上 下
10 / 16
本編

しおりを挟む

忠誠心を認めて貰って以降、レオナルド殿下の態度は少しばかり軟化した。
わたしが食事を運ぶのを許してくれ、
わたしの事を《元大聖女》ではなく、《セレスティア》と呼ぶようになった。
最初の頃の様な、刺々しい、敵意は感じない。
信頼…とまではいかないが、警戒を解いて貰えた気がした。


「殿下、セレスティアです、昼食をお持ち致しました」
「入れ」

返事があり、わたしが部屋に入ると、
レオナルド殿下は手にしていた長剣を、壁際の剣立てに戻している所だった。

レオナルド殿下は部屋で過ごす事が多いが、そのほとんどは、体を鍛えたり、
剣を振って過ごしていた。

わたしは急ぎ布を持ち水で濡らして来ると、殿下に差し出した。

「布です、どうぞ、お身体をお拭き下さい」
「ああ、だが、おまえは後ろを向いていろ、年頃の娘がはしたないぞ」
「は、はい!後ろを向きましたので、どうぞ、ご安心下さい!」

わたしは慌てて後ろを向いた。
殿下はベルでピートを呼び、着替えを始めたので、
わたしはそちらを見ない様にし、テーブルに昼食を用意した。
昼食はボリュームのあるサンドイッチ、マッシュポテト、果実、紅茶だ。
サンドイッチは手を使うので、目の見えない殿下も気軽に食べられる。

「殿下、こちらが紅茶のカップです、真ん中はサンドイッチの皿です。
具はローストビーフと野菜です。こちらはマッシュポテト、奥が果実です」

「ああ、おまえは食べたのか?セレスティア」

「いえ、わたしは後で頂きます」

「次からは一緒に持って来い、二度手間では無いか」

「殿下とご一緒しても、よろしいのですか?」

うれしさに胸がときめく。
信じられず、つい、確かめる様に聞いてしまい、呆れられた。

「晩餐は一緒ではないか、今更何を遠慮しているんだ、変な奴だな」

「はい、そうでした」

わたしは緩んでしまう口元を押さえ、答えた。

夫婦と言えないまでも、友人の様に仲良くなれたら、どれだけ良いだろう…


◇◇


「殿下、庭に出られてみませんか?わたしがご案内致します」

気晴らしになれば…と、わたしはレオナルド殿下を散歩に誘ってみた。
殿下は皮肉に返す。

「目が見えぬ者が外に出て、何になるというのだ?見世物にしたいのか?」
「目が見えずとも、陽や風を感じる事は出来ます、
それに、新鮮な花の匂いを嗅ぐのはいかがですか?」
「ふん、そこまで言うのであれば、付き合ってやろう、セレスティア」

