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しおりを挟む結婚式が二週間後に迫ったある日、父に呼ばれてパーラーに行くと、
そこには、両親、姉、エドウィンの姿があった。
皆、神妙な顔つきをし、部屋中に重い空気が漂っている。
しかも、何故か、姉とエドウィンは並んで座っている。
どうして、二人が…?
嫌な予感に胸がムカムカとしてきたが、取り敢えず、微笑を浮かべて促した。
「お呼びでしょうか?」
「ああ、ルビー、大事な話がある、そこに座りなさい」
言われるままに、空いていた椅子に座ると、父が「コホン」と咳払いをした。
「先程、エドウィンから、おまえとの婚約を破棄したいという申し出があった」
こんなの、驚くなという方が無理だ!
わたしは反射的にエドウィンを振り返った。
彼は神妙な顔つきで視線を落としていて、わたしを見ようとはしない。
婚約破棄したいなら、自分の口からわたしに言えばいいのに!
先にお父様を味方に付けるなんて…なんて、卑劣で臆病者なの!!
エドウィンでは相手にならないと、わたしは膝を父に向け、口を開いた。
「一体、どういう事ですか?」
「今一度、ダドリー伯爵家で話し合った結果、おまえでは《伯爵夫人》は務まらないというのだ。
おまえは頭も悪いし、気も利かないし、見目が良い訳でもない…」
「ですが、検討した結果、わたしに決まり、結婚の日取りが決まったのでしょう?
それを今更、考えを変えるなんて、変じゃありませんか?
納得出来る理由をお聞かせ下さい」
父は渋い顔をした。
父の窮地を察してか、母が口を挟んできた。
「ルビー、いい加減になさい!自分の未熟さを棚に上げて、偉そうに口答えをするなんて!
そんな風だから、『伯爵夫人には相応しくない』と言われるのでしょう!
全ては、あなたの自業自得ですよ!」
「ですが、式の二週間前ですよ?準備も出来ているのに、それならば、もっと早くに言うべきでしょう?」
考えが足りないのは、ダドリー伯爵家の方だ!
だが、両親、姉、エドウィンに動揺は無かった。
「おまえの言う通り、結婚式の準備は出来ているし、招待客も呼んでいる、これをむざむざ無駄にするのも馬鹿らしい。
結婚が取り止めとなれば、大事にもなり、おまえも肩身が狭いだろう。
そこでだ、ダドリー伯爵家は、相手がベリンダならば結婚を許すと言うのだ___」
ここまで聞けば、話は嫌でも分かった。
薄々気付いていた事だが、エドウィンは姉に惹かれていた。
『見舞いの花』など、気が無ければ贈ったりしないし、それも一度や二度では無かった。
姉もエドウィンの好意に気付いていたかもしれない。
エドウィンがわたしではなく、姉と結婚したいと言えば、両親は簡単に許すだろう。
そして、侯爵から離縁され、肩身の狭い思いをしていた姉にとって、《次期伯爵》のエドウィンは渡りに船だっただろう。
だが、エドウィンの両親までもが快諾したというのだから、腹立たしい!
あんなに良くしてくれていたのに…
わたしの事を本当の娘みたいだと言ってくれていたのに…
あれは、嘘だったの?
エドウィンの事はまだ想定内だったが、ダドリー伯爵、夫人には酷く裏切られた気持ちになった。
これまで姉に同情していたのも、馬鹿馬鹿しくなった。
「ごめんなさいね、ルビー、でも、仕方ないわよね、私の方が優秀だし、魅力があるから!」
憔悴していた姉は何処にもおらず、目の前の姉はいつも通りに、自信に満ち溢れていた。
碧色の目は強い光を見せ、その唇は大きな弧を描く…正に、勝利宣言だ!
この、女狐め!!
どうして、誰も姉の正体に気付かないのだろう?
それとも、姉の意地悪は聞こえない様になっているのだろうか?
平気で妹から婚約者を奪うような悪女が、次期伯爵夫人に相応しいですって?
誰も彼も、皆、地獄に堕ちればいいんだわ!!
わたしはエドウィンとの結婚が立ち消えた事よりも、皆の態度に苛立っていた。
だが、わたしが幾ら嫌な気にさせられ様と、わたし以外の者たちには関係無かった。
エドウィンなど、婚約していた期間中で、今が一番幸せそうに見えた。
「馬鹿馬鹿しい…」
世界は赤毛を中心に回るのではない。
世界は美しく狡賢い者を中心に回るのだ。
浮かれた調子で結婚式の話で盛り上がる父、母、姉、エドウィンを見て、
わたしの彼等に対する情は完全に消えていた。
結婚してこの家を出る___その為に必死で努力してきた。
そして、漸く叶うと思った時に、奪われたのだ。
流石のわたしも、地に減り込み、暫くは再起不能となった。
◇◇
「結婚式の場で同伴の者がいなければ、おまえも恰好が付かないだろう」
あの騒動から一週間後、父はわたしを書斎に呼ぶと、そんな事を言い始めた。
わたしは自分が結婚式に出席させられる事を知り、唖然となった。
婚約破棄された相手の結婚式など、どんな顔をして出席しろというのか!
