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僕が恋をした相手は、オースティン・カーライル伯爵子息。

僕と同じ十二歳。
剣術、格闘技が好きで、将来は騎士になりたいと思っているが、
カーライル伯爵家の長男、跡取り子息なのでそれは叶わないだろう___

僕はあれから令息たちの集まりには顔を出す様にして、彼の事を探った。
そして、彼が来ていれば、声を掛けようとその周辺をウロウロとした。
だけど、結局、声を掛ける事は出来なかった。

前世のトラウマから、相手から何と言われるかと不安になり、構えてしまうのだ。

変に思われないか?
罵詈雑言を浴びせられるのではないか?
それに、下心のある友人なんて、彼だって欲しくないよね…

卑屈になり、ただ、遠くから眺めるだけだった。


十五歳になる年、『オースティンが王立貴族学院を受験する』と聞き、自分も!と、家族を説得して受験した。
結果、オースティンも僕も、見事、入学許可を貰い、王都にある王立貴族学院に通う事となった。

王立貴族学院のクラス分けは成績順で、僕は入試が五番だった為、Aクラス。
オースティンはCクラスで、教室は見事に離れてしまった。
合同の授業でも被らず、選択教科でもほとんど被っていない。

寮は一緒だが、完全個室で、三階の端と端で遠かった。

環境には恵まれなかったが、僕はいつ如何なる時も、彼の姿を探した。

オースティンは朝が弱いらしく、朝食は食べず、登校はギリギリだった。
僕はなるべくゆっくり支度をし、食事をして、彼が起き出す頃に寮を出る。
『今頃は、慌ててるかな~?』なんて想像しつつ、校舎に向かい、
校舎に入った時位に、彼がバタバタと駆け込んで来る。
周囲に生徒はいない、声を掛けるなら《今》だ___
そう思いながらも、やはり声を掛ける事は出来ず、その背中を見送ってしまう。

食堂ではなるべく近くの席を確保したし、移動教室には必ず彼の教室を覗く。
遠くからでもその姿を見つけると、その日は一日中ハッピーだった。

そんな感じで、あっという間に三年近くが過ぎた。
来年から専門課程に入る為、進路を考えなければいけない。
だけど、僕の頭にあるのは、オースティンの事だけだった。

「今度こそ、同じクラスになりたいな…聞いてみようかな?
進路を聞く位、別に、変じゃないよね?」

勇気を出して聞いてみよう!
そう意気込んでいたのだが、行動に移す前に、オースティンが学院を去る事になった。


「オースティン・カーライルが学院を辞めるってさ…」

廊下を歩いていた時、そんな会話を耳にして、僕は足を止めた。

「学院を辞める?どうして!?」

「詳しくは知らねーけど、家庭の事情とからしいぜ」

僕は居ても立っても居られず、オースティンを探した。
そして、彼を呼び止め、それを聞いたのだった。
いつもならとても話し掛けるなんて無理だっただろう。
この時の僕は、過去の教訓全てが、吹き飛んでいたのだ___

「オースティン!学院を辞めるって本当なの?」

オースティンは顔だけで振り返り、少し不機嫌そうな顔で「ああ」と答えた。

「もう直ぐ三年生も終わるのに、勿体ないよ!
どうにか出来ないの?何かあるなら、僕も力になるよ!だから、もう少し考えて…」

「おまえには関係ない、余計なお世話だ」

冷たい声にビクリとした。
その緑色の目も酷く冷たいものだった。
オースティンは、普段は気さくで陽気で、良く笑う印象があり、こんなに冷たい姿は見た事が無かった。
僕が固まっていると、彼はさっと背を向けた。

「どうせ、学院なんて、最初から通う気は無かったんだ」

そう言い残して、去って行った。

僕はショックだった。

前世で彼に罵倒された時と同じ位、ショックだった。

「怒って、当然だよね…僕が、余計な事、言っちゃったから…」

嫌われちゃった___!!