殿下が杖を持って立ち上がる。
腕を出されたので、わたしは「失礼します」とそれを取った。
すると、殿下は口を曲げた。

「一々、断りを入れるな、そういう卑屈な態度は不快だ」
「ですが、殿下は王族です、わたし如きが失礼にならないかと…」
「誰も咎めはせん、おまえは一応、俺の妻だ」

《妻》と認められた様で、わたしの胸に喜びが溢れた。
緩みそうになる口元を引き締めるのは無理で、感情を抑えるのも難しかった。

「それでは、レオナルド殿下、参りましょう」

わたしたちは腕を組み、部屋を出て、階段を降り、そして、庭に出た。

わたしは良く庭を散歩している。
だが、一緒に歩く人が居るだけで、その景色はまるで違って見えた。
それに、ずっと、ドキドキし、顔が熱い…

「セレスティア、おまえはよく散歩をしているのか?」

「はい、朝とお茶の時間の前には、庭や城内を歩いています。
自分が暮らす場所ですので、知っておきたいと思い…」

殿下が城内を独りで歩ける様に、探索している事は、ピートから聞き知っていた。
だが、庭を探索する事は、独りでは無理だろう。
その分、わたしが手助けをしたかった。

「ふん、良い心掛けだな…
僻地に嫌気が差し、逃げ出すかと思ったが…」

「わたしは王都生まれですが、家は郊外ですし、治安が良いとも言えません。
それに、わたしは昔から自然豊かな場所が好きです!心が洗われます!」

「ああ、その様だ…」

呆れた様に言われ、わたしはそれに気付き、口に手を当てた。

「自分の事ばかり話してしまい、申し訳ありません、こんな話、退屈でしょう…」

「いや、気にせずに話せ、気晴らしになる」

殿下の言葉に安堵した。
それに、自分の話を聞いて貰えるのもうれしかった。
わたしたちは、互いの事をまだ何も知らないのだから…

「殿下、こちらから裏庭までは、並木道になっております」

「並木か、涼しいな」

「はい、丁度木陰になっています。
幹は太くざらついていますので、お気をつけ下さい」

殿下は足を止め、それを手で確かめる。

「今は瑞々しい黄緑色の葉ですが、秋になると紅色になるそうです…」

「俺には見えぬ」

「ですが、想像は出来ますわ、
殿下は国中を周っておられますし、記憶を引き出す事も出来るのではありませんか?」

「成程な…そういえば、以前、立ち寄った時、ここは廃墟も同然だった。
おまえの目からは、廃墟に見えるか?」

「いいえ、手入れが行き届いていますし、楽園の様ですわ」

「ふっ、楽園は言い過ぎだ」

「そうかもしれません、ですが、本の挿絵に出て来そうな、とても素敵なお城ですわ」

レオナルド殿下は微笑み、頷いた。
優しい時間の流れを感じ、わたしの胸は満ち足りたのだった。

レオナルド殿下も、同じだといいけど…


この日以降、お茶の時間の前の散歩が、わたしと殿下の決まり事になった。


◇◇


バディの足が治り、わたしはレオナルド殿下にバディを紹介する事にした。

「そろそろ、あなたを殿下に紹介しておかなければね、バディ」
「オン!」
「大丈夫よ、殿下はきっとあなたを気に入って下さるわ!」

バディは短い尻尾を忙しく振った。
昼食を終え、片付けを済ませた後に、バディを連れ、再び殿下の部屋を訪ねた。

「殿下、セレスティアです、紹介したい者がおります、少しよろしいでしょうか?」

声を掛けると、少し沈黙があり、「入れ」と返事があった。
わたしはバディに、「大人しくね」と声を掛け、扉を開けて中に入った。
レオナルド殿下はいつも通り、長ソファの真ん中に座っていたが、
口元は引き締められていて、やや不機嫌そうだ。

昼食を一緒にした時には、機嫌は良かったのに…

「紹介したいなら、早くしろ!」

苛々とした声に、最初に会った頃の殿下に戻ってしまった気がした。
わたしは畏まって頭を下げた。

「お忙しい所、申し訳ございません、その、紹介したいのは、彼です。
実は、ここに来る途中に、馬車で足を轢いてしまい、放ってもおけず、
連れて来る事にしました。誰か、面倒見る者が必要でしたから…
無事に足も治りましたので、殿下にお引き合わせをしておこうと連れて参りました…」

わたしはバディの頭を撫でた。
バディはペロペロとわたしの手を舐める。
バディの機嫌とは逆に、今やレオナルド殿下からは怒りの様なものが発せられていた。

「フン、元大聖女はお優しいな、だが、その場合は金を渡し、町医者に預けるものだ。
わざわざ輿入れに連れて来るとは、おまえは馬鹿なのか?
それとも、その者を余程気に入ったのか?」

「申し訳ございません、殿下がそれ程お怒りになるとは思ってもみず…」

「怒ってなどいない、だが、何故今の今まで、誰も俺に話さなかったのだ!
大事な事を隠す者は信用出来ない、このまま雇ってはおけない」

これ程に大事になるとは思ってもみず、わたしは慌てた。

「皆が殿下にお話ししなかったのは、わたしから伝えているものと思われていたか、
大した事では無いとお考えだったからだと思います。
全ては最初に伝えなかったわたしの落ち度です、どうか、お許し下さい」

