべる猫かんの一人で戦う姿を見てひとりにすることはできない。
「私は優しい人間でもありません」
「いいや。優しい人間であることは間違いがないが、ヤンデレだろお前」
なんだかこうして微笑んでだめとか言っている割には、俺の足元を氷漬けにしていることをこの子は気付いていないのだろうか。
俺だってちょっと帰っちゃおうかなとか思っていたのに物理的に帰れないようにしている。
「やんでれ?」
きょとんとしている。
「相手のことを気に入ったらどんな手を使ってでも手放さないようにするやつ」
「なるほど。じゃあやんでれかもしれません」
世界最強のヤンデレとか一瞬で殺されるんじゃないだろうか。
氷が解け始める。
猫かんは、唇を引き締める。
多くの人々が目を覚ます。
黄色が、白に染まっていく。グラデーションなんてものはなく、徐々に徐々に、色がはっきりと変化していく。
ここは地獄なのだろうか。
「俺の、色が変わっていく」
「やだ、やだ、やだぁぁあぁぁあああっ!!!」
「なんで、なんで」
「お前のせいだ、お前の、おい、総長!」
悲鳴。
悲鳴。
悲鳴。
そして、怒声。
猫かんはそれが分かっていたのか、今にも総長に殴りかかりそうな国民の足だけは依然として凍らせたままで置いている。
逃げ出すこともできずに、その苦しみだけを味わっている。
恐ろしい光景だ。
でもこうしなければさらに発狂したり殴りかかったりする人が出てきそうなくらい、人々は混乱していたのだ。
顔を毟る人、号泣する人、怒る人、呆然としている人、絶望している人。
誇りを、失っているのだ。
こんな光景を彼女は俺にもみさせようとしていたのか。
少しだけ文句を言いたくなり、彼女のほうを見る。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
彼女は、大粒の涙を流していた。
ああ、そうか。
彼女は平和を守るために戦ってきた。他の人が楽な気持ちになれるように戦いから遠ざけて戦ってきたが、その選択は・・・他国の人を犠牲にする考え方だ。
戦わないようにするためには、戦争をやめるという方法を模索することもできる。
それでも、彼女は戦う。
きっと、彼女は戦う事しかできないから。
優しい人間ではないという話は、謙遜しているわけでもなく他人を犠牲にして自分が生まれ持った才能を最大限に発揮して自分が守りたいものだけを守る。
「猫かんさえいなければ」
「いやだ、なんで、どうしてこんな目に遭わなければならないんだ」
怒号や悲鳴から彼女を隠すように、強く、強く、抱きしめた。
彼女は強い人だ。
魔力としても精神力としても。
俺はただ寂しがりやな性格だと思っていたが、彼女が弱いわけではなかった。
背負っているものに比べて、与えられるものがあまりにも少ないのだ。
俺が、全てを与えてあげたいと、そう思った。
一年近く猫かんの匂いを嗅いでパターンは理解しているため、きちんと健康状態をわかっているという意味ではなしたのだがなんだかすべてをわかっているかのような話口調になってしまった。魔法は精神にかなり影響されるから詳しい感情はわからないが揺れていることはわかる。でも、タイミングとか見ていれば分かる。
きもいとか言われるかと思っていたが意外と受けて入れてくれたようだ。
「ネコ、立てるか」
胸元のボタンを閉じていく姿に目をそらしながら聞く。
次回からはもっと治療がしやすい位置にできてくれると非常に助かるのだが。もしもこれから定期的に治療が出来ればこんな中心に魔力栓ができることはなかなかないだろう。
魔力の匂いは安定している。
「はい」
力強く立ち上がる。
猫耳を立てて、しっぽを立てる。白の国の幹部として真っ白な衣装と大きなリボンを頭に身につけながら口を一文字にする。後頭部にハチマキのようにつけている大きなリボンは幹部の証である。幹部はわかりやすい大きさの自国の色を身につけることが決まっている。
彼女のように可愛らしい少女だからいいものの、幹部になったらこのリボンを付けなければならないのは恐ろしいな。
「少しだけナルさんとお話してくださいませんか」
「え、ナル・・・?」
珍しい名前だ。名前からもじっているあだ名だろうか。
長い髪の間からするりと小さなインカムを取り外して、俺の耳の中にわざわざ差し込んでくれる。もちろん俺は鼻をつまんでいないと頭が痛くなりそうだ。匂いは人の五感の中で一番慣れやすいはずなのに、全然慣れない。
「司令官の、ナルさんです。少し話がしたいそうです」
魔力の匂いではなく、直感で分かった。
ナルと呼ばれている人が彼女の大事な人だ。
「は、初めまして」
司令官は基本的に戦わない。戦わないでインカムで主要人物に指示をすることで、戦況を把握していく重要人物。そのため顔バレがしないように声だけしか分からないようにしている謎多き人物。こんな風に個人が話すことなんてなかなかないだろう。
緊張してしまうのは仕方ないだろう。俺は重要人物でもないためインカムをつけられていないため初めてその声を聞く。
