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町の大通りに入り、サムが適当な場所で馬車を停めた。

「まずは、昼食にしましょうか、ラッド、食べたい物はある?」
「いえ、僕は何でも構いませんよ」

予想通りの返事が返ってきたので、わたしはサムに聞いた。

「サム、お勧めのお店はある?」

サムが何軒か店を教えてくれたので、行ってみる事にした。
サムには長時間待っていて貰うので、「あなたも何か食べてね」と駄賃を渡しておいた。

「行きましょう!」と歩き出し、幾らも経たない内に、わたしはそれに気付いた。
視線だ___
それとなく目を向けると、周囲の人たちは時を止めたかの様に足を止め、わたしたちを凝視していた。

そんなに目立つかしら?
今日の装いは、然程煌びやかでは無いのだけど…

わたしは気付かない振りをして通り過ぎようとしたが、周囲の一人が駆け寄って来た。

「ラッド様!?もしや、ラッド・ウエイン男爵ではありませんか!?」

その勢いに窮する事無く、ラッドは「はい、ラッドです」と答えた。
その瞬間、周囲はどよめいた。

「ラッド様とこの様な所でお会い出来るとは!」
「本物のラッド様なの!?」

あっという間に、周囲の人たちに取り囲まれた。
ラッドはあちこちから、握手を求められている。
わたしは取り敢えず、押し退けられない様に、ラッドの腕にしがみ付いた。

「ラッド様がどうして、この様な所に?」

その質問に、普通の者ならば、どう答えるだろう?
どんな答えであっても、ラッドとは違うと思いたい…

「はい、デートをしに来ました」

周囲は再びどよめいた。

「ラッド様が、デートを!?」
「もしや、この方が、あの婚約者様ですか!?」
「伯爵家のご令嬢…」

注目を浴び、対応に困ったわたしは、姉の姿を思い浮かべ、微笑んでおいた。

「確かに、貴族様だ!」
「ああ、ツンケンしている!」
「噂通りだ…」

噂??
どんな噂よ???
問い詰めてやりたかったが、場所が場所なので止めておいた。

「昼食に良いのは何処でしょうか?」

ラッドはどこ吹く風で、マイペースに聞いている。
周囲の人たちは、「あそこだ」「そっちだ」「あの店に」と口々に言い出した。
全く、聞き取れ無かった為、一際声が大きく、押しの強い店員に引っ張って行かれたのだった。

昼時ともあり、店のテーブルはほとんど埋まっていたが、
「ラッド様、ご婚約者様、ご来店~!」と店員が言うと、不思議にも、窓際の特等席が空けられた。
向かい合って席に座ったものの…
窓の向こうからも、店内からも視線が集まり、落ち着かない。
こうなったら、さっさと食事を終えて店を出なきゃ!!
わたしは薄いメニュー表を開いた。
中には、《昼食》とだけ書かれていて、わたしはそれをそっと閉じたのだった。

「《昼食》、二つ、お願いね」

「お飲み物は何にしますか?」

「わたしは紅茶、ラッドは?」

わたしが言うと、何故だか周囲がどよめいた。

『呼び捨てだ!』
『当たり前よ、婚約者だもの!』
『だが、あのラッド様だぞ?』
『でも、彼女は伯爵令嬢なんでしょう?』
『だとしたら、あの小娘は、ラッド様より上って事か?』
『そういう事でしょう?』

「僕も紅茶にします」

ラッドがにこやかに答えると、店員の女性はポッと顔を赤くし、慌てて去って行った。

意外だけど…
もしかして、ラッドって、モテるのかしら??

「皆、あなたを知っているみたい」

わたしは周囲に聞こえない様に、声を抑えて言った。

「薬を買いに来られた事があるのでしょう」

ラッドは注目をされても、全く気にしていない様だった。

その鈍感さが羨ましいわ…

わたしなんて、気にしなくてもいいのに、気にしてしまうわ。
嫌われたくない、人から良く思われたい…
だから背伸びをするのだけど、いつも裏目に出てしまう。

そんな事を考えていると、料理が運ばれて来た。
バケット、ハム、揚げた芋、サラダ、チーズ…ボリュームがあり豪華だ。
周囲のテーブルを見て、特別メニューだと気付いた。

「男爵様は愛されているのね…」

わたしはその恩恵に甘んじる事にした。


最初は落ち着かなかったが、料理を食べ終える頃には周囲も慣れてきた様だ。
店を出ても囲まれる事は無く、数人が遠巻きにしているだけだった。
わたしは大きく息を吐いた。