オースティンの事を心配するよりも、ただ、僕は自分が嫌われた事に傷つき、泣いていた。

ああ…
僕はどうして、こんな風なんだろう?

好きな人を元気付ける事も出来ない、力にもなれない。
怒らせて、嫌われて…
こんな自分なんて、大嫌いだ___!!





その後、僕は落ち込み、そして、無心に勉強していた。

僕が経営学部に進んだのは、オースティンの家、カーライル伯爵家が金銭的に困っていると聞いたからだ。
噂によると、オースティンの叔父が伯爵家の財産を使い込み、伯爵が気付いた時には、財産は底をつきかけていたそうだ。
オースティンが学院を辞めた理由も、学費や寮費が高額だったからだ。

オースティンは学院を去ってしまったが、いつか、彼の役に立てたら…

「また、余計なお世話だと言われるかな…」

それを考えると怖い。
それでも、助けられる自分になりたかった。

助けられる力が欲しい!!

今度は絶対に力になるから___!


◇◇


僕が学院を卒業した年、ダウェル伯爵である、僕の祖父アドルフがこの世を去った。

祖父は僕を溺愛していたし、僕を良く分かっていた。
継承権を弟に渡す代わりに、僕が相応の遺産を受け取る手続きをしてくれていた。

この頃には、母は完全に僕を嫌っていたし、弟妹を溺愛していた為、
「家を出る」という話をしても興味なさそうだった。

「何かあればこちらから連絡するわ」

『それまでは帰って来るな』という事らしい。
父は跡取りでなくなった僕に対し、やはり興味はなく、「ああ」と言っただけだった。
元々、《家》の事以外、興味のない人だ。
弟と妹は母に習い、僕の事は以前に増して軽視していた。

「あんな田舎の土地を相続するなんて、可哀想ー、あたしなら絶対断るけど!」
「兄さん、もう隠居するの?僕の為に悪いねー、けど、僕らの事は頼らないでくれよ」

散々だが、これで後腐れなく家を出られるというものだ。
僕は晴れ晴れとした気持ちでいたが、水は注されたく無いので、
表向きは神妙な顔をして家を出た。





僕は祖父から受け継いだ、ステインヘイグという町の丘に移り、家族とは連絡を絶つ事にした。
ハートヒルと呼ばれる丘一帯が僕の土地で、広い草原、果実や木の実の採れる森、それに牧場もある。
木立の中、町を見下ろす様に建つ、歴史を感じる小さな館が我が家となった。

森や牧場は町の人を雇い、管理して貰っている為、特に問題は無かったが、
町自体は活気がなく、寂れている様だった。

「遣り甲斐がありそう!」

僕は町の改革に着手する事にした。
《町の為》という事もあるが、その実、《財を得る為》に他ならない。

収穫があっても、買う者がいなければ、無駄になる。
収入が管理費等を上回らなければ、財は減って行く一方だ。


ステインヘイグは、三方を山に囲まれている。
地形や歴史を辿り、温泉源があると見た僕は、目を付けた土地を買う事にした。

幸い、僕には祖父の遺産で、資金は十分にあったし、
町の領主は祖父の親しい友人で、僕の望んだ土地が郊外という事もあり、捨て値で手に入れる事が出来た。

「人を雇って、掘ってみたいんです」というと、領主は「何も出ないよ」と笑っていた。

町の人たちも、皆懐疑的だった。
金銭で雇われているとはいえ、辺鄙な土地を掘らされるのだから、文句も多かった。
だが、実際に温泉が出れば、それは一転、喜びに変わった。

僕はこの結果を持ち、領主に計画を持ち掛けた。
僕が投資をし、水路や道を整備し、宿屋を増やし、大きな市場を作る…
近隣の大きな町から人や商人を呼び込み、金を使って貰う。
僕の土地で採れるものも捨てずに金になるし、町も潤う。

