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「まずは、結婚の話を持ち出して、それから、彼の気持ちを確認して、結婚を申し込む!
これで、完璧よね?」

わたしは結婚の申し込みをすべく、計画を練っていた。
そして、機会を伺っていた。

「こんな時位は、ロマンチックにしたいし…
久しぶりにデートに出掛けて…というのもいいわよね?」

わたしが色々と計画をしている内に、小屋は建ち、地下室への入り口も出来上がった。

小屋は煉瓦造りの平屋で、窓が二つ付いていて、こじんまりとしている。
玄関と裏口があり、玄関は入り易い様に、開けておくつもりだ。
因みに裏口はわたし専用だ。
小屋の中には、カウンターと椅子、壁には薬棚もある。
それから、客が落ち着いて待てる様に、ベンチがコの字型に置かれ、
談笑出来、冬場にはストーブを置く事も出来る。

完成に当たり、ラッドも作業の手を置き、見に来てくれた。
そして、目を輝かせて、あちこち歩き周っていた。

「いいですね!お店みたいですね!町の人たちも喜ぶでしょう!」

「そうでしょう!これで、作業部屋にも近くなったし、地下室にも直通で行けるわ!
それに、時間が掛かっても、座って待って居られるから、楽だと思うわ」

「素敵です!あなたは素晴らしい女性ですよ、ルビー!」

ラッドがわたしの両手を取り、ギュっと握る。
そして、丸眼鏡の奥の薄い青色の目をキラキラとさせた。

最高の瞬間かもしれない___!

衝動に流され、口を開こうとした時だ。

「ヒューヒュー、熱いね~」
「馬鹿、邪魔すんじゃねーべ」
「いやぁ、見てるとこっちが恥ずかしくなっちまってよー」

小屋の作業をしてくれた人たちがいる事を思い出した。
それと同時に、ショーンとサマンサがビールを運んで来た。

「皆さん、お疲れ様です、完成のお祝いにどうぞ___」

男たちは群がって行った。
ラッドも高ぶりが収まったのか、わたしの手を離した。
つまらなく思っていたが、ラッドはわたしを見つめたまま、静かに言った。

「僕も、あなたに見せたいものがあります、来て貰えますか?」

ドキリとした。
こんなの、期待しないのは無理だ___
わたしは頬を赤らめつつ、「はい」と頷いた。
ラッドはにこりと微笑むと、わたしの手を掴み、歩き出した。

そして、向かったのは、ラッドの作業部屋で、わたしはすっかり現実に引き戻された。

ああ、わたしは何を期待していたんだろう??
この人は、ラッド・ウエイン男爵よ?仕事の事しか頭に無いんだから…

「わたしに何を見せたいんですか?」

ガッカリしつつも、わたしは礼儀正しく聞いた。
ラッドは姿勢を正し、キリっとした表情で告げた。

「僕の、これまでの研究に成果です___」

わたしは息を飲んだ。

それは、つまり、わたしの《赤毛》の研究という事よね?
わたしの赤毛が役に立つか、立たないか…
それが、分かったという事だ___

急に緊張感に襲われた。
結果次第では、わたしはラッドに捨てられるかもしれないのだ___

結婚処じゃないじゃない!

いや、これを見越して、先に結婚しておくという手もあったのだ。
わたしがしなかっただけで…
ああ!わたしって、何て馬鹿なの!!
わたしは、ラッドと結婚出来るチャンスを、自分で潰して来たのだ!
今から思えば、愚かでしかない___

青い顔でグルグルと考えているわたしに気付かないのか、ラッドは淡々と話し始めた。

「あなたの《赤毛》の成分を検査しましたが、
他の髪…つまり、僕の髪や、黒髪、白髪等との違いは、ほとんどありませんでした。
以前に採取していた赤毛とも、然程違いはありません」

これって、最後通告?
わたしは絶望に固まっていた。

「それならば、この素晴らしい艶と輝きは、《何》によるものなのか?」

え?

「どれだけ検査をしても、それを掴む事は出来ませんでした。
ですが、これは当然とも言えるんです」

んん??
ラッドがまたおかしな事を言っているわ…
わたしは眉を顰めたが、ラッドに説明する気は無い様で、机から透明な小瓶を二つ手にした。

「まずは、こちらを見て下さい」

小瓶の中には、半分程液体が入っていて、一つは暗緑色、もう一つは暗赤色をしている。

「暗緑色の方は、従来の強壮剤です。
そして、暗赤色の方は、薬を煮詰める段階で、あなたの《赤毛》を1センチ入れました」

「1センチ!?たったそれだけで、色が変わるの?」

つい、驚いて声を上げてしまった。
だが、ラッドは落ち着き払ったまま、説明した。

「はい、それに、色が変わるだけでなく、成分、効果も変わっています。
平たく言えば、効き目が強く、他の効果も引き出していて、別物と言って良いでしょう___」

「髪を入れただけで、そんなに変わるの?」

ラッドは頷き、側にある古い本を手に取った。

「古文書です、ここに書かれてありますが…
《赤毛》こそ、神の最も愛するものであり、《赤毛》には少なからず《力》が宿り、
《赤毛》が見事であれば宿る力も大きい。
それは薬草と親和性が高く、命を助けるものとなる___
古来の薬には、《赤毛》が必要とされていたんです」

