上 下
11 / 27

11

しおりを挟む

「それじゃ、デザートは一緒に食べましょう」

ラッドは顔を輝かせ、「はい!」と返事をした。
犬ならば尻尾をパタパタ振っているだろう。

「それから、今日何をしたか、聞いて下さい」

「それなら、後で報告を貰う事にしていますので」

ん???

「報告?」

わたしは目を眇めたが、ラッドは得意気に答えた。

「あなたが一日何をしていたかは、毎日記録をして残してあります。
それだけではありませんよ、就寝時間や、何を食べたか等々、記録しています。
生活習慣により、髪の質が変わりますから、必要な事で___」

「待って!それじゃ、わたしが感じていた視線は…」

「ええ、使用人たちがあなたの動向を見てくれています。
それを一日の終わりにショーンが纏めて記録し、僕に渡してくれるという事です」

ラッドは『褒めて』と言わんばかりに、にこにこと笑っているが…
とても褒める気にはなれないわ!
わたしはギロリと睨み付けた。

「それは即刻止めて下さい!」

「ですが、これは大事な事ですので…」

「わたしが自分で自己申告します!それでいいでしょう?」

「はい、そうして頂けるなら助かりますが…
ですが、それではあなたの負担になるのではないかと…」

「監視されて生活するより、余程マシよ!」

動向を逐一見られて記録されるなんて、息苦しいし、気味が悪いじゃない!
だが、ラッドは「そうですか?」とキョトンとしている。

「あなたはずっと見られていても平気なの?」

「ええ、見られている事も忘れると思います」

確かに…
研究室でも、わたしが話し掛けても上の空だった。
この人に、正常な人間の心情を理解しろというのは間違っていたみたいね…

「わたしは気になるわ、どう思われているか考えちゃうもの…
変な事をして笑われるんじゃないか、嫌われるんじゃないかって、不安になるもの…」

「まさか!あなたを笑ったり、嫌う人なんていませんよ!」

ラッドがキッパリと言う。
彼は心底意外そうな顔をしていて、それが本心からの言葉だと分かり、
わたしの胸にあった強張りが、解けていく気がした。

「ありがとう…」

「何がですか?」

噛み合わないのには苦笑するが、それでも、今までよりも全然、悪い気はしなかった。

「兎に角、自分の事は自分で管理したいんです、
一日の行動と食事の内容を書いておけばいいのね?」

「はい、ですが、大変ではありませんか?もし、大変でしたら、ショーンかサマンサに…」

「止めて!わたしの手に掛かれば、簡単です!」

急いで止め、胸をポンと叩くと、ラッドは目と口をポカンと開けた。

「ああ、ルビー、あなたは凄い女性だ!
僕はあなた程優秀な女性を見た事がありませんよ!」

「それは誤解よ、わたし以上に優秀な女性は五万といるもの」

「いいえ!あなたは今朝、抜け毛を紙に纏め、日付まで書いて下さいましたよね?
それは、あなたが心優しく、気遣いの出来る方だからですよ。
それに、いつも僕の知らない事を教えて下さいます。
僕はあなたの様な素晴らしい女性に会った事はありませんよ、ルビー」

うっとりとしているけど…
そんなにハードルを上げないで欲しいわ。
わたしは《平凡》だもの、化けの皮が剝がれたら、失望するに決まってるわ…

そうしている間に、デザートが出された。
ラッドは先程とは違い、ゆっくりとデザートを食べ、満足そうに紅茶を飲んでいた。

いつも幸せそうな人だ。
人の言葉の裏なんて考えないのね…
人にどう思われるかも気にしていない。
彼には自分が見て感じた事が全てなのだ。

ラッドには枷が何も無い___

羨ましいな…

変人だけど。


◇◇


わたしは手帳を貰い、午前と午後に分けて、自分の動向を振り返り、記録する事にした。
それから、食事の事は、食堂に用紙を置いておき、食後に実際食べた物や量をメモする事にした。
ラッドは使用人たちにそれを伝えてくれた様で、あの晩餐以降、視線を感じる事は無くなった。

「すみません、旦那様に頼まれていたもので…
嫌な思いをしましたでしょう?申し訳ありませんでした…」

サマンサからは改めて謝罪された。
彼女はわたしに気付かれていた事を知っていたので、悪いと思っていた様だ。

「いえ、ラッドから聞きましたので、わたしも変な風に思ってしまって…」

これもそれも、全部、ラッド・ウエイン男爵の所為だ!

これでサマンサとの確執も無くなった___と、思いたかったが、
やはり、彼女には微妙な距離を感じた。
微笑んでいるのに、何か別の事を思っている様な…
きっと、思い過ごしよね?被害妄想かしら?





部屋の掃除が終わり、それらしく片付いたので、わたしは漸くピアノに向かう事が出来た。
古いピアノだが、造りは悪くない。
重厚で気品もある。
当時は相当な値が付いた筈だ。

わたしはスツールに座り、鍵盤に手を置いた。

「~♪」

「~♪♪~♪♪」

軽やかに指を走らせる。
やはり、少し音が狂っている様だ。
曲の世界に浸る前に、躓き、現実に引き戻される感じだ。

「調律で何とかなるのかしら?」

カーティス伯爵家のピアノは、管理も手入れも行き届いていて、いつも完璧だった。
わたしの立ち入る事では無かったので、誰に頼み、どう手入れをしていたのかも知らない。

「役に立たないわね…」

カーティス伯爵家を出て知った。
わたしには知らない事が多すぎる、それに、本当に役立たずだと。

「ショーンさんに相談してみようかしら?」

知っているとしたら、ショーンかサマンサだろう。
だが、わたしはウエイン男爵家が恐らく裕福ではない事を思い出した。

「ピアノの修理なんて、しないわよね?」

結婚すれば持参金も入るが、今のわたしの所持金はささやかなものだ。

「まぁ、弾けない程ではないもの!」

わたしは思いのままに鍵盤を掻き鳴らした。


その翌日、奇跡が起こった。

「ルビー様、町の調律師がピアノを見たいと言われています___」

ショーンが調律師を連れて入って来たので、端から諦めていたわたしは大いに驚いた。

「ウエイン男爵家からピアノが聴こえるなんて、これまで無かった事ですからね、
通りかかった人が聞いて、幽霊の仕業じゃないかと騒ぎになっていたんですよ。
何でも、『まともじゃない』とか…」

幽霊!?
わたしが!?
それに、まともじゃないのは、《ピアノ》であって、《わたしの腕》ではないわ!!