領主は僕が投資するというのを気に入り、任せてくれる事になった。
領主としても、先祖代々引き継いできただけで、貧しく生産性の乏しい町は、お荷物だったのだ。


そうして、二年が経つ___
今やステインヘイグは、賑やかな観光地へと変貌を遂げていた。

町は綺麗に整備され、大通りには綺麗な宿屋が並び、町の中心には大きな広場があり、
噴水が勢い良く水しぶきを上げ、市場が建ち並ぶ。
牛や豚は太り、肉やチーズは品質も良く高値で売れる。
他の農産物も実りが良く、宿でも提供される為、「ステインヘイグは食事が美味い!」と評判だった。

景観が良い場所には、眉唾の伝説を持たせ、名所にした。
だが、やはり、郊外の温泉施設、温泉宿が一番有名で、皆はこれを目的にステインヘイグを訪れる。
そして、来た者は誰もが立ち寄る場所となっていた。

最近では、貴族たちが別邸を建てたがり、土地は驚く程高値になっていて、領主も満足していた。
これまで領主は、どうしてもという用の無い限り、ステインヘイグには足を運ばなかったが、
今では自分の館の側に温泉を掘り、館を修繕し、長期滞在をするまでになっている。

僕は最初の投資を回収出来、年々収入の増える見込みがあった事から、
後の事は領主や町の人たちに任せ、祖父から継いだ館でゆったりと過ごしていた。

「次は馬を育ててみようかなー」
「それとも、芸術家に投資しようかなー」
「新しいメニューを考えるのもいいかもね」

前世の僕の趣味は、料理と登山だった。
この足では登山は難しいが、料理ならば自由に出来た。
勿論、伯爵家にいては絶対にさせて貰えなかっただろう。

「独り暮らしは最高だなー」

僕は早速、調理場に向かった。


「グレッグ、調理場を借りるよ」
「どうぞ、使って下さい、ウイル様」

料理長のグレッグは、丸い顔に大きな笑みを見せた。
彼は僕が料理をする事は知っていて、好きにさせてくれる。
食べて感想を聞かせてくれる事もあるし、アドバイスをくれる事もあり、良き理解者だ。

グッ!グッ!グンッ!

パン生地を捏ねながら、僕の頭には、黒髪に緑の目の男の姿が浮かんでいた。

別に、今、突然に…というのではない。
温泉を掘っていた時も、町の改革に奔走していた時も、何をしていても、僕の頭の片隅にはいつも彼がいた。

オースティン・カーライル伯爵子息___

彼が学院を辞めて以降、会う事は無かった。
カーライル伯爵家の人たちは、社交界から一線を引いていた。

僕は月に一度は貴族のパーティに赴き、町の宣伝をする…という名目で、
カーライル伯爵家の情報を集めていた。

オースティンの叔父パトリックは、悪事が露見したと知ると、
財産や金目の物を根こそぎ持ち出し、行方をくらませた。
オースティンは、手っ取り早く金になるからだろう、傭兵となり、戦地に行き、
カーライル家はオースティンからの仕送りもあり、何とか暮らしていた。
だが、昨年、オースティンの六歳下の妹リリアンが重い病に掛かり、
治療費が高額な事から、借金を重ねる様になった___

僕には、カーライル伯爵家を援助する金は十分にあった。
だが、それを申し出る事は難しい。

僕とオースティンは友達ですらなく、援助を申し出るには不自然過ぎた。
それに、また、「余計なお世話」だと跳ね付けられるのが怖かった。
それで、ただ、傍観するしかなかった。

「ああ、僕ってなんて、情けないんだろう…」

自分で自分に失望する。
これは、前世から変わっていない、僕の悪しき性格だ。

生まれ変わるなら、自分ではない、自分になりたかった…
女性を好きになり、恋愛をし、結婚して、温かい家庭を持つ。
それが、どうしてこれ程までに、難しいのだろう___

「《僕》には無理みたいだ…」

好きな人を助ける事さえ出来ず、ただ、指を咥えて眺めているだけ…

僕は捏ね上がったパン生地に濡れた布を被せ、嘆息した。

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