10 / 27
10
しおりを挟む「わたしはあなたとの約束を守ったわ、
だけど、あなたはわたしとの約束を守る気がないのね?」
「い、いえ、勿論、守るつもりでしたが…つい、時間を忘れてしまって…
申し訳ありません…」
ラッドは荒い息のまま、何とか謝罪を述べる。
気の毒にならない訳では無かったが、「躾けて欲しい」と言ったのは、ラッドの方だ。
わたしは開き直り、腰に手をやり、胸を張った。
「それでは、こうしましょう、あなたが忘れずにわたしと晩餐をして下さった時には、
翌朝の抜け毛はあなたに差し上げます。
ですが、もし、あなたが晩餐に現れなかった時には、翌朝の抜け毛は燃やします」
「そんな!!」
ラッドが真っ青になり、悲鳴を上げた。
「燃やすなんて!どうか、そんな無慈悲な事はなさらないで下さい…
ああ、どうか、どうかお情けを…!」
ラッドは錯乱しているのか、わたしの足に取り縋り、おいおいと泣き始めた。
こうなると、流石のわたしも悪い気がしてきた。
「そこまで言うなら、その熱意に免じて、猶予を与える事にしましょう。
晩餐が出来なかった翌日、昼食を一緒にするか、
お茶を一緒にするかで挽回して下されば、抜け毛はお渡しします」
「本当ですか!?ああ!ありがとうございます!任せて下さい!僕は絶対に、挽回してみせますよ!」
それって、晩餐を忘れる前提じゃない??
何とも微妙な気がしたが、わたしは頷いておいた。
「そう、頑張ってね」
「それで、その…今夜は駄目ですか?」
わたしはラッドをジロリと見た。
着替えて来てと言ったのに、そのままの姿だ。
だけど、急いで来てくれた事は分かる…
「初日だし、今日はギリギリ合格にするわ、さぁ、一緒に食べましょう!」
わたしが席に促すと、ラッドの顔にも笑みが戻った。
ラッドはわたしの手をギュっと握り、分厚い眼鏡の奥から、熱い視線を送った。
「ありがとうございます!あなたはなんてお優しい方だ!」
そうかしら??
多分、誰もそんな風には思わないわよ?
それに、今は良いが、もし、わたしの赤毛が《役立たず》であれば、ラッドも手の平を返すだろう…
皆がそうした様に…
もしかしたら、わたしは下手に出て、ラッドに尽くしておくべきだろうか?
《役立たず》でも、結婚して貰える様に…
愛して貰える様に…
「無理だわ」
わたしはキッパリと頭を振った。
「ラッドは元から、赤毛にしか興味がないんだもの」
愛なんて、微塵もない___
◇◇
翌朝、わたしは身支度を終え、ベッドに戻り、抜け毛を集めた。
櫛に付いた抜け毛も丁寧に回収する。
それを用紙に包み、メモをして部屋を出た。
「ラッドは寝ているかしら?」
「はい、朝方ベッドに入られました」
「ラッドが起きたら、これを渡して下さい」
わたしはショーンに包みを預けた。
ショーンは包みに目を落とした。
「これは、ルビー様がお書きになられたのですか?」
わたしは今朝の日付をメモしておいた。
ショーンが驚いている様なので、わたしは付け加えた。
「ええ、いつの物か分かり易いと思って、ほら、毎日だから…」
後から貰っていないと騒がれても困るし。
「大変に素晴らしいお気遣いかと…旦那様はお喜びになりますよ」
「そう?良かったわ」
思い掛けず感心され、わたしは気恥ずかしく肩を竦めた。
わたしは朝食を終え、直ぐに昨日の掃除の続きに取り掛かった。
カーテンや家具を覆っていた布を剥がし、洗濯場へ持って行った所、丁度サマンサが洗濯を始めた所だった。
サマンサは「私がやりましょう」と言ってくれたが、「教えて頂けたら自分でやります」と断った。
大きな桶に水を入れ、カーテンを入れる。
そして、洗濯棒で掻き混ぜ、水を換え、灰汁を入れて掻き混ぜる…
カーテンの洗濯位、簡単だと思っていたが、中々の重労働だった。
「ひー、ひー」と言いながら、洗濯棒で掻き回していると、ふと、視線を感じた。
パッと振り返ると、サマンサがさっと顔を背けた。
もしかして、昨日、わたしを見ていたのも、サマンサだったのかしら?
もしかして、わたし、もう、嫌われてるの!??
流石にショックだった。
サマンサは良い人そうだし、親切にしてくれている。
カーティス伯爵家の使用人たちの様にはならないと思っていたのに…
わたしに何か不満でもあるのかしら?
でも、不満と言えば不満よね?
