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ショーンは「それでは、敷地を案内しましょう」と外に向かった。
裏手の平屋の棟の側には、薬草畑が広がっていた。
そして、少し離れて、小さな畑と鶏小屋、厩舎があり、これらの管理はサムがしているという。
裏の小さな森も男爵家の敷地に入り、木の実や薬に必要な茸類が生るという。
こちらの収穫は町の人に任せている様だ。

「茸は危険な物もありますので、旦那様が見極め、干して乾燥させ、粉末にします___」

わたしは薬師の仕事を知らないので、初めて知る事ばかりだった。
薬がどんな風に作られるかなんて、考えた事もなかったが、結構大変そうだ。

「薬の材料は、買うものとばかり思っていたわ」
「希少な物は買い付けや取り寄せも致します」
「薬は頼まれてから作るの?それとも、予め作ってあるの?」
「ほとんどが作り置きです、乾燥させているので長く置けます」
「薬の効き目はどう?」
「軽い症状なら直ぐに、重い病になると診断が必要ですが、旦那様の薬は好評です」
「ふぅん、凄いのね…」
「ええ、凄い方ですよ」

婚約者相手なので、大袈裟に言っているのかもしれないが、
ラッドが使用人たちから好かれている事は分かる。
使用人たち全員から嫌われ、軽んじられていたわたしとは全く違う。

良い人そうだものね…
変人だけど。


館に戻って来ると、丁度昼を周った頃で、サマンサがやって来た。

「ルビー様、昼食の準備が出来ております」

「ありがとう、ラッドは?」

「旦那様は作業部屋ですので、ルビー様は食堂の方でなさって下さい」

やや強引なものを感じつつも、わたしは食堂に向かった。
折角、用意してくれたんだもの、好意は裏切れないわ!

テーブルの席に着くと、直ぐに昼食が運ばれて来た。
ローストビーフのサンドイッチと揚げた芋、紅茶だ。
午前中はずっと歩いていたので、お腹も程良く減っており、わたしはそれを頬張った。

午後は特にする事もなく、わたしは時間を持て余していた。

カーティス伯爵家にいた時は、部屋で過ごす事が多かった。
部屋の外では、使用人たちに見られて意地悪を言われるし、
家族に会えば嫌な顔をされ、落ち着かないからだ。
姉への対抗心から、勉強をして過ごす事が多かったが、それから解き放たれてしまえば、そんな事をする理由は無かった。
後は、ピアノを弾いたり、手芸をしたり、部屋の模様替えをしたり…
わたしはそれを思い出し、サマンサに聞いた。

「この館にピアノはありませんか?」
「あるにはありますが、古くて音も悪いと伺っています」
「弾いてみるわ、案内して貰えますか?」

案内されたのは、二階の封鎖された客室の一つだった。
客室という事もあり、広さは十分で、ピアノの他、家具も揃っているが、
使われていない為、全て布が被されている。
それに、酷く埃っぽい。

「直ぐに掃除をしますね…」とサマンサは申し出てくれたが、
ただでさえ少ない使用人で仕事をしているのだ、
わたしの都合で仕事を増やせば良く思わないだろう…と、打算が働いた。
カーティス伯爵家の使用人たちで学んだもの!