「大した事では無いだと!?妻が愛人を囲うのが普通だと言うのか!?」

「愛人!?殿下、バディは愛人などではありません…」

「おまえの事だ、どうせ友達だとか、保護者だとか、体の良い事を言うのだろう?」

「ええ、それは、そうなのですが…」

「それで、その者を、おまえは今まで何処に隠していたというのだ?」

「わたしの部屋です」

「なんだと!?」

突然、殿下が勢いよく立ち上がった事で、バディが「オンオン!」と吠えた。
その声に、殿下は冷静になったのか、怒りを鎮めた。

「何故、ここに犬がいる?」

「はい、殿下に紹介しようと連れて参りました、彼がバディです」

「犬?おまえは、何故先に、犬だと言わないのだ!俺を騙して楽しんでいたのか!」

殿下が今度は顔を赤くし、狼狽え始めた。
その珍しい姿に、わたしは茫然としつつ、頭を下げた。

「申し訳ございません、申したつもりだったのですが…」

「言っていない!
おまえの口からは、一言も《犬》などという言葉は出なかったぞ、元大聖女!」

「申し訳ございません…それで、バディはお気に召しては頂けないでしょうか?
とても賢い犬ですし、殿下をお守り出来ると思うのですが…」

わたしはバディを撫でる。
殿下は嘆息し、ソファに座り直した。

「どんな犬だ、大型犬か?」

「はい、大型です、毛は短く茶色でお腹の方は白色です、体はスレンダーで、
きっと、一緒に走れますわ」

「それはどうか分からんが…バディ、来い!」

殿下が呼び、わたしはバディに「行って」と合図した。
バディは殿下の元に走って行くと、足元で匂いを嗅いだ。
殿下はそっと、その体を撫でた。

「いい子だ、一度飼ったのならば、一生責任を持て。
バディ、俺に忠誠を誓うなら、ここに置いてやる」

「オン!」

「ありがとうございます!レオナルド殿下!」

室内では窮屈だろうという事で、庭に出してやると、バディは喜び駆け回った。
警備の者からも、「番犬になって丁度いいですよ」と喜ばれた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

本日をもって、魔術師団長の射精係を退職するになりました。ここでの経験や学んだことを大切にしながら、今後も頑張っていきたいと考えております。

シェルビビ
恋愛
 膨大な魔力の引き換えに、自慰をしてはいけない制約がある宮廷魔術師。他人の手で射精をして貰わないといけないが、彼らの精液を受け入れられる人間は限られていた。  平民であるユニスは、偶然の出来事で射精師として才能が目覚めてしまう。ある日、襲われそうになった同僚を助けるために、制限魔法を解除して右手を酷使した結果、気絶してしまい前世を思い出してしまう。ユニスが触れた性器は、尋常じゃない快楽とおびただしい量の射精をする事が出来る。  前世の記憶を思い出した事で、冷静さを取り戻し、射精させる事が出来なくなった。徐々に射精に対する情熱を失っていくユニス。  突然仕事を辞める事を責める魔術師団長のイースは、普通の恋愛をしたいと話すユニスを説得するために行動をする。 「ユニス、本気で射精師辞めるのか? 心の髄まで射精が好きだっただろう。俺を射精させるまで辞めさせない」  射精させる情熱を思い出し愛を知った時、ユニスが選ぶ運命は――。

【R18】国王陛下に婚活を命じられたら、宰相閣下の様子がおかしくなった

ほづみ
恋愛
国王から「平和になったので婚活しておいで」と言われた月の女神シアに仕える女神官ロイシュネリア。彼女の持つ未来を視る力は、処女喪失とともに失われる。先視の力をほかの人間に利用されることを恐れた国王からの命令だった。好きな人がいるけどその人には好かれていないし、命令だからしかたがないね、と婚活を始めるロイシュネリアと、彼女のことをひそかに想っていた宰相リフェウスとのあれこれ。両片思いがこじらせています。 あいかわらずゆるふわです。雰囲気重視。 細かいことは気にしないでください! 他サイトにも掲載しています。 注意 ヒロインが腕を切る描写が出てきます。苦手な方はご自衛をお願いします。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

処理中です...