主人が突然婚約者を連れて来て、長期滞在するのだから…
「ルビー様、大丈夫ですか?お手伝いしましょうか?」
サマンサも何かを感じた様で、手伝いを申し出て来た。
わたしは洗濯棒を掻き混ぜながら、「大丈夫ですー」と引き攣った笑みを返した。
カーテンと布を洗い終わり、干した時には、昼になっていた。
昼食を食べた後は、部屋の床を掃き、ブラシで磨いた。
ここまでくると、何とか部屋らしく見えて来た。
この日はこれで終え、部屋に戻り、布を濡らして体を拭き、晩餐の為の着替えをした。
「今夜は大丈夫かしら?」
赤毛を餌にしたのだから、大いに期待出来る。
「また、待ちぼうけなんてさせたら、許さないんだから!」
わたしは姿見で出来栄えを念入りに確認し、宣言すると部屋を出た。
ドキドキ、わくわくとしながら食堂の扉を開く。
だが、その姿は無く、期待していた分、ガクリと肩が落ちた。
悲しい気分になるなんて、久しぶりだわ…
最近は驚く程楽しい時間が多かった気がする。
幽霊の様な歩みでテーブルに向かっていた時だ、バタバタと音がし、扉が勢い良く開かれた。
「ど、どうですか!?間に合いましたか!?」
鶏の巣頭が飛び込んで来たかと思うと、膝を付いた。
必死に来てくれた事は分かる。
頭は酷いけど、分厚い眼鏡はしていないし、
よれよれのシャツを隠す様に、タキシードの上着を着ている…努力は見て取れた。
「ええ、間に合っているわよ、だから、ゆっくり息を整えて…」
「ああ、良かった!」
ラッドは安堵したのか、大きく息を吐いた。
「遅れない様に、誰かに頼んでいたの?ショーンさん?」
わたしは当たりを付けた。
ラッドは悪びれず、とびきりの笑顔を向けた。
「その通りです!良く分かりましたね!
ショーンに呼びに来て貰いましたが、手が離せず、何度目かで漸く…
ショーンが上着を持って来てくれていたので、直行しました!
ああ、間に合って良かった!」
ショーンさんの御手柄ね!
だけど、この先が思いやられる。
毎日こんな風だと、ショーンの負担は大きいだろう。
「ショーンさんにあまり迷惑を掛けない様にね?」
「そうですね、その通りです、困った事に、僕は時間の観念が薄い方なので…」
『薄い方』ですって?
『皆無』の間違いでしょう!
心の中でツッコミつつ、わたしは無言で流した。
ラッドが席に着くと、待ち構えていたのか、サマンサがワゴンを押して入って来た。
ラッドの皿にスープを注ぐ。
続けてわたしの皿にもそれは注がれた。
サマンサは普通だわ…
意地悪をされるかと思ったが、ラッドと同様の料理が出され、安堵した。
わたしの気の所為かしら?
カーライル伯爵家の使用人たちの事で、過敏になっているのかもしれない。
ラッドは勢い良く料理を口に運んでいる。
料理を味わう気は無いのかしら?
そんな事を考えながら食事を進めていると、ラッドがフォークとナイフを置いた。
「それでは、僕はこれで戻らせて頂きます!」
言葉は丁寧だが、言っている事は異次元だ。
わたしも思わず声を上げていた。
「待って下さい!晩餐の途中で出て行くなんて、酷いわ!
それに、晩餐はもっと楽しむものよ!
それとも、わたしと一緒に過ごすのは時間の無駄だとでも思っている?」
恨みがましく見ると、ラッドはポカンとしていたが、席に座り直した。
「そんな、無駄だなんて!考えた事もありません。
ですが、折角抜け毛を頂いているんですし、試したい事が多くて…」
ラッドは心此処に在らずで、ソワソワとしている。
そういうの、凄く気分悪いんだけど…
「あなたは、わたしの理想の夫には程遠いわ」
ポツリと恨み言を漏らすと、ラッドはビクリとした。
「あなたの《理想の夫》は、どんな風でしょうか?」
「晩餐にはわたしの為にお洒落をして来てくれて、
一日の事を聞きながら、食事を最後まで一緒に楽しんでくれる方かしら?」
当てこすると、ラッドは小さくなった。
「それでは、僕は失格ですね…」
「今の所はね、挽回して下さる気はある?」
わたしが聞くと、ラッドはパッと顔を上げた。
「勿論です!これから、挽回します!
僕はこんな風なので、《理想の夫》がどの様なものか、想像も出来ません。
ですから、あなたは何でもおっしゃって下さい!僕は努力します!
僕をあなたの《理想の夫》にして下さい!」
心持は素晴らしいし、熱烈なのよね…
残念ながら、ラッドが惚れているのは、わたしの赤毛だけだけど。
その事実がわたしを冷静にしてくれている。
勘違いせずに済むわ…
10
お気に入りに追加
261
あなたにおすすめの小説
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる