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プロローグ

呪われた王子の憂鬱

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魔族が結界を破り、我がルーセント王国に攻め入って来たのは、半年前の事だ。
国中が混乱に巻き込まれ、戦火に包まれた。
王宮騎士団を始め、王宮魔術師団、駐屯の騎士団、傭兵、魔術師たちの活躍により、
国は守られ、そして聖女たちの力によって、強固な結界が張られた。
これにより、戦いは終息した。

だが、この戦いでは、大勢の民が命を落とした。
地は焼かれ、多くの血が流れ、家族、家、財産…全てを失った者たちも多い。
国は不況となり、民の苦しみは止む事無く、復興の道も遠かった。

命があっただけでも幸い___

確かにその通りではあるが、これを嬉々として口にしている者の多くは、
負った傷の少ない者たちだ。

『第二王子レオナルド様に勲章を!』
『身を挺して国を救って下さった英雄王子!』
『レオナルド殿下を称えよ!』

今の俺にとっては、そんな声も疎わしく、苛立ちにしかならない。

「調子の良い事を___!」


王宮騎士団の一つ、フェニックス騎士団の団長である俺は、
大戦の際、常に前線に立った。
国や民を守る事に躊躇は無かった。
魔族と対峙し、相打ちの様な形で目を奪われた時ですら、後悔は無かった。
命を落とす事も覚悟の上だった。
命が助かっただけでも幸いだと、あの瞬間、確かに達観していたのだが…

『団長!ご無事でしたか…うわああ!!』
『団長、怪我をなさったのでは…ひぃぃ!!』

俺を見た者たちは、皆、悲鳴を上げ逃げて行った。
皆、手当をするのを嫌がり、付き添う事を嫌がった。
俺が王子でなければ、捨て置かれていたに違いない。

「英雄が聞いて呆れる!」

俺は魔族に目を奪われた。
それは『言葉通り』で、俺の眼球のあった場所は、今や空洞となっている。
見た者の言葉によれば、それは《闇》らしい。
俺は盲目の上、異形となったのだ___

救いがあるとするなら、血が流れず、痛みすら無かった事だろう。
俺は他の者の目に触れない様、目に包帯を巻き、王宮に帰ったが、
王家では大騒ぎとなった。

「ああ、レオナルド殿下!何という悍まし…御労しいお姿に!」
「こんな事が知れたら、一大事ですぞ!」
「だが、殿下を始末する訳にも…」
「何分、我が国の王子ですし…」
「それに、殿下は英雄ですぞ!民に知れたら怒りを買うでしょう…」

俺の暗殺計画まで上がった程だ。

そんな中、俺の帰還を聞き付け、
婚約者であるダイアナ・コルボーン公爵令嬢が、俺を訪ねて来た。

「レオナルド様!ああ、何て御労しいお姿に!」

彼女は俺の足元に身を投げ出し、おいおいと泣き出した。
悲しんでくれていると思えば可愛気もあった。
だが、彼女は単に、状況を分かっていなかっただけだ。
それを証拠に、存分に悲劇に浸った後、彼女はケロリとして言ってきた。

「目は治るのでしょう?何故、早く聖女を呼ばないのですか?」

「既に診て貰った後だ、目は治らない、魔族に取られたのだからな」

「治らないなんて、どうしてです?きっと、我が国の聖女が無能なのですわ!
待っていて下さいませ、レオナルド様、直ぐに異国より大聖女をお招きしますわ、
父の力を持ってすれば、出来ない事はございませんの!」

ダイアナは耳障りなキンキンとした声で捲し立てた。
俺は耳を塞ぎたくなったが、心配して来てくれた者を前に、それは良く無いと自制した。

「無能ではない、誰がやったとしても無理なんだ、『取られた』のだからな…」

「分かりませんわ、私の父が足を折った時には直ぐに治りましたのよ?
それ程違いはございませんでしょう?あなたが治らない理由がありませんわ!」

ダイアナはどうあっても自分の常識を曲げないらしい。
俺は仕方なく、包帯を解き、見せてやった。
「目が無いのだから、治しようがないんだ」という俺の言葉は、
ダイアナの悲鳴により搔き消された。

「____________!!!」

バタン!ドタン!バタバタバタ!!

