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荷物は後から送ってくれる事になり、取り敢えず、わたしは必要な荷だけを持ち、出発する事になった。
ラッドが乗って来たおんぼろ馬車に荷を括り、乗り込んだ。
おんぼろではあるが、造りはしっかりしていて、意外にも頑丈そうだった。
座席のクッションも悪くない。
満足していると、ラッドが乗り込んで来て、隣に座った。

わたし、この人と婚約したのね…

チラリと目を向けて、彼の痩せた横顔を見た。
エドウィンはふっくらと肉付きが良かったが、ラッドは青白くて骨と皮だ。
顔の作りは整っているが、特に惹かれる容姿ではない。

上手くやっていけるかしら…

不安になった時、ふっと、彼がわたしを振り返った。

「僕と来て下さって、ありがとうございます、あなたを失望させない様に頑張りますね!」

白い歯を見せて笑う。
その幸せそうな笑顔に、わたしはうっかり見惚れていた。

良い所なんて無いと思っていたけど…
ちょっと可愛い…?
純粋そうな所は良いかも…





カーティス伯爵家から、ウェイン男爵家までは、馬車で一日程度という話だった。
ラッドはそれなりの準備をしてきており、直ぐに何やら書き物を始めた。

「お仕事ですか?」
「はい、その通りで…」

集中しているのか、生返事しか返って来ず、わたしは話し掛けるのを止めた。
景色を見るのも良いが、変わり映えしなければ飽きてしまう。
時間を持て余したわたしは、「取り敢えず、寝ていれば着くわよね」と、寝る事にした。

どれ位、寝ていたのか、ふっと、意識が浮上した。
寄り掛かっていた壁から頭を起こし、目を擦る。

ん??

何か、視線を感じる…

異様な気配に、チラリと目をやると、ラッドが顔を完全にこちらに向け、熱い視線を注いでいた。
わたしに…いや、わたしの《赤毛》に。
正直、ゾッとした。

「まさか、わたしが寝ている間に、髪を切ったりしていないでしょうね!?」

つい、礼儀を忘れて言ってしまい、わたしは慌てて口に手を当てた。
流石に、失礼だったわよね?
仮にも、相手は婚約者。貧乏男爵であっても、浮浪者やならず者ではない。
尤も、ラッドが気になったのは、そこではなかった様だ。

「ま!まさか!そんな卑しい真似はしませんよ!ええ、絶対に!!」

両手の平を見せ、バタバタと振る。
大慌てしている様子を見ると、ちょっと信用出来ないわ…
無意識に横髪を胸元に引っ張った。

「はうっ!?」

ラッドが奇妙な声を漏らし、息を飲んだ。
その顔は真っ赤だし、目は異様に輝いている。

「な、なに!?怖いんですけど!」

こんな所で、興奮しないで!!
わたしの純潔を約束した事を思い出して!!
あなた、『問題外』って感じで、サインしてたじゃない!!

「すみません、あまりに見事な赤毛なので…
ああ、触れても構いませんか?少しだけでいいので…
触るだけですよ、痛くも痒くもしませんので…」

わたしに向けられた手の指は、ぷるぷると震えている。

ええ…
気持ち悪いんだけど…

わたしは正直、引いたのだが、「少しだけでいいので、お願いです…」と、あまりに頼んで来るので、根負けしてしまった。
わたしをあの忌々しい館から連れ出してくれたんだもの…
彼にも少し位、良い事がなきゃね…
わたしは横髪を一房取り、彼に向けた。

「これならいいわ、触るだけよ?」

「あ、ありがたき幸せ!!」

ラッドが平伏す勢いで言うので、後悔したのだが、ラッドの手付きは意外にも優しかった。
そっと、手の平に赤毛を乗せると、もう一方の手で、感触を楽しむかの様に、そっと撫でる。
まるで、宝物の様に…
見ていると気恥ずかしさからか、顔が熱くなり、胸がドキドキとしてきた。

「ああ、美しいですね…それに、この輝きと艶…
僕の見立てが間違っていなければ、古文書にある、あの《赤毛》だ…」

ラッドは髪を撫でたり、眺めたりしながら、何やらブツブツと言っていた。

「ありがとうございます、触れているだけで、力が漲る気がします。
あなたは生まれた時から、この様な素晴らしい赤毛なのですか?
それとも、途中からですか?
あなたの生態を詳しく教えて頂きたいのですが…」

ラッドはわたしの髪を丁重に戻すと、再び用紙とペンを手に取った。
赤毛を見ていた目が、わたしに向けられた。

「必要でしたら、お答えしますけど…」

そんな事を知ってどうするのかと思ったが、「必要です!」と食い気味に言われたので、質問に答える事にした。
退屈だったから、丁度良いわ。

「生まれた時はふわふわの赤毛だったわ。
今の髪質になったのは、十歳頃だと思うけど、確かな記憶は無いわ」

「切った髪は保管されていますか?」

「いいえ」

「そんな!でも、一本位は残していますよね?」

薄い青色の目には期待があったが、わたしはキッパリとその期待を打ち砕いてやった。

「いいえ!」

ラッドは《この世の終末》の様な顔になり、用紙とペンを放り投げて頭を抱えた。

「ああ!なんて勿体無い事を!
僕があなたの父親なら、一本残らず、全て大切に保管し、検査し、記録を付けたでしょう!
ああ、どうして僕はあなたの身内に生まれなかったのか!!残念です!!」

わたしの父はあんな人だが…
それでも、『あなたが父親でなくて良かったわ』と思ってしまった。


一通りの質問に答え終わった後、ラッドは用紙とペンを置き、わたしに向き直った。
その表情は真剣で、その薄い青色の目は強い光を見せていた。

「僕たちは婚約しましたし、その、図々しいお願いかとも思いますが…」

嫌な予感しかしない。
わたしの耳は聞くのを嫌がっていたが、防ぎ様もなく、それは耳に入ってしまった。

「どうか、これからは、あなたの抜け毛を僕に下さい!!」

ラッドの頬が赤くなる。
羞恥心からならば可愛げもあるが、絶対に違う、興奮の方だ___
分かってしまう自分が嫌だ。

「どうかお願いします!後学の為に!!」

キラキラとした瞳の輝きは少年の様で、その熱意に抗うのは難しく…
わたしは結局、許してしまったのだった。

「いいけど、集めるのはわたしよ?あなたは見つけても触れないでね!」

髪を拾って歩く姿を想像し、厳しく言ったのだが、ラッドは満面の笑みでお礼を言った。

「ああ!ありがとうございます!あなたは何て寛大なんだ!
あなたは僕の女神ですよ!いや、救世主です!」

嫌な言葉!
祭り上げられるのは、もう沢山だ。
勝手に期待して、勝手に失望して…

もし、わたしの赤毛が、彼の期待した程に役に立たなければ…
わたしは追い出されるかしら?

ふっと浮かんだ考えに、自分で「はっ」となった。

どうして、それを考えなかったのだろう?
彼の称賛を鵜呑みにして、婚約までしてしまうなんて___!

「失態よ!」

ああ!なんて、愚かなの!?
後悔しても、もう、引き返す事は出来ない。
婚約の書面は交わしてしまったし、男爵家はもう目の前だ___


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