猫かんが心配そうにのぞき込んでくる。
『初めまして。司令官のナルや。君は佐倉奏多くんやんな』
「は、はい。そうです」
『この会話は他の人には聞こえないようにしとるから安心し』
「あ、は、はあ」
まさかの男。
あそこまで大事な人だと伝えていたやつが男だなんて。しかも声だけでなんとなくだが俺よりも年上だろうが結構若い。
『幹部になってくれへんか』
「えっ!?」
『恥ずかしい話、猫かんが弱体化しているのはかなり困る。オレたちは猫かん単体の力に頼ってきたんや』
「だからネコの力を引き出すために治療できる俺を引き込むことにしたんですか」
俺の名前を知っているから前から俺の話は聞いていただろうし猫かんがどれだけの間苦しんでいたのか知っているだろうに、こうして使い物にならないと判断してから俺を幹部として引き入れようとしているのだろう。
こんなのが猫かんにとって大事な人なのか。
『言いたいことはわかっている。オレたちが放っておいたせいでこうなったって説教がしたいんやろ。その話はまた今度アジトに来てから聞かせてくれよ』
「でも総長からは俺は嫌われているんだろ」
『やっと許可が取れたんや』
意外と何かしっかりとした考えがあるうえで猫かんを一人にさせていたのだろうか。それで俺を受け入れられるように必死に総長に許可をとってきたのだろう。そういえばもともと俺の治療を受けることにこの人は肯定的であり治療を受けないように言っていたのは総長だと猫かんも以前に言っていた。この状況を望んでいなかったのかもしれないな。
きつい口調で言ってしまったから悪いことをした。
謝ろうと口を開くと、かぶせるように向こうが話す。
『そろそろ、猫かんを行かせんと』
はっとしたが、振り返ると戦況はお世辞にもいいとは言えない状態だ。
最前線からかなり遠い場所だったはずだがどんどん後退しており、ここから見えるくらいになっている。ここには最前線で戦っている人たちの中でも回復すれば戦力になる人が下がりきらずに途中で回復魔法を施してもらうための場所。
まだかなり不利とは言えないが決して優位ではない。
俺は猫かんにインカムを返した。
「ぶちかまして来いよ」
「誰に言っているんですか」
そういって、猫かんは颯爽と走り去っていく。
彼女が歩くだけで、道が開けていく。
やっときたという目線というよりも、ようやく来たのかという厳しい目線。国民のために頑張っているのに頑張ることが当たり前で常に基準が高い。
俺が学校で見てきた可愛らしい後輩ではない。
凛々しく歩いている姿は何倍にも大きく見える。
本音は構ってもらいたくて仕方がない寂しがりやで誰よりも平和を望んでいるとてもやさしい少女なんて思えないな。
最前列まで颯爽と歩いていく彼女を無意識に追いかけてしまう。
出来ることなんてないのに。
自国も、他国も、動きを止める。
彼女が手のひらをかざす。
「皆さん、ふがいない姿をお見せしてすみません。もう安心してください」
魔力が、手のひらに集まっていく。
光の粒子が集まっていくのを感じる。これは匂いからの想像だが、なんとなくのイメージをすることが出来る。
「もうあなたたちは戦わなくていいんです」
一面を、氷で覆っていく。
視界すべてが真っ白に染まっていき黄の国の人たちが、氷漬けになっていく。動けないようにするだけは魔法がどの条件で発現するかもわからないため、全身を氷で覆っているのだろう。
いや、それにしても・・・
「私が全員倒してあげます」
そこにいる白の国民は、口を開けるしかなかった。
本調子ではなかった猫かんしか俺たちは知らない。あの調子ならかなり前から魔力栓はあっただろうし今ほどではないとはいえ、影響はあっただろう。
圧倒的な強さ。
技術なんて関係ない。努力とかそういう次元の話ではない。
「つよ、すぎる」
単純な、才能。
天才なんて言葉ではもったいないくらい、化け物的な強さ。
数秒で、あたり一帯を氷で埋め尽くした猫かんは
白い息を吐きながら
いつもの可愛らしい笑顔を浮かべた。
「寒くなっちゃいましたね」
俺は、この時。この少女を恐ろしいと感じた。
この後の流れは速いものだった。
猫かんがただ一人だけ先頭に立って、他の戦闘専門の兵たちがそれについていく。敵が来た瞬間に全身を凍らす。
後ろからついていく人たちは野次馬ばかりで、俺のように治療係の人たちがいるのもみえる。
サボってここにいるのだろう。
雑談をしながらついていったり写真を撮ってネットにあげているものもいる。あんなに小さな少女が一人で戦っていることに対して驚きと、自分が戦わなくてもいいのだという自分勝手な思いが先行してしまっている。
だが俺にはそれを責めることが出来ない。自分もサボっているという面もあるが、俺にしか分からない部分が分かってしまうから。
彼女の本気は、まだまだ出ていない。
彼女の魔力をすべて使ってしまったとしたら、どんなことが起きてしまうのだろうかと震えあがってしまいそうになる。
「あなたが黄色の国の総長ですね」
そう、冷たい声で告げる声が聞こえる。
