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6 オースティン

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◇◇ オースティン ◇◇


『僕が君を雇うよ、丁度探していた所なんだ…僕の護衛を』

俺、オースティン・カーライルは、ひょんな事から、ウイル・ダウェル伯爵子息に雇われる事となった。

事の始まりは、俺が王立貴族学院に入学してからだ。
俺の父親であるカーライル伯爵は、穏やかでお人好しで、平穏を好む人で、
俺の母親であるカーライル伯爵夫人もまた、元深窓の令嬢という事もあり、何処かのんびりしていて世間知らずだ。
年の離れた妹は十歳そこらで、家庭教師は付いていても、まだまだ無邪気な小娘だった。

家族はこんな風だし、俺は生まれた時から《跡継ぎ》だった為、しっかり者に成長した。
何と言っても、両親は騙され易く、乗せられ易い上に、金勘定がザルだった。
俺は両親が法外な値段で物を売り付けられそうになれば、阻止したし、
叔父パトリックの持って来る「うまい話」には、絶対に乗らない様に煩く言っていた。

俺は剣術や格闘技、体を動かす事が好きで、小さい頃は騎士団に入るのが夢だったが、
跡取りだし、両親に任せていれば伯爵家を潰し兼ねない為、王立貴族学院で経営を学ぶ事にした。

だが、俺が館を離れたと知るや否や、パトリックは度々伯爵家を訪れては、隙を見て財産を引き出す様になった。
父が気付いた時には、既に遅く、かなりの額を使い込まれていた。
あの父親なら、「気付いただけでも凄い」と褒めたくなるが、正直、話を聞いた時には、そんな余裕は無かった。
俺は学院を辞める事にし、直ぐに館に戻った。
だが、性根の悪いパトリックは、俺が戻る間に、財産と金目の物を根こそぎ持って、行方をくらませていた。
パトリックを追っても、労力と金が掛かるだけで、財産や金品が戻るとは思えず、野放しにするしか無かった。

伯爵家を維持していくだけでも金が掛かる。
領地から得られる収入があり、何とか暮らせる程度だ。
俺は家の状況を両親に話し、出費を抑える様に煩く言った。
危機感を持って貰う為、多少、脅しておいた。

そして、俺は手っ取り早く金を手に入れる為、傭兵となり、戦地へ行った。
そこはならず者たちの集まりで、最初は苦労したが、一月もすれば慣れるもので、一年が経つ頃には、すっかり馴染んでいた。
昼間は戦い、夜は酒を飲み、賭け事をする。
俺は賭け事に強かったが、あまり勝ち過ぎると目を付けられるので、そこそこ勝って、そこそこ負けていた。
人を見る目も養えたし、それなりに経験豊富な者も多く、気に入られれば、タダで剣を習う事も出来た。

戦が終わるまでは帰る事は出来ない為、妹が重い病に掛かったと知った時には、既に半年が過ぎていた。

両親は妹の病を治そうと、奔走していた。
だが、あの両親だ。
両親は巷の噂を信じ、藪医者に大金を払い続けていた。
結果、妹の病は良くなる事は無く、家に多額の借金が出来ただけだった。

両親の、「伯爵家を潰してでも、娘を救いたい」という思いには胸を打たれたが、何とも方法が悪い。
このままでは、妹を救う所か、一家全員野垂れ死にだ。

俺は館を売り、借金を返済する様に勧めた。
両親は既に生気が無く、「おまえの好きにしなさい」と投げやりだった。
俺はなるべく高く買ってくれる者に売る事にし、家族で田舎の別邸に移った。
藪医者とは縁を切らせたが、どの医者に診せても、あまり変わりは無かった。

館が売れて、何とか親戚たちに借金を返す事は出来たが、妹の治療費が掛かる。
俺は近場で金になる仕事を見つけようとした。
だが、この状況を何とかしたいと思ったのだろう、俺の目を盗み、父が動いた。
「あそこなら、直ぐに貸してくれる」という話を聞き、高利貸しから金を借りてしまったのだ。
それに気付き、直ぐに元金を返させたが、利子は残り、それは直ぐに膨れ上がった。
兎に角、直ぐに返さなければ借金が膨れるだけなので、再び親戚に金を借りる事にしたが、館も手放した今となっては、既に信用などなく、貸してくれる者はいなかった。

この際、金を貸してくれるなら、誰でも良かった。
手当たり次第に声を掛けていく中、学院時代の友人を思い出した。
王立貴族学院に通う生徒は、裕福層が多く、友人たちも例に違わず、裕福だった。
学院を卒業し、大成した者もいるだろう。

誰か一人位、貸してくれるかもしれない…

そして、あの夜___

俺は一着だけ持っているタキシードに着替え、パーティに潜り込む事にした。
正式に招待されていないが、パーティでは何処の館でも警備は手薄で、潜り込む事は簡単だった。
「誰かしら見つけられるだろう」と物色していた時、最初に目を留めたのは、
白金色のふわふわとした髪に、上品なタキシードを纏った、スラリとした男だった。

「あいつは…」

あの頭に何処か見覚えがあった。
遠くからではあるが、その綺麗で優し気な顔を見て、直ぐに思い出した。

ウイル・ダウェル伯爵子息___!


