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しおりを挟むその日の晩餐はやたら豪華だった。
スープには野菜の形があり、メインの肉料理は大きく、付け合わせの野菜も大きい。
パンは小麦の良い香りのするバケットで、チーズも大きい…
「今日は、何か特別な日ですか?」
思わず聞いてしまった程だ。
ラッドは首を傾げ、それから思い出したかの様に、「あぁっ」と声を上げた。
「そういえば、ショーンが言っていましたが、
町の人たちが、僕たちの婚約のお祝いに、食料を沢山持って来てくれたそうです」
ああ、成程…
わたしは調律師の事を思い出し、納得したのだった。
「良い人たちね」
「ええ、本当に、助かっています。
僕は研究に私財を注ぎ込んでしまうので、
町の人たちの助けが無ければ、とっくに破産していたでしょう、ははは」
一応、分かっているのね…
笑っているから、何処まで深刻に考えているかは謎だけど。
「でも、あなたは貧しい人たちからは、薬代を貰わないんでしょう?」
「はい、生きていれば、何とでもなりますからね、まずは生かす事です」
珍しくまともな事を言っているわ…
こうしていると、教師にだって見えるのに…
「それって、凄い事だと思うわ。
やろうとしても、中々出来ないものよ…」
人は欲深いものだもの。
自分が不利益を被ってまで人を助けるなんて、普通は無いだろう。
余程、余裕があれば別だが、ラッドは実際、裕福ではない。
かなりのお人好しか、奉仕精神が強いのか…
そんな事を考えていると、ラッドが徐に、「良かった!」と息を吐いた。
「どうしたの?何が良かったの?」
「あなたがどう思うか、気になっていたので…
これまで僕は、他の人の思考を気にした事はありませんでしたが、
あなたがどう思うかは、凄く気になります。
あなたの理想から離れてしまったらどうしようかと、不安になりました…」
理想とは違うけど…
「わたしはあなたを尊敬するわ。
但し、それなりの生活水準は守るべきだと思うわ。
だって、あなたが不健康で早死にしたら、結局は誰も救えなくなるでしょう?
それに、お金はあっても困る事はないわ!」
「成程、あなたの言う通りかもしれません…」
ラッドはそう言ったきり、何やらブツブツと呟き始めた。
自分の世界に入り込んでしまったらしいラッドを眺めつつ、わたしは食事を進めた。
◇◇
それから一週間近く、毎日の様に町の人たちから、《婚約のお祝い》が贈られてきた。
食糧等を手に、館に押し掛けて来るのを、ショーンが迎えて受け取っていたのだが、
どうやら皆の目的は、《ラッドの婚約者》を拝見する事らしく、
「皆さんがお会いしたい様です」とショーンに伝えられた。
贈り物を頂いたのだから、礼を言うのは当然の事で、わたしは正装をし、玄関に向かった。
わたしを見た瞬間、「わっ!」と場が沸いたので、わたしも良い気分になった。
「皆様、この度はわたくしたちの為に、素敵な贈り物をご持参下さり、ありがとうございます。
ウエイン男爵も大変喜んでおります___」
姉の如く、ツンと澄まし、威厳を持ち、礼を言った。
皆は「ぼー」として、わたしに見惚れている。
「なんか、煌びやかだな…」
「流石、貴族のご令嬢だ…」
「伯爵家のご令嬢なんだろう?」
「やっぱ、あたしらとは違うねー」
「後光が見えるよ…」
尤も、それで舞い上がったりはしない。
町の人たちにとって、貴族令嬢が珍しいだけで、
相手が貴族であれば、こうはいかないという事は、これまでの経験で承知している。
わたしは調子に乗り、皆が思う《伯爵令嬢》を想像し、演じたのだった。
「ラッド様は素晴らしいお方です」
「ルビー様、ラッド様をよろしくお願いします」
「ラッド様を支えて差し上げて下さい___」
皆がそんな事を言い、帰って行った。
ラッドが町の人たちに慕われているというのは、本当の様だ。
そのラッドはというと、あれから晩餐に遅れて来る事は無くなった。
鳥頭もきちんと撫で付け、ギリギリで駆けつけて来る事も無くなった。
わたしよりも早く来ていて、食堂の扉の前で待っている事すらあった。
それに対し、わたしは感謝の意を込めて、毎朝、毎晩、せっせと抜け毛を集め、髪に包み、日付を書いて渡した。
そして一日の動向を記録し、食事も事細かに記した。
ラッドはそれを事の他喜んでくれた。
「ありがとうございます!詳細に書いて頂けて、助かっています!
あなたの言う通り、あなたにお任せして正解でしたね、ショーンではこうはいきません!