勝負は一瞬だった。
歓声が沸き起こるわけでもない。
ただ、ああ、こんなものか、という気持ちが残っただけだった。
「皆さん、帰ってください」
その指示を受けて、皆は帰路につく。
流れに逆らうように俺は立っているままだった。正しくは立ち去ることもできないくらいぼうっとしてしまっていた。
少女が振り返る。
「あなたも帰ったほうがいいですよ」
「この戦いが、お前が望んだものなのか」
そう聞くと、迷いもなく即答だった。
「はい」
どう考えても、割に合わなすぎる。
彼女は自分の望みをすべて捨ててまで他の人が戦わなくてもいいように最前線で戦っているというのに他の人の態度はひどいものだった。
他の人に戦ってもらってでも負担を少なくしてもいいはずだ。
「戦うというのは、人を傷つける行為なんです。これからの光景を見たら、手を出した人は心を痛めることになるでしょう」
「これからの光景って?」
「国の象徴の色が変わっていく瞬間です」
「・・・っ!」
白の国であれば白髪と少しだけ色のかかった白い瞳をしている。目の前にいる黄色の国民は黄色の髪と瞳である。
色は国民にとって大事なもの。
家や服、小物などなんでも、法律で決まっているわけでもないのに白色で統一する。他の国だっておそらくそうだろう。白色に近くないものは批判され、さげすまれるのだ。
しかし、総長が敗北した瞬間変色する。
質の悪いことに色の価値観が変わるのは変色してから時間がかかる。
今まで大事にしてきた誇りが失われる瞬間。
「私は見届けなくちゃいけないんです」
俺は、隣に座る。
「よいしょ」
「・・・だめですよ」
「だめじゃないだろ。いかないでほしいからこうして話してくれたんだろ」
そういうと、猫かんも微笑んで座った。
白いタイルの上で。
背負うと決めたのだからこの少女は一緒に背負ってもらうことを求めていることに応えなければならないがこの子が抱えているものが大きすぎることに少し不安がある。
それでも、あんな風に可愛らしい笑顔を浮かべる猫かんの一人で戦う姿を見てひとりにすることはできない。
「私は優しい人間でもありません」
「いいや。優しい人間であることは間違いがないが、ヤンデレだろお前」
なんだかこうして微笑んでだめとか言っている割には、俺の足元を氷漬けにしていることをこの子は気付いていないのだろうか。
俺だってちょっと帰っちゃおうかなとか思っていたのに物理的に帰れないようにしている。
「やんでれ?」
きょとんとしている。
「相手のことを気に入ったらどんな手を使ってでも手放さないようにするやつ」
「なるほど。じゃあやんでれかもしれません」
世界最強のヤンデレとか一瞬で殺されるんじゃないだろうか。
氷が解け始める。
猫かんは、唇を引き締める。
多くの人々が目を覚ます。
黄色が、白に染まっていく。グラデーションなんてものはなく、徐々に徐々に、色がはっきりと変化していく。
ここは地獄なのだろうか。
「俺の、色が変わっていく」
「やだ、やだ、やだぁぁあぁぁあああっ!!!」
「なんで、なんで」
「お前のせいだ、お前の、おい、総長!」
悲鳴。
悲鳴。
悲鳴。
そして、怒声。
猫かんはそれが分かっていたのか、今にも総長に殴りかかりそうな国民の足だけは依然として凍らせたままで置いている。
逃げ出すこともできずに、その苦しみだけを味わっている。
恐ろしい光景だ。
でもこうしなければさらに発狂したり殴りかかったりする人が出てきそうなくらい、人々は混乱していたのだ。
顔を毟る人、号泣する人、怒る人、呆然としている人、絶望している人。
誇りを、失っているのだ。
こんな光景を彼女は俺にもみさせようとしていたのか。
少しだけ文句を言いたくなり、彼女のほうを見る。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
彼女は、大粒の涙を流していた。
ああ、そうか。
彼女は平和を守るために戦ってきた。他の人が楽な気持ちになれるように戦いから遠ざけて戦ってきたが、その選択は・・・他国の人を犠牲にする考え方だ。
戦わないようにするためには、戦争をやめるという方法を模索することもできる。
それでも、彼女は戦う。
きっと、彼女は戦う事しかできないから。
優しい人間ではないという話は、謙遜しているわけでもなく他人を犠牲にして自分が生まれ持った才能を最大限に発揮して自分が守りたいものだけを守る。
「猫かんさえいなければ」
「いやだ、なんで、どうしてこんな目に遭わなければならないんだ」
怒号や悲鳴から彼女を隠すように、強く、強く、抱きしめた。
彼女は強い人だ。
魔力としても精神力としても。
俺はただ寂しがりやな性格だと思っていたが、彼女が弱いわけではなかった。
背負っているものに比べて、与えられるものがあまりにも少ないのだ。
俺が、全てを与えてあげたいと、そう思った。
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