騒々しい音で、ダイアナが出て行ったのが分かった。

この日の夜、コルボーン公爵が城に上がり、婚約の解消を申し出て来た。
翌日には、ダイアナとの婚約は解消となった。

ダイアナとは政略結婚で、別に好きでも無かったが、
大戦が終息した後、結婚の運びに…という話だったので、やはりショックはあった。

「こうも、簡単に捨てられるとは…」

しかも、ダイアナは悲鳴を上げて逃げ出したのだ。
だが、男でも同じ反応をした者は居た。
ダイアナだけを責められない、
幾ら婚約者であっても、受け入れられないものもあろう。

「異形なのだからな…」

俺はこの先の自分を思い、憂いた。

いや、俺に《先》など無いだろう。

魔族に目を奪われた。
その時、王子としての俺は終わったのだ。
そして同時に、男としての俺も、人間としての俺も終わっていたのだ___

英雄だの、勲章など、声高く称えられて何になるというのか?

「何故、命を奪ってくれなかったんだ…!」

俺を苦しめたかったのか?





俺は絶望していたが、自ら死を選ぶ事は出来なかった。

俺はフェニックス騎士団を率いた、若き騎士団長だ。
これまで皆の手本となり、常に先頭を走って来た、その俺が…

「そんな惨めな事が出来るか!」

最初こそ、意地と自尊心だけで生きていたものの、
俺は次第に虚しさに心が苛まれていった。

部屋に閉じ籠り、人を寄せ付けなくなった。
いつも顔半分を覆う仮面を着けた。
たまに話すのは、側近のノーマン、密偵のザック位だ。

「ノーマン、皆、俺の事は何と言っている?」

「レオナルド様は病という事になっていますので、お気になさらなくとも良いかと…」

病か…
『呪われた』と言われていないだけマシか。
俺は「ふっ」と笑う。

「王子としての責務も果たせない、役立たずが、
何故未だに王城に住んでいるのかと、不満もあるんじゃないのか?」

「いえ、レオナルド様は国を救われた、英雄ですから…」

ノーマンの歯切れの悪さに、俺は真実を悟った。

「俺は王城を出ようと思う」

王城に居ても仕方が無い。
目障りにならない様、何処か僻地へ行き、ひっそりと静かに暮らすのが良いだろうと思えた。


俺は僻地にある、使われていない小さな城を思い出した。
小さな町の郊外、丘の上に立つ、古く寂れた城だ。
使用人が三人、四人位居れば十分だろう。

計画を練っていた時、宰相が俺を訪ねて来た。

「レオナルド殿下、この機に結婚をなさってはいかがですかな?」

「結婚などする気は無い」

そもそも、結婚する相手がいない。
何を分かり切った事を…
俺は苛々とし、『この話は終わりだ』と態度で示したが、
思いの外、宰相はしつこかった。

「英雄であるレオナルド殿下が結婚をされないとなれば、
第三王子フレドリック様の結婚が進みません故、考えて頂きたいのですが…」

「俺など気にする事もあるまい」

順番など気にせずに、勝手に婚約でも結婚でもすれば良い。

「いいえ、英雄であるレオナルド殿下を蔑ろには出来ないと、
フレドリック殿下も気にしておいでです」

あのフレドリックが気になどするものか!
フレドリックを良く知る俺は、鼻で笑った。

第三王子フレドリックは凡庸で、知性では第一王子ガブリエルに敵わず、
剣技では俺に敵わないと知ると、神に仕える道に進んだ。
だが、勉強や努力が嫌いで、遊びに興じていた為、神学校を卒業するのもやっとだった。
その後、王家の力で司教補佐の座に就くも、大戦に駆り出される事を恐れ、
病と偽り王城に隠れていた様な奴だ。
自己愛が強く、世渡りだけが上手い。
その上、目立つ事が好きで、頭が軽い。
戦いが終わったと知るや否や、ケロリと姿を現し、「復興」だの「世直し」だのと
調子の良い事を声高らかに言って周っているらしいが、
その実、他人の事に然程興味はない___

俺も王太子も、フレドリックの性質を良く思っていなかった。
フレドリックも同じで、俺たちを毛嫌いし、顔を合わせない様にしていた。


「レオナルド殿下、結婚は王子としての責務でございます故…」

尚も食い下がる宰相に、俺は面倒になり、条件を付けた。

「ならば、二週間以内に相手をみつけてこい。
但し、俺の顔を見て悲鳴を上げ逃げ出さない者だ。
俺と結婚したいという物好きが居れば、結婚してやろう」

二週間と言ったのは、王城を出る日が、その数日後だからだ。
それまでに、面倒な事は片付けておきたかった。

俺の顔を見て逃げ出さない者など居ないだろう。
俺の顔を見て、尚も結婚したいというのであれば、その根性に免じて結婚してやってもいい。

「その様な者は居ないだろうが___」



《プロローグ:終》
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