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「わたしはあなたとの約束を守ったわ、
だけど、あなたはわたしとの約束を守る気がないのね?」

「い、いえ、勿論、守るつもりでしたが…つい、時間を忘れてしまって…
申し訳ありません…」

ラッドは荒い息のまま、何とか謝罪を述べる。
気の毒にならない訳では無かったが、「躾けて欲しい」と言ったのは、ラッドの方だ。
わたしは開き直り、腰に手をやり、胸を張った。

「それでは、こうしましょう、あなたが忘れずにわたしと晩餐をして下さった時には、
翌朝の抜け毛はあなたに差し上げます。
ですが、もし、あなたが晩餐に現れなかった時には、翌朝の抜け毛は燃やします」

「そんな!!」

ラッドが真っ青になり、悲鳴を上げた。

「燃やすなんて!どうか、そんな無慈悲な事はなさらないで下さい…
ああ、どうか、どうかお情けを…!」

ラッドは錯乱しているのか、わたしの足に取り縋り、おいおいと泣き始めた。
こうなると、流石のわたしも悪い気がしてきた。

「そこまで言うなら、その熱意に免じて、猶予を与える事にしましょう。
晩餐が出来なかった翌日、昼食を一緒にするか、
お茶を一緒にするかで挽回して下されば、抜け毛はお渡しします」

「本当ですか!?ああ!ありがとうございます!任せて下さい!僕は絶対に、挽回してみせますよ!」

それって、晩餐を忘れる前提じゃない??
何とも微妙な気がしたが、わたしは頷いておいた。

「そう、頑張ってね」

「それで、その…今夜は駄目ですか?」

わたしはラッドをジロリと見た。
着替えて来てと言ったのに、そのままの姿だ。
だけど、急いで来てくれた事は分かる…

「初日だし、今日はギリギリ合格にするわ、さぁ、一緒に食べましょう!」

わたしが席に促すと、ラッドの顔にも笑みが戻った。
ラッドはわたしの手をギュっと握り、分厚い眼鏡の奥から、熱い視線を送った。

「ありがとうございます!あなたはなんてお優しい方だ!」

そうかしら??
多分、誰もそんな風には思わないわよ?

それに、今は良いが、もし、わたしの赤毛が《役立たず》であれば、ラッドも手の平を返すだろう…

皆がそうした様に…

もしかしたら、わたしは下手に出て、ラッドに尽くしておくべきだろうか?
《役立たず》でも、結婚して貰える様に…
愛して貰える様に…

「無理だわ」

わたしはキッパリと頭を振った。

「ラッドは元から、赤毛にしか興味がないんだもの」

愛なんて、微塵もない___


◇◇


翌朝、わたしは身支度を終え、ベッドに戻り、抜け毛を集めた。
櫛に付いた抜け毛も丁寧に回収する。
それを用紙に包み、メモをして部屋を出た。

「ラッドは寝ているかしら?」
「はい、朝方ベッドに入られました」
「ラッドが起きたら、これを渡して下さい」

わたしはショーンに包みを預けた。
ショーンは包みに目を落とした。

「これは、ルビー様がお書きになられたのですか?」

わたしは今朝の日付をメモしておいた。
ショーンが驚いている様なので、わたしは付け加えた。

「ええ、いつの物か分かり易いと思って、ほら、毎日だから…」

後から貰っていないと騒がれても困るし。

「大変に素晴らしいお気遣いかと…旦那様はお喜びになりますよ」

「そう?良かったわ」

思い掛けず感心され、わたしは気恥ずかしく肩を竦めた。


わたしは朝食を終え、直ぐに昨日の掃除の続きに取り掛かった。
カーテンや家具を覆っていた布を剥がし、洗濯場へ持って行った所、丁度サマンサが洗濯を始めた所だった。
サマンサは「私がやりましょう」と言ってくれたが、「教えて頂けたら自分でやります」と断った。

大きな桶に水を入れ、カーテンを入れる。
そして、洗濯棒で掻き混ぜ、水を換え、灰汁を入れて掻き混ぜる…
カーテンの洗濯位、簡単だと思っていたが、中々の重労働だった。

「ひー、ひー」と言いながら、洗濯棒で掻き回していると、ふと、視線を感じた。
パッと振り返ると、サマンサがさっと顔を背けた。

もしかして、昨日、わたしを見ていたのも、サマンサだったのかしら?
もしかして、わたし、もう、嫌われてるの!??

