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本編
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しおりを挟む忠誠心を認めて貰って以降、レオナルド殿下の態度は少しばかり軟化した。
わたしが食事を運ぶのを許してくれ、
わたしの事を《元大聖女》ではなく、《セレスティア》と呼ぶようになった。
最初の頃の様な、刺々しい、敵意は感じない。
信頼…とまではいかないが、警戒を解いて貰えた気がした。
「殿下、セレスティアです、昼食をお持ち致しました」
「入れ」
返事があり、わたしが部屋に入ると、
レオナルド殿下は手にしていた長剣を、壁際の剣立てに戻している所だった。
レオナルド殿下は部屋で過ごす事が多いが、そのほとんどは、体を鍛えたり、
剣を振って過ごしていた。
わたしは急ぎ布を持ち水で濡らして来ると、殿下に差し出した。
「布です、どうぞ、お身体をお拭き下さい」
「ああ、だが、おまえは後ろを向いていろ、年頃の娘がはしたないぞ」
「は、はい!後ろを向きましたので、どうぞ、ご安心下さい!」
わたしは慌てて後ろを向いた。
殿下はベルでピートを呼び、着替えを始めたので、
わたしはそちらを見ない様にし、テーブルに昼食を用意した。
昼食はボリュームのあるサンドイッチ、マッシュポテト、果実、紅茶だ。
サンドイッチは手を使うので、目の見えない殿下も気軽に食べられる。
「殿下、こちらが紅茶のカップです、真ん中はサンドイッチの皿です。
具はローストビーフと野菜です。こちらはマッシュポテト、奥が果実です」
「ああ、おまえは食べたのか?セレスティア」
「いえ、わたしは後で頂きます」
「次からは一緒に持って来い、二度手間では無いか」
「殿下とご一緒しても、よろしいのですか?」
うれしさに胸がときめく。
信じられず、つい、確かめる様に聞いてしまい、呆れられた。
「晩餐は一緒ではないか、今更何を遠慮しているんだ、変な奴だな」
「はい、そうでした」
わたしは緩んでしまう口元を押さえ、答えた。
夫婦と言えないまでも、友人の様に仲良くなれたら、どれだけ良いだろう…
◇◇
「殿下、庭に出られてみませんか?わたしがご案内致します」
気晴らしになれば…と、わたしはレオナルド殿下を散歩に誘ってみた。
殿下は皮肉に返す。
「目が見えぬ者が外に出て、何になるというのだ?見世物にしたいのか?」
「目が見えずとも、陽や風を感じる事は出来ます、
それに、新鮮な花の匂いを嗅ぐのはいかがですか?」
「ふん、そこまで言うのであれば、付き合ってやろう、セレスティア」
殿下が杖を持って立ち上がる。
腕を出されたので、わたしは「失礼します」とそれを取った。
すると、殿下は口を曲げた。
「一々、断りを入れるな、そういう卑屈な態度は不快だ」
「ですが、殿下は王族です、わたし如きが失礼にならないかと…」
「誰も咎めはせん、おまえは一応、俺の妻だ」
《妻》と認められた様で、わたしの胸に喜びが溢れた。
緩みそうになる口元を引き締めるのは無理で、感情を抑えるのも難しかった。
「それでは、レオナルド殿下、参りましょう」
わたしたちは腕を組み、部屋を出て、階段を降り、そして、庭に出た。
わたしは良く庭を散歩している。
だが、一緒に歩く人が居るだけで、その景色はまるで違って見えた。
それに、ずっと、ドキドキし、顔が熱い…
「セレスティア、おまえはよく散歩をしているのか?」
「はい、朝とお茶の時間の前には、庭や城内を歩いています。
自分が暮らす場所ですので、知っておきたいと思い…」
殿下が城内を独りで歩ける様に、探索している事は、ピートから聞き知っていた。
だが、庭を探索する事は、独りでは無理だろう。
その分、わたしが手助けをしたかった。
「ふん、良い心掛けだな…
僻地に嫌気が差し、逃げ出すかと思ったが…」
「わたしは王都生まれですが、家は郊外ですし、治安が良いとも言えません。
それに、わたしは昔から自然豊かな場所が好きです!心が洗われます!」
「ああ、その様だ…」
呆れた様に言われ、わたしはそれに気付き、口に手を当てた。
「自分の事ばかり話してしまい、申し訳ありません、こんな話、退屈でしょう…」
「いや、気にせずに話せ、気晴らしになる」
殿下の言葉に安堵した。
それに、自分の話を聞いて貰えるのもうれしかった。
わたしたちは、互いの事をまだ何も知らないのだから…
「殿下、こちらから裏庭までは、並木道になっております」
「並木か、涼しいな」
「はい、丁度木陰になっています。
幹は太くざらついていますので、お気をつけ下さい」
殿下は足を止め、それを手で確かめる。
「今は瑞々しい黄緑色の葉ですが、秋になると紅色になるそうです…」
「俺には見えぬ」
「ですが、想像は出来ますわ、
殿下は国中を周っておられますし、記憶を引き出す事も出来るのではありませんか?」