「掃除はわたしがします、時間はありますから」

本格的な掃除はした事がないが、何とかなるだろう。
わたしは掃除道具を借り、早速掃除を始めた。
そこで気付いたが、まずは、窓を開けるべきだった。

「ごほごほ!酷い、埃!!」

わたしは咽ながら、窓に向かい、カーテンを開け、その大きな窓を開けた。
気持ち良い風が吹き込んで来る。

「ふう!生き返った!」

わたしは鼻と口を覆う様に布を巻き付けた。
こういった恰好をしているメイドを見た事があるが、それは、こういう事だったのね…

まずは箒で天井や壁の埃を落としていく。
だが、箒を高く掲げるなど、狂気の沙汰だ。
わたしは日頃、然程重い物を持った事が無く、数分で腕に限界が来た。

「お、重い~~、腕、痛い~~、眩暈する~~~…ん?」

ふと、視線を感じて、わたしは反射的に振り返った。
だが、そこには扉があるだけだ。

「変ね…」

カーティス伯爵家では、何かと見られる事が多かったので、視線に敏感な方だと思う。
確かに誰かに見られていた気がするんだけど…

「まぁ、いいわ」

わたしは箒を掲げ、フラフラしながら、度々休憩を挟みつつ、埃を落としていった。
そうして、陽が暮れた。

「掃除って、大変なのね…」

この分だと、まだまだ、明日も掃除だ。
部屋に戻っていると、サマンサに声を掛けられた。

「ルビー様、晩餐は一時間後でよろしいでしょうか?」

着替えると良い時間だ。
それを見越して声を掛けてくれたのだろう。

「ええ、お願いします、晩餐はラッドも一緒ですか?」

今まで忘れていた婚約者の存在を思い出した。
サマンサは少し困った顔になった。

「旦那様は作業部屋で取られると思いますので…」

「もしかして、ラッドは一日中、作業部屋にいたの!?」

「はい、旦那様はお忙しい方ですので…」

「忙しくても、食事をする暇はあるでしょう?わたしが呼んで来ます!」

「ですが、旦那様のお仕事のお邪魔をしては…」

サマンサは何やら言っていたが、わたしはランプを手に作業部屋のある別棟に向かった。


平屋の扉を叩き、耳を澄ませたが、返事は無い。
わたしは「ルビーです、入るわよ!」と声を掛け、扉を開けた。

ランプの灯りがぼんやりと照らす先には、見た事もない、光景が広がっていた___

真中に大きな作業台があり、大きな鍋やら皿の様な器、何に使うのか見当も付かない道具、
様々な形、色の瓶等が雑然と置かれている。
壁に沿って天井までの高さの棚が並び、一方には釜土がある。

「ここが、作業部屋?」

想像していたよりも、百倍、雑多だ。
茫然としていた自分に気付き、わたしはペチペチと頬を叩いた。

「しっかりして!わたしはラッドを呼びに来たんだから!」

わたしはそれらを眺めながら奥に進んだ。
ラッドの姿は見えず、わたしは奥の扉に着いていた。
ここは研究室かしら?
わたしは扉を叩いた。

「ラッド?いる?」

声を掛けたが、やはり返事は無く、わたしは扉を開けた。
驚く事に、そこは更に殺伐としていた。

大きな作業台には、溢れんばかりに硝子のコップや容器が乗せられ、紙束が山積みになっている。
部屋の壁に沿って天井まで届く棚が並び、本や器具等が詰められている。
ムワッとした空気、変な臭いもしている…
吐き気がし、「うっ」と手で鼻と口を覆った。

まさか、あの人は、こんな所に生息しているの?

信じたく無かったが、灯りがあり、ひょこひょこと動く鳥の巣頭を見つけてしまった。
わたしは取り敢えず、ラッドの元に向かった。
作業台に置かれたランプが、作業台に向かい、ガラス瓶を手にしているラッドを浮かび上がらせていた。
勿論、ラッドはあの分厚い眼鏡を掛けている。

「ラッド…ラッド!」

声を張るとラッドが顔だけでこちらを振り返った。

「ルビー?どうしたんですか?こんな所で…」

普通の調子で言われ、わたしは少し恐怖を感じた。

「晩餐の時間だから、呼びに来たの」

「晩餐でしたら、僕の分はいつも作業台の方に運んで貰っていますので…」

ラッドから当然の様に言われ、わたしはムッとなった。
つい、口調もキツクなってしまう。

「忙しいのは分かりますが、晩餐だけでも、わたしと一緒にして頂けませんか?
一人で食べるなんて味気ないし、わたしたちはもっと知り合う必要があるわ。
それに、なにより、あなたはわたしの《理想の夫》になってくれるんでしょう?」

分厚い眼鏡の奥が、「はっ」と見開かれた。

「そうでした!僕とした事が、すっかり失念していました。
晩餐を一緒にするのが、あなたの理想ならば、勿論、そうするべきです。
ですが、もう少しだけ待って下さい…手が離せなくて…」

ラッドの目が再びガラス瓶に戻る。
左手に持ったガラス瓶には、液体が入っていて、その中には1本の赤毛が入れられていた。
そして、右手にはスポイトが握られ、ガラス瓶に液を一滴落としては、振って確かめている。

「それ、一気に入れちゃ、駄目なの?」
「はい、どの量で反応するかを見たいので…」
「それじゃ、反応があったら、直ぐに食堂に来てね、勿論、着替えて!」

ラッドからは生返事しか無かったが、一応信じる事にして、わたしは研究室を出た。

わたしは部屋に戻り、着替えをした。
婚約者と食事をするのだから、ドレスを着て、それなりに着飾った。
そして食堂に向かう。

期待はしていなかったが、やはりラッドの姿は無かった。
現れたサマンサに、「ラッドが来るまで待ちます」と告げ、席に着いた。

それから、待つ事二時間…

「はぁ、はぁ…遅くなって、すみません!」

ラッドが息を切らしながら、バタバタと食堂に駆け込んで来た。
鶏の巣頭で分厚い眼鏡を掛け、よれよれのシャツとズボン姿のまま…
それを見た瞬間、わたしの頭の中でブツリと何かが切れた。
わたしはスッと席を立った。

「わたしはあなたとの約束を守ったわ、
だけど、あなたはわたしとの約束を守る気がないのね?」


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