「それで、来てみたんですが、驚きましたよ、まさか、ラッド様が婚約されていたとはね!」

驚く所はそこなの??

「それも、こんな可愛らしいお嬢さんと…」

あら、良い人じゃない!

「婚約のお祝いに、ピアノを見ましょう___」

どうやら、婚約祝いに調律を請け負ってくれた様だ。
いいのかしら?
ショーンを見ると、にこやかに頷いていたので、良い事にした。


「~♪♪、いかがですか?」

調律師があれこれと手を入れてくれ、ピアノの音が蘇った。

「最高よ!ありがとうございます!お代は本当に良いのですか?」

「ええ、勿論ですよ、ラッド様にはお世話になっていますから、お返し出来てうれしい位ですよ。
それじゃ、私はこれで、皆に知らせないと…」

調律師はそそくさと帰って行った。

「何を知らせるのかしら?」

わたしの問いに答えたのは、ショーンだった。

「旦那様が婚約した事を、だと思われます。
旦那様は町の皆さんから慕われていますので…」

直ぐに知れ渡るかしら?
だが、わたしには、それよりも大事な事がある___

「幽霊の汚名返上をしなきゃ!」

わたしはスツールに座り、鍵盤に手を置くと、流れる様に難曲を弾いたのだった。
綺麗な音に、わたし自身、存分に浸ったのだった。


この日は、晩餐の為に部屋に引き上げるまで、ピアノを弾いていた。
多少の疲労感はあるものの、気分は爽快で、満たされていた。
ドレスに着替え、食堂に向かっていると、バタバタとラッドが走って来た。

分厚い眼鏡はしていない、鳥の巣頭は何とか撫で付けてある。
上下タキシードで、中のシャツも綺麗だ。
かなり改善されていて、正直、驚かされた。

変人だけど、教えれば出来るのね…
ショーンさんの尽力があってこそ、だとも思うけど。

「ま、間に合ったでしょうか!?」

膝と背中を曲げて、息を整えるのは通常だ。

「ええ、見違えましたわ、ラッド・ウエイン男爵。
それでは、参りましょうか___」

わたしは女王の如くゆったりと微笑み、手を差し出した。
ラッドは目を丸くし、背を伸ばすと、わたしの手を取った。
ぎこちないながらも、食堂へと連れて行ってくれた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

謎多き侯爵令嬢は恋した騎士団長に執着する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

お嬢様は没落中ですが、根性で這い上がる気満々です。

萌菜加あん
恋愛
大陸の覇者、レイランドの国旗には三本の剣が記されている。 そのうちの一本は建国の祖、アモーゼ・レイランドもので、 そしてもう二本は彼と幾多の戦場をともにした 二人の盟友ハウル・アルドレッドとミュレン・クラウディアのものであると伝えられている。 王家レイランド、その参謀を務めるクラウディア家、そして商業の大家、アルドレッド家。 この伝承により、人々は尊敬の念をこめて三つの家のことを御三家と呼ぶ。 時は流れ今は王歴350年。 ご先祖様の想いもなんのその。 王立アモーゼ学園に君臨する三巨頭、 王太子ジークフリート・レイランドと宰相家の次期当主アルバート・クラウディア、 そして商業の大家アルドレッド家の一人娘シャルロット・アルドレッドはそれぞれに独特の緊張感を孕みながら、 学園生活を送っている。 アルバートはシャルロットが好きで、シャルロットはアルバートのことが好きなのだが、 10年前の些細な行き違いから、お互いに意地を張ってしまう。 そんなとき密かにシャルロットに思いを寄せているジークフリートから、自身のお妃問題の相談を持ち掛けられるシャルロットとアルバート。 驚くシャルロットに、アルバートが自分にも婚約者がいることを告げる。 シャルロットはショックを受けるが、毅然とした態度で16歳の誕生日を迎え、その日に行われる株主総会で自身がアルドレッド商会の後継者なのだと皆に知らしめようとする。 しかし株主総会に現れたのはアルバートで、そこで自身の婚約者が実はシャルロットであることを告げる。 実は10年前にアルドレッド商会は不渡りを出し、倒産のピンチに立たされたのだが、御三家の一つであるアルバートの実家であるクラウディア家が、アルドレッド商会の株を大量購入し、倒産を免れたという経緯がある。その見返りとして、アルドレッド家は一人娘のシャルロットをアルバートの婚約者に差出すという取り決めをしていたのだ。 本人の承諾も得ず、そんなことを勝手に決めるなと、シャルロットは烈火のごとく怒り狂うが、父オーリスは「だったら自分で運命を切り開きなさい」とアルドレッド商会の経営権をアルバートに譲って、新たな商いの旅に出てしまう。 シャルロットは雰囲気で泣き落とし、アルバートに婚約破棄を願い出るが、「だったら婚約の違約金は身体で払ってもらおうか」とシャルロットの額に差し押さえの赤札を貼る。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

処理中です...