ウイルは俺とは同学年で、王立貴族学院での成績は、常に上位だった。
上位の者は、本人は知らなくとも、周囲は注目するもので、俺の耳にも噂は届いていた。

「すげーな、あいつ…」
「めっちゃ頭いいらしいぜ」
「顔も良いし、将来有望だって、女子部の奴等が騒いでたぜ」

王立貴族学院には、小規模ながら女子部もある。
校舎は違うが、共同棟もあり、食堂等は一緒に使うので、顔を合わせる事もあった。
尤も、興味はあっても、声を掛ける様な猛者はいない。

綺麗な顔してるし、そりゃ、人気だろうなと思っていたが、
女子たちと楽しそうに話している姿を目の当たりにして、少しばかり、ガッカリした。

「意外と軽薄なんだな…」


俺の成績は中間で、俺とウイルがブッキングする事はほとんど無く、
寮の部屋も離れていたし、友人も違っていた。
唯一の接点は、登校時にウイルが、いつも俺より少し先に校舎に入っていた、という事位だ。

俺は朝が弱く、起きるのもギリギリで、寮から校舎まで走る事になる。
一方、ウイルは右足を悪くしているので、時間を掛け、ゆっくりと歩いて登校していた。
段々と近くなる、そのふわふわとした後頭部を見るのが、日課だった。
あいつがいるなら、まだ間に合うか…と、目安にもしていた。

ウイルとまともに話したのは、あの日だ…

家からの手紙で状況を知り、学院長に退学を申し出た帰りだ。

「オースティン!学院を辞めるって本当なの?」

突然、後ろから声を掛けられ、少なからず驚いた。
そして、足を引き摺りながら走って来た彼を見て、声を掛けて来たのがウイルだったと知り、更に驚いた。
一度も話した事すらないのに…
困惑しつつ、俺は「ああ」と答えた。
ウイルは真剣な表情で、まるで旧知の仲の様に、捲し立てて来た。

「もう直ぐ三年生も終わるのに、勿体ないよ!
どうにか出来ないの?何かあるなら、僕も力になるよ!だから、もう少し考えて…」

自分の為に言ってくれている事は分かる。
だが、この時の俺に、それを受け止められる、心の余裕は無かった。

酷く苛立った___

勿体ない?そんな事は百も承知だ。
どうにか出来るなら、学院を辞めたりはしない。
たかが、貴族子息にどんな力があるっていうんだ!
俺はしっかり考えて、結論を出したんだよ!!

「おまえには関係ない、余計なお世話だ」

怒りを含め、低い声で絞り出した。

彼は、泣きそうな顔をしていた。

俺は、少しだけ、後悔した…

「どうせ、学院なんて、最初から通う気は無かったんだ」

強がりだった。
希望を全て絶たれた者の言う、強がりだ。

自分の事など、忘れて欲しかった。

「まー、直ぐに忘れるか」

自嘲した。


思い出したくない事を思い出し、俺は人混みに紛れ込んだ。

あいつにだけは会いたくない___

だが、思いとは裏腹に、何処へ行っても、ウイルの噂が耳に入って来る。

「まぁ、ダウェル伯爵子息が来ているわ!」
「相変わらず、素敵よね~」
「あれが噂の、ステインヘイグの救世主か!」
「ええ、ステインヘイグは彼が作った町と言われているのよ…」
「優秀だな、是非、娘と結婚させたい」
「あら、狙っている令嬢は多くてよ?」