あまりの仕打ちに、沈んでいた怒りの火が、一気に燃え上がった。
わたしは父を睨み見ながら、殊更丁寧に答えた。
「ご安心下さい、元より、結婚式になど、出席するつもりはございません」
尤も、わたしの怒りなど、父には無いも同然だった。
「この馬鹿者が!ベリンダはおまえの姉だろう!妹が出席しないなど非常識極まりない!
結婚式には必ず出席しろ!それが嫌なら、おまえなど直ぐに館から叩き出してやる!!」
わたしが辱めを受ける事よりも、カーティス伯爵家の体裁を選ぶとは…
失望よりも、心底うんざりした。
館を追い出す方が体裁も悪いと思うが、きっと、自分たちに都合の良い言い訳をし、わたしを悪者にするのだろう。
「私の言う事を聞いていれば、悪い事にはせん。
実はな、ダドリー伯爵がおまえに償いたいと言われ、縁談を持って来てくれた。
お相手はラッド・ウェイン男爵だ、結婚式にも招待しているから、会いなさい」
顔合わせが出来る上に、同伴者まで出来る、正に一石二鳥という訳だ。
「婚約破棄から一週間だというのに、もう次のお相手ですか?
よく見つけられましたね?」
こうなると、最初から用意していたみたいだ。
わたしが胡乱に見ると、父は目を泳がせた。
「丁度良い相手がいたのだ、それに相手は《男爵》だぞ、おまえには勿体ない相手だ、つべこべと文句を言うな!」
文句なんて言ったかしら?
尤も、場合によっては、これから言うかもしれないけど!
「《男爵》なら、年は相当上なのでしょう?」
「相当ではない、三十二歳だが、エドウィンの話では若く見えるらしい」
年齢よりも、その名にわたしの耳は反応した。
「エドウィン?彼の知り合いですか?」
「ダドリー伯爵からの話だと言っただろう!当然、エドウィンも知り合いという事だ」
焦った様子で回りくどい事を言う父に、わたしは疑惑を深めた。
何か怪しい…
本当に、良縁かしら?
「いいか、ルビー!おまえにはもう後は無い、今度は失敗するんじゃないぞ!」
父は言うだけ言うと、わたしを書斎から追い出した。
「今度は失敗するんじゃない、ですって?
わたしがどんな失敗をしたって言うの?
エドウィンにしがみついていれば良かったっていうの?」
わたしは出来る限り努力をしてきた。
エドウィンのくだらない要望にも全て応えて来たのだ!
それなのに、エドウィンは姉を見るなり、簡単に心変わりをしてしまった。
そして姉もそれを受け入れた。
両親も喜んで破談の後押しをした___
「皆で寄ってたかって、わたしの縁談をぶち壊したんじゃないの!!」
わたしは苛立ちのまま、ドカドカと足音を立てて廊下を突進した。
「あら、ルビーじゃないの」
部屋の手前で、豪華に着飾った姉とバッタリ会ってしまった。
つい、一週間前までは部屋に閉じ籠り、顔も見せなかったというのに、
使用人たちから祝福されたいのか、それとも羨望の眼差しで見られたいのか、最近は用も無いのに館を練り歩いている。
全く、迷惑な人!!
「ルビー、お父様から良いお話があったでしょう?」
姉は縁談の話を知っている様だ。
「良い話かどうかは分からないわ」
わたしが素気無く答えると、姉は面白そうに笑った。
「良い話に決まってるじゃない!
私とエドウィンで、あなたにお似合いの相手を探してあげたんだから!」
最悪だ!!
わたしは直ぐにでもこの縁談を断りたくなった。
勿論、現実問題、それは難しい。
父はわたしを追い出すと言っていたし…
「こんな事になってしまって、私も心苦しいのよ。
でも、エドウィンは金髪が好きだっていうし、伯爵夫人には野暮ったくて馬鹿な娘では困ると言うの。
全ては私が美しくて賢い所為ね、ごめんなさいね、ルビー」
貶された挙句、見下す様な意地の悪い笑みで謝罪されても、げんなりとするだけだ。
ツンと顔を上げ、姉の脇を通ると、後ろから追い打ちを掛けられた。
「私もエドウィンもあなたに埋め合わせをしたいのよ、だから絶対に逃げちゃ駄目よ、ルビー」
姉がここまで言うのだから、相手は《男爵》という爵位が霞む程に、問題を抱えた人なのだろう。
醜男か、阿呆か、酒乱か、賭博好きか、女好きか、貧乏か…
わたしの目の前には、暗雲が立ち込めていた。
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