何処にでも《赤毛伝説》はあるのね…
柵から逃げ出せたと思ったのに、こんな所でそんな話を聞くなんて、思わなかったわ。

「つまり、わたしの《赤毛》は、役に立つの?」

「勿論ですよ!役に立つ以上です!
これまで、どんな赤毛を使っても、効果が出た事はありませんでした。
それなのに、あなたの赤毛は、目で見て分かる程です!
特別な赤毛…そう、あなたの赤毛は、古文書にある、《神に愛されし赤毛》ですよ!」

安堵が、じわじわと広がっていく。

「良かった…これで、追い出されない?」

役立たずであれば、追い出されると思っていた。
だが、ラッドは目を丸くした。

「追い出すなんて!そんな事、考えた事はありませんよ!」

「だけど、役に立たなかったら、わたしなんて邪魔なだけだし…
あなたは新しい赤毛を探しに行って、迎えるんでしょう?」

「そんな事はしませんよ!
例え、あなたの赤毛に力がなくても、僕はあなたに、傍に居て欲しいです!
あなたがどうしてそんな風に言うのか、僕には分かりません。
あなたはもっと、自分の価値を知るべきですよ」

じっと見つめられる。
ラッドの言葉がじわじわと胸に沁み込んでくる。
わたしは見つめ返した…

ああ!これなら、きっと、大丈夫…!

期待に胸が膨らんだ。
だが、この場面に来て、コンコン!扉が大きく叩かれた。

「旦那様!王都より、使者が来られました、お急ぎ下さい!」

珍しく焦った様なショーンの声に、わたしたちはすっかり現実に引き戻された。

「すみません、この話は改めてさせて下さい」
「ええ…」

王都からの、使者?
何故、王都からこんな田舎に使者が来るのだろう?
変に思ったが、ラッド本人は驚いていなかった気がする。
ラッドは直ぐに作業部屋を出て行き、わたしも一瞬遅れて、後を追った。


ラッドは着替えもせずに、使者の待つパーラーに駆けつけた。
勿論、わたしはただの《婚約者》なので、一緒に入る事は出来ない。
ショーンが見張りの様に、扉の前に立っている。
わたしは話の内容が気になり、扉の近くで耳を済ませたり、ぐるぐると歩き周っていた。

「まぁ、貴族のご令嬢だというのに、お行儀の悪い事…」

サマンサがここぞとばかりに嫌味を漏らしたが、わたしは気にならなかった。
ラッドやショーンの様子から、只事ではないと察したからだ。
ややあって、扉が開き、立派な制服姿の男とラッドが出て来た。
二人共に難しい顔をしている。

「それでは、お早く、お待ちしております」
「お気を付けて」

男が去って行き、わたしはラッドに詰め寄った。

「どうしたの!?何があったの!?何処へ行くの!?隠さずに教えて!」

「まぁ、その様な事を、自分から旦那様に聞くだなんて…」

サマンサの嫌味は無視だ!
ラッドの表情から見て、深刻な事に違いない___
ラッドは視線を迷わせたが、意を決したのか、小さく息を吐き、静かに話した。

「王都で流行り病が広まり、先日遂に封鎖されたそうです。
医師たちが手を尽くしていますが、治療や薬の効果はなく、ただ死を待つばかりだとか…」

ここは王都から離れた地なので、そんな噂も聞く事は無かった。
突然の事に、わたしは言葉を失った。

「王都では、医師や薬師を求めています、僕も行こうと思います」

「でも、どうしてあなたに、そんな話が?」

こんな片田舎の薬師に、わざわざ王都から使者が来るとは思えない。
片っ端から声を掛けているのだろうか?それとも、騙されていない?と疑ったが、違う様だ。

「僕は王立の薬学校に、国の援助を受けて通わせて頂いたので、
有事の際には駆け付ける事が義務付けられているんです」

「ええ!?」

国から援助を受け、教育を受ける制度がある事は、わたしも知っている。
それが、王都の有名学校、地方でも数校に限られている事もだ。
ウエイン男爵家は裕福ではないし、援助を受けていても不思議は無いが、驚くべきは、そのラッドの経歴だ。
王都の有名薬学校に学んだラッドは、かなり《優秀》と言える___

わたしなんて、王立貴族学院に入学も出来なかったのに…
思わず茫然とするわたしに、ラッドは勘違いした様だ。

「ああ、誤解しないで下さい!義務でなくても僕は行きますよ。
僕は薬師ですからね、苦しんでいる人がいて、助けを求めているなら、見過ごす事は出来ません。
それに、王都の流行り病をなんとかしなくては、何れ、ここにも広まるでしょう…」

ラッドの決意を聞き、わたしは考えるよりも早くに言っていた。

「わたしも行くわ!」

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