ウイルの活躍は、これまでも何処からともなく聞こえてきていて、俺も耳にしていた。
学院を卒業し、祖父の遺産を引き継ぎ、たった二年で寂れた町を有名にした___

「ウイルなら、その位はするだろう…」

当然という気持ちでありながらも、敗北感は拭えず、モヤモヤとした。
どうせ、俺は狭心だよ…

「スティーブン!おまえ、スティーブンだろう?」

俺は見知った顔を見つけ、声を掛けた。
男は訝し気に俺を見たが、「オースティンだよ、学院で一緒だった」というと、「あー」と思い出した様だ。

「スティーブン、久しぶりだな!少しいいか?」

俺はスティーブンを中庭に連れ出し、学院時代の思い出を話した後、金の無心をした。

「あー、聞いてるぜ!何か、ヤバイ病気らしいじゃん?
あれだけあった土地も全部売ったんだってな、オースティン」

スティーブンがニヤニヤと意地悪い笑みを見せる。
まるで、猫が鼠を甚振ろうとしているかの様だ。

こいつ、こんなヤツだったか?
時間は人を変えると言うが、それにしても、残念な変貌だ。

「ああ、妹の治療費が必要なんだ、少しでいい、用立てて貰えないか?」

「死に掛けの妹の為に、大変だねー、そんなに困ってるなら、爵位を買ってやろうか?
まぁ、然程価値もないだろうから、二束三文だけどな」

売る訳ねーだろう!と、怒りが込み上げたが、何とか抑えた。
それに、正直、爵位にしがみ付く理由は、父にはあっても、俺には無い。

「爵位は、売るつもりはない…」

「じゃー、貸すのは止めた、どうせ貸したって返って来ないんだろう?
カーライル伯爵家は借金を返す為に借金をしてるって、噂だぜ」

良く知っている様だ。
どうせ、親戚連中が面白おかしく話したのだろう。

「けど、気の毒だし…」と、スティーブンがズボンのポケットからコインを取り出し、足元にばら撒いた。

「這い蹲って拾えよ、全部拾えたら、1バランやるよ」

1バランは小遣い程度だ。
屈辱を味わせるつもりか?
だが、気分が良くなれば、油断して財布の紐も緩むかもしれない。

それに、妹の為なら、何でもすると決めたんだ___!

俺は迷う事なく、その場に膝を付き、芝生に手を這わせ、コインを拾い始めた。
だが、その時、誰かが近くで同じ様に膝を付いたのが分かった。
顔だけを向け、それが、ウイル・ダウェル伯爵子息だと気付いた。

「おい…」

一体、どういうつもりなのか…
責める様に見たが、ウイルは気にせずにコインを集め、「はい!」とスティーブンに突き出した。

「これで、1バランくれるんだよね?丁度、酒でも飲みたい気分だったんだ」

ウイルがにこやかに言うと、当てが外れたスティーブンは、
「冗談に決まってんだろ!」と背を向け、足早に去って行った。

「おい、邪魔するなよ!」

思わず俺はウイルを責めていた。
だが、やはり彼は明るい表情で、「ああ、ごめんね」と肩を竦めただけだった。

こっちの事情も知らないで…!!

俺は拳の中のコインをギリギリと強く握っていた。

「話が聞こえたんだけど、妹が病気で治療費を必要としてるんだよね?」

男にしては高めで穏やかな声で言われると、まるで天気の話に聞こえてくる。
すっかり荒んだ気持ちになっていた俺は、鼻で笑った。

「おまえが貸してくれるのか?聞いていたなら分かるだろうけど、返す当てはないし、返すつもりもない。
こっちは、借金の返済に借金を重ねてるんでね。
ついでに言うと、借りる当てもあいつで最後だったんだ…」

おまえの所為だ!と嫌味を込めて言ったが、全く通じておらず、流された。

「彼はどういう知り合いなの?」

「学院時代の友人」

「君の友人を悪く言いたくないけど、あんな意地悪な人から借りても、碌な事は無いよ?」

全くその通り!とは思っていても言いたくなかったので、俺は唸った。

「いいんだよ、取り敢えず、金になりゃー…」

「そう、だったら、僕が貸してあげるよ」

「は?」

いとも簡単に言ってくれる。
俺がどれだけ苦労して金を掻き集めているかも知らずに…
俺の中で怒りが燃え上がった。

「おまえ、聞いてたか?俺は返す当ても、返すつもりもない!」

堂々とこんな宣言をしている自分は、どうかしていたに決まっている。
だが、ウイルは辛抱強く相手をしていた。

「それじゃ、僕が君を雇うよ、丁度探していた所なんだ…僕の護衛を」

「悪いが、こっちは大金が必要でね、護衛なんて割りに合わない」

商人の荷物を守る護衛ならばまだしも、貴族子息の護衛等、ただのお飾りだし、薄給だ。
傭兵に戻った方がまだ稼げる。

「必要なだけ貸すよ、早く返したいなら、護衛だけじゃなく、何でもやって貰う。
医師の知り合いもいるから、妹さんに良い医者を紹介出来るよ。
金銭的に余裕が出来れば、妹さんも安心出来るんじゃない?」

痛い所を突いて来る。
流石、ウイル・ダウェル伯爵子息だ___

ザワザワ…
俺の胸の中を表しているかの様に、葉が音を立てる。

有難い申し出だ、乗らない手はない。
それなのに、どうして、この口は開いてくれないのか…

「君の最後の頼みを、僕が邪魔してしまったし、責任を取るよ。
それとも、僕よりも良い条件を出す相手がいる?」

完敗だ___
俺は負けを認め、息を吐き出した。

「いや…責任を取りたいなら、取らせてやってもいい」

俺とは違い、ウイルの顔には明るい笑みがあった。

「決まりだね!三日後、カーライル伯爵家に行くよ、詳しい事はそこで___」



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