勿論、ショーンは優秀ですが、目は二つしかありませんからね___」
三つ以上、目があったとしても、監視されるのはお断りだ。
だが、賛辞はうれしかったので、わたしは増々励んだのだった。
◇◇
わたしは散歩をしたり、ピアノを弾いたり、本を読んだりして過ごしていたが、
いつ頃からか、退屈を感じ始めた。
カーティス伯爵家でも同じ様な生活をしていたが、退屈を感じた事は無かった。
だが、思い返してみれば、《カーティス伯爵家の令嬢》らしく、いようとしていたからかもしれない。
わたしの手本は、ずっと、母と姉だった。
わたしは家族に認められたかったし、姉に張り合う気持ちもあって、それを突き詰めていた。
家族が嘲笑する様な真似はしようとは思わなかった。
それが当たり前だったのだ。
だが、こうして、柵から逃れると、馬鹿馬鹿しく思えてきた。
「嫌味な両親や意地悪な兄姉はいない、告げ口する使用人たちもいない」
「わたしは自由なのよ?」
「わたしは今、自由を満喫していると言える?」
「わたしは、もっと、ここの暮らしを楽しみたいわ!」
そんな欲が出て来た。
晩餐の折、わたしはラッドを誘ってみた。
「ラッド、明日町に行かない?町を案内して貰いたいし、それに買いたい物もあるの!」
わたしはここへ来る事になり、カーティス伯爵家から、幾らか硬貨を持たされていた。
大金ではないが、それなりの額だ。
伯爵家として、娘が格下の男爵に金の無心をする様な事があっては、面目が潰れるからだろう。
「それなら、サムに頼みましょう、買い付けにはサムが行っていますので…」
ラッドの返事に、わたしは手にしていたフォークとナイフを置いた。
「わたしは、婚約者のあなたと行きたいんです!」
「ですが、僕はあまり町には詳しくありませんし…」
「それなら、二人で冒険出来るわ!」
「はぁ、そうですか…」
ラッドが乗り気では無さそうなので、わたしは切り札を出した。
「ラッド・ウエイン男爵、これは、《デート》よ!
婚約した者たちに必要な事で、これを避けていては、結婚なんて出来ないわよ?」
「そ、そうでしたか!僕は全く、なっていませんね、面目ありません…」
ラッドが頭を掻くと、撫で付けていた髪がぴょんぴょん跳ねた。
強情な鳥頭ね!
ラッドには喜んでデートをして貰わなくては…
わたしは頭を巡らせ、閃いた。
「ラッド、《デート》五回で、わたしの髪を梳かさせてあげる、というのはどう?
勿論、櫛に付いた髪はあなたに贈呈するわ」
瞬間、ラッドの薄い青色の目が大きくなり、輝いた。
「それは、素晴らしい提案です!デートを五回で、あなたの髪を梳かせるなんて…
ああ!夢の様ですよ!!こんな幸せがあっても良いのでしょうか!?
あまりの幸せに涙が…」
ラッドが潤んだ目を指で拭った。
そ、そこまで?少し引くわ…
わたしは後悔し始めたが、ラッドは止まらなかった。
「待って下さいよ、少し、落ち着かせて下さいね…
つまり、毎日デートをすれば、五日で髪を梳かせるという事ですからね…!!
ええ、ええ、明日、必ず、デートをしましょう!!」
「楽しみにしているわ…」
わたしは作った笑みを返し、食事に戻った。
◇◇
わたしたちは、昼食は町で食べる事にして、昼前に館を出る事にした。
わたしは動き易さを考え、淡いピンク色のスッキリとした型のワンピースにした。
そして、白い鍔の広い帽子を被る。
ラッドはショーンが装いを考えてくれていて、白シャツに青色の細いネクタイ、紺色のジャケット。
髪は勿論、きちんと撫で付けられている。
流石ショーンさんね、完璧だわ!
わたしはショーンに内心で拍手喝采を送った。
「旦那様、ルビー様、お気を付けて行ってらっしゃいませ」
ショーンが気持ち良く送り出してくれる側で、サマンサは何か物言いたげだった。
わたしたちが出掛けるのを良く思っていないのかしら?
チラリとそんな風に思ったが、考えない事にした。
考えても仕方が無いし、わたしは自分がやりたい事をしたいもの!
これまでは叶わなかったけど、ここでなら、叶うもの!
「行ってきます!」
わたしたちは玄関を出て、館に一つだけある馬車…
カーティス伯爵家からここまで乗って来た、馴染みの馬車に乗り込んだ。
御者席にはサムがいる。
馬車はゆっくりと門を抜けて行った。
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