流石にショックだった。
サマンサは良い人そうだし、親切にしてくれている。
カーティス伯爵家の使用人たちの様にはならないと思っていたのに…

わたしに何か不満でもあるのかしら?
でも、不満と言えば不満よね?
主人が突然婚約者を連れて来て、長期滞在するのだから…

「ルビー様、大丈夫ですか?お手伝いしましょうか?」

サマンサも何かを感じた様で、手伝いを申し出て来た。
わたしは洗濯棒を掻き混ぜながら、「大丈夫ですー」と引き攣った笑みを返した。


カーテンと布を洗い終わり、干した時には、昼になっていた。
昼食を食べた後は、部屋の床を掃き、ブラシで磨いた。
ここまでくると、何とか部屋らしく見えて来た。

この日はこれで終え、部屋に戻り、布を濡らして体を拭き、晩餐の為の着替えをした。

「今夜は大丈夫かしら?」

赤毛を餌にしたのだから、大いに期待出来る。

「また、待ちぼうけなんてさせたら、許さないんだから!」

わたしは姿見で出来栄えを念入りに確認し、宣言すると部屋を出た。

ドキドキ、わくわくとしながら食堂の扉を開く。
だが、その姿は無く、期待していた分、ガクリと肩が落ちた。

悲しい気分になるなんて、久しぶりだわ…

最近は驚く程楽しい時間が多かった気がする。
幽霊の様な歩みでテーブルに向かっていた時だ、バタバタと音がし、扉が勢い良く開かれた。

「ど、どうですか!?間に合いましたか!?」

鶏の巣頭が飛び込んで来たかと思うと、膝を付いた。
必死に来てくれた事は分かる。
頭は酷いけど、分厚い眼鏡はしていないし、
よれよれのシャツを隠す様に、タキシードの上着を着ている…努力は見て取れた。

「ええ、間に合っているわよ、だから、ゆっくり息を整えて…」

「ああ、良かった!」

ラッドは安堵したのか、大きく息を吐いた。

「遅れない様に、誰かに頼んでいたの?ショーンさん?」

わたしは当たりを付けた。
ラッドは悪びれず、とびきりの笑顔を向けた。

「その通りです!良く分かりましたね!
ショーンに呼びに来て貰いましたが、手が離せず、何度目かで漸く…
ショーンが上着を持って来てくれていたので、直行しました!
ああ、間に合って良かった!」

ショーンさんの御手柄ね!
だけど、この先が思いやられる。
毎日こんな風だと、ショーンの負担は大きいだろう。

「ショーンさんにあまり迷惑を掛けない様にね?」

「そうですね、その通りです、困った事に、僕は時間の観念が薄い方なので…」

『薄い方』ですって?
『皆無』の間違いでしょう!
心の中でツッコミつつ、わたしは無言で流した。

ラッドが席に着くと、待ち構えていたのか、サマンサがワゴンを押して入って来た。
ラッドの皿にスープを注ぐ。
続けてわたしの皿にもそれは注がれた。

サマンサは普通だわ…
意地悪をされるかと思ったが、ラッドと同様の料理が出され、安堵した。
わたしの気の所為かしら?
カーライル伯爵家の使用人たちの事で、過敏になっているのかもしれない。

ラッドは勢い良く料理を口に運んでいる。
料理を味わう気は無いのかしら?
そんな事を考えながら食事を進めていると、ラッドがフォークとナイフを置いた。

「それでは、僕はこれで戻らせて頂きます!」

言葉は丁寧だが、言っている事は異次元だ。
わたしも思わず声を上げていた。

「待って下さい!晩餐の途中で出て行くなんて、酷いわ!
それに、晩餐はもっと楽しむものよ!
それとも、わたしと一緒に過ごすのは時間の無駄だとでも思っている?」

恨みがましく見ると、ラッドはポカンとしていたが、席に座り直した。

「そんな、無駄だなんて!考えた事もありません。
ですが、折角抜け毛を頂いているんですし、試したい事が多くて…」

ラッドは心此処に在らずで、ソワソワとしている。
そういうの、凄く気分悪いんだけど…

「あなたは、わたしの理想の夫には程遠いわ」

ポツリと恨み言を漏らすと、ラッドはビクリとした。

「あなたの《理想の夫》は、どんな風でしょうか?」

「晩餐にはわたしの為にお洒落をして来てくれて、
一日の事を聞きながら、食事を最後まで一緒に楽しんでくれる方かしら?」

当てこすると、ラッドは小さくなった。

「それでは、僕は失格ですね…」

「今の所はね、挽回して下さる気はある?」

わたしが聞くと、ラッドはパッと顔を上げた。

「勿論です!これから、挽回します!
僕はこんな風なので、《理想の夫》がどの様なものか、想像も出来ません。
ですから、あなたは何でもおっしゃって下さい!僕は努力します!
僕をあなたの《理想の夫》にして下さい!」

心持は素晴らしいし、熱烈なのよね…
残念ながら、ラッドが惚れているのは、わたしの赤毛だけだけど。
その事実がわたしを冷静にしてくれている。
勘違いせずに済むわ…

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