「成程な…そういえば、以前、立ち寄った時、ここは廃墟も同然だった。
おまえの目からは、廃墟に見えるか?」
「いいえ、手入れが行き届いていますし、楽園の様ですわ」
「ふっ、楽園は言い過ぎだ」
「そうかもしれません、ですが、本の挿絵に出て来そうな、とても素敵なお城ですわ」
レオナルド殿下は微笑み、頷いた。
優しい時間の流れを感じ、わたしの胸は満ち足りたのだった。
レオナルド殿下も、同じだといいけど…
この日以降、お茶の時間の前の散歩が、わたしと殿下の決まり事になった。
◇◇
バディの足が治り、わたしはレオナルド殿下にバディを紹介する事にした。
「そろそろ、あなたを殿下に紹介しておかなければね、バディ」
「オン!」
「大丈夫よ、殿下はきっとあなたを気に入って下さるわ!」
バディは短い尻尾を忙しく振った。
昼食を終え、片付けを済ませた後に、バディを連れ、再び殿下の部屋を訪ねた。
「殿下、セレスティアです、紹介したい者がおります、少しよろしいでしょうか?」
声を掛けると、少し沈黙があり、「入れ」と返事があった。
わたしはバディに、「大人しくね」と声を掛け、扉を開けて中に入った。
レオナルド殿下はいつも通り、長ソファの真ん中に座っていたが、
口元は引き締められていて、やや不機嫌そうだ。
昼食を一緒にした時には、機嫌は良かったのに…
「紹介したいなら、早くしろ!」
苛々とした声に、最初に会った頃の殿下に戻ってしまった気がした。
わたしは畏まって頭を下げた。
「お忙しい所、申し訳ございません、その、紹介したいのは、彼です。
実は、ここに来る途中に、馬車で足を轢いてしまい、放ってもおけず、
連れて来る事にしました。誰か、面倒見る者が必要でしたから…
無事に足も治りましたので、殿下にお引き合わせをしておこうと連れて参りました…」
わたしはバディの頭を撫でた。
バディはペロペロとわたしの手を舐める。
バディの機嫌とは逆に、今やレオナルド殿下からは怒りの様なものが発せられていた。
「フン、元大聖女はお優しいな、だが、その場合は金を渡し、町医者に預けるものだ。
わざわざ輿入れに連れて来るとは、おまえは馬鹿なのか?
それとも、その者を余程気に入ったのか?」
「申し訳ございません、殿下がそれ程お怒りになるとは思ってもみず…」
「怒ってなどいない、だが、何故今の今まで、誰も俺に話さなかったのだ!
大事な事を隠す者は信用出来ない、このまま雇ってはおけない」
これ程に大事になるとは思ってもみず、わたしは慌てた。
「皆が殿下にお話ししなかったのは、わたしから伝えているものと思われていたか、
大した事では無いとお考えだったからだと思います。
全ては最初に伝えなかったわたしの落ち度です、どうか、お許し下さい」
「大した事では無いだと!?妻が愛人を囲うのが普通だと言うのか!?」
「愛人!?殿下、バディは愛人などではありません…」
「おまえの事だ、どうせ友達だとか、保護者だとか、体の良い事を言うのだろう?」
「ええ、それは、そうなのですが…」
「それで、その者を、おまえは今まで何処に隠していたというのだ?」
「わたしの部屋です」
「なんだと!?」
突然、殿下が勢いよく立ち上がった事で、バディが「オンオン!」と吠えた。
その声に、殿下は冷静になったのか、怒りを鎮めた。
「何故、ここに犬がいる?」
「はい、殿下に紹介しようと連れて参りました、彼がバディです」
「犬?おまえは、何故先に、犬だと言わないのだ!俺を騙して楽しんでいたのか!」
殿下が今度は顔を赤くし、狼狽え始めた。
その珍しい姿に、わたしは茫然としつつ、頭を下げた。
「申し訳ございません、申したつもりだったのですが…」
「言っていない!
おまえの口からは、一言も《犬》などという言葉は出なかったぞ、元大聖女!」
「申し訳ございません…それで、バディはお気に召しては頂けないでしょうか?
とても賢い犬ですし、殿下をお守り出来ると思うのですが…」
わたしはバディを撫でる。
殿下は嘆息し、ソファに座り直した。
「どんな犬だ、大型犬か?」
「はい、大型です、毛は短く茶色でお腹の方は白色です、体はスレンダーで、
きっと、一緒に走れますわ」
「それはどうか分からんが…バディ、来い!」
殿下が呼び、わたしはバディに「行って」と合図した。
バディは殿下の元に走って行くと、足元で匂いを嗅いだ。
殿下はそっと、その体を撫でた。
「いい子だ、一度飼ったのならば、一生責任を持て。
バディ、俺に忠誠を誓うなら、ここに置いてやる」
「オン!」
「ありがとうございます!レオナルド殿下!」
室内では窮屈だろうという事で、庭に出してやると、バディは喜び駆け回った。
警備の者からも、「番犬になって丁度いいですよ」と喜ばれた。
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