「あなたと出掛けるのが、こんなに大変だとは思わなかったわ…」
「大変ですか?」

意外そうに返され、少し憎たらしくなった。

「いいわ、行きましょう!」
「何処に行くんですか?」
「場所はサムから聞いているの、ああ、ここよ」

わたしが指差したのは、眼鏡屋だ。

「目が悪いんですか?」
「目が悪いのはあなたよ、さぁ、行きましょう!」

わたしはラッドの背を押して店に入った。

「彼の目に合う眼鏡が欲しいの、出来れば恰好良い物にして」

わたしの注文を、店主は聞いているのか聞いていないのか、
目を見開いてラッドを見ていた。

「もしや、ラッド様でしょうか?」

またなの?
いい加減、わたしは飽きていたが、ラッドはにこやかに返していた。

「はい、ラッドです」

「ああ!ウチの店に来て頂けるなんて!ラッド様、握手をして頂けますか?」

「はい」とラッドが手を差し出すと、店主は両手でしっかりと握った。
そして、感激した様にラッドを見つめている。
この町には《ラッド信者》が多過ぎるわ!

「眼鏡をお探しなんですね、度を測ってみましょう…」

心配していたが、仕事モードの時はまともだった様だ。
店主はラッドの視力を測り、フレームを見せてくれた。

「横長の物にするわ、恰好良いもの!
それから、丸眼鏡、こっちは普段使いにしたいから、度は少し抑えてね」

「はい、それではこちらで…」

出来上がり次第、男爵家に届けて貰う事にし、わたしは料金を払った。
流石のラッドも驚いた様だ。

「僕の眼鏡ですので、支払いは僕が…」

「わたしから、婚約者への贈り物よ」

ラッドから何かを貰った訳ではないが、館でお世話になっているし、この位は普通だろう。

「ありがとうございます、この様な贈り物を頂いたのは初めてです。
僕はあなたから貰ってばかりで…本当に良いのでしょうか?」

ラッドが感激している様なので、
『不格好な分厚い眼鏡に耐えられない』というのは黙っておく事にした。
それに、ラッドの『貰ってばかり』の主は、わたしの抜け毛だ。
ラッドにとっては価値がある様だが、その他大勢にとっては、まぁ…塵よね?

「勿論よ!婚約者に贈り物をするのが、わたしの夢だったの!
喜んで貰えたなら、うれしいわ!さぁ、この後は観光でもしましょう___」

わたしたちは行き交う人たちに声を掛けられながら、通りを見て歩き、
手芸屋で毛糸を買い、館に戻った。


「一緒に食事も出来たし、通りも見て歩けたし、ラッドが相手なら上々よね?」

本当は、甘い言葉やキスが欲しい所だが、相手はあのラッド・ウエイン男爵だ。
自分から強請るのも恥ずかしいので、そこは追々という事にして、
わたしは初めてのデートに満足し、その夜は眠ったのだった。


◇◇


翌日は、買った毛糸で編み物を始めるつもりでいたが、
昼前になり、ラッドがバタバタと音を立てて部屋にやって来た。

「ルビー!出掛けましょう!デートしましょう!」

次のデートの約束はしていなかったのだが、ラッドの中では決まっていた様だ。
毎日デートをすれば、5回なんてあっという間だものね…

「いいけど、何処に行く?ラッドはどんなデートがしたいの?」

わたしが聞くと、ラッドの勢いが急に無くなった。
腕を組み、何やら思案し始めた。

「考えた事がありませんでした、デートの定義というのは何でしょうか?
ああ、分かりません、今気付きましたが、僕はそういった分野は勉強した事がありませんでした。
まずは、デートの専門書を取り寄せた方が良いですね…」

意外にも、良い案に思えた。
デート初心者のわたしと、デートに無関心のラッドだ、この先進展があるとは思えない。
指南書さえあれば、ロマンチックも期待出来るわよね?

「分かったわ、それなら、今日も通りに行きましょう。
本屋があった筈よ、指南書通りにしてみるのも楽しいかもしれないわね!」

昨日は通りで町の人たちから囲まれたり、話し掛けられたり、見物されたりと、大変だったので、
当分は通りに行くのは避けたかったが、背に腹は代えられない。
とびきりの指南書を見つけなくちゃ!

「それじゃ、着替えて、テラスで昼食をしてから出掛けましょう!」

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