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本編

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ミーファの忠告通り、わたしはジョルジュとの関係を終わらせようと考えた。
だが、どうやって終わらせれば良いのか分からなかった。
それに、ジョルジュの様子も変で、わたしたちの間にはぎこちない空気が流れ始めた。

いつもであれば、ジョルジュはユーグを誘うのに、
ユーグに来て欲しくないという態度を見せる様になった。
それに、妙に苛々とし、神経質になっている。

ある日、ジョルジュがわたしに、両手一杯の深紅の薔薇の花束を渡して来た。
薔薇たちの悲鳴にわたしは胸を痛めた。

「君に良く似合うよ、エリーズ」

「ジョルジュ、あなたも知っているでしょう?わたしは妖精なの、
花の声が聞こえるのよ…」

「へー、何て言っているの?」

ジョルジュはにこやかに訊いてくる。
わたしの正体を知りながらも、彼には想像が付かないのだ…
わたしは酷くガッカリした。

「ジョルジュ、わたし、あなたとは一緒になれないわ。
わたしたちは違い過ぎるもの、ごめんなさい、ジョルジュ…」

わたしは別れを告げたが、ジョルジュは納得しなかった。

「何を言うんだよ、エリーズ!
違っているからこそ良いんだよ、お互い刺激になるじゃないか!
それに、僕たちは恋人なんだし、分かり合えるよ…」

「ジョルジュ、もう、恋人では居られないの…」

「冗談は止めてくれよ!僕は君の為に、両親を説得したんだよ?
君と結婚すると皆にも話しているんだ!これは決定事項なんだ!」

結婚!?
望んでいた事だというのに、わたしは酷く驚き、そして恐怖を感じた。

「ごめんなさい、あなたには本当に申し訳ないと思っているわ、でも、結婚は無理よ…」

「今になって、そんな事が許されると思っているのかい?
愛を誓っておいて、妖精はいい加減なんだな!
僕は人間だから、人間の流儀でやらせて貰うよ、エリーズ…」

ジョルジュが強引にわたしの腰を抱き、花束越しにキスをしてきた。
わたしはぞっとし、「いや!!」と、振り払っていた。
抱えていた深紅の薔薇は落ち、一面に広がった。

「僕を避ける理由は、ユーグか?」

言い当てられ、わたしは息を飲んだ。

「フン、君はとんだ尻軽女だな、エリーズ!
だけど、そんな女、ユーグは好きにならないよ、ユーグが好きになる女は、
もっと上品な女性なんだ、君じゃ無理さ、いや、確実に嫌われるね!」

ジョルジュの言葉は、わたしの胸を抉った。

「エリーズ、この夏の間だけ、僕の恋人でいてくれるなら、
ユーグには内緒にしてあげるよ。ユーグに嫌われたくないだろう?」

ユーグに嫌われるのは嫌だ。
だけど、気持ちがはっきりとした今、ジョルジュの恋人で居る事も嫌だった。

「ごめんなさい、ジョルジュ、無理よ…」

「それなら、恋人の振りだけでいいよ、エリーズ。
僕にだって面子があるんだよ、僕の為にもその位はしてくれたっていいだろう?」

ジョルジュにしつこく食い下がられ、わたしは結局、それを飲んでいた。

「この夏の間だけ、恋人の振りだけで良ければ…」

「ありがとう!エリーズ!」

ジョルジュは途端に笑顔になり、わたしの頬にキスをした。
彼が立ち去り、わたしは地面の上で悲鳴を上げている花たちを拾った。


◆◆


ジョルジュはわたしと二人で出掛けたがった。
わたしはジョルジュに従いながらも、気持ちは沈んでいた。
だが、ジョルジュに告白され、それを喜んで受けたのは自分だ。
彼とは結婚まで考えていた。
『気が変わったと反故するのはいい加減だ』と言われると、間違っていない気がした。
けじめは付けなくてはいけないと自分に言い聞かせた。


パーン。
パーン。

ジョルジュと小道を歩いていた時、何か恐ろしい音がし、わたしは足を止めた。

「何かしら?」
「誰かが銃を撃っているんだよ、近くみたいだな…」
「銃ですって!?」

人間が作り出した恐ろしい武器だ。
そんなものを、森林の近くで撃つなんて!
わたしは「止めさせなきゃ!」と向かおうとした矢先…

「ジョルジュ!」

ユーグの声がし、わたしは反射的に足を止めた。
後ろからユーグが駆けつけて来たのだ。

「誰かが銃を撃っているのか?」
「多分ね、近くみたいだから行ってみようと思っていた所だよ…」
「俺も行くよ、エリーズは来ない方がいいんじゃないか?」

ユーグがわたしに言わずに、ジョルジュに向かって言った事に、
わたしは少なからず傷付いた。

「ああ、そうだね、エリーズ、君はここで待っていてよ」
「わたしだけ仲間外れなんて嫌よ!わたしも行くわ、わたしも気になるもの」

わたしはムキになり言い返すと、走り出した。

三人で向かっていると、草原に的を置き、銃を撃っている者たちがいた。
祭りの時に会った、ピエールと仲間の女性二人だ。

パーン!

鋭い音に、わたしは耳を塞いだ。

「どうだ!見たか、俺の実力を!!」
「流石、ピエールね!」
「あなたに勝てる人はいないわ!」

はしゃいでいる三人に、ジョルジュが声を上げた。

「君たち!銃を撃つのは止めてくれ!」
「堅い事言うなって、ただの試し撃ちだろ…おお?
誰かと思えば、祭りの時は世話になったな、エリーズ!
俺たちと一緒に来るなら、止めてやってもいいぜ?」

ピエールがわたしを見てニタリと笑う。
ジョルジュがわたしを背に庇ってくれた。

「嫌よ!野蛮な人は嫌いだもの!」

「それなら、黙って見てるんだな!おっと、手が滑った!」

ピエールが明後日の方向に向け、銃を撃った。

パーン!!

「キャン!!」

高い声がし、わたしはギクリとした。
いや、ここに居る者たちは皆、同じだった。

「やだ!人撃っちゃったんじゃない?」
「ヤバいよー、ピエール!」
「いいから、逃げろ!!」

ピエールたちがバタバタと逃げて行く中、ユーグが声のした方に走って行った。
わたしも彼の後を追った。

「大丈夫だ、直ぐに助けてやるからな…」

ユーグは躊躇いも無くシャツを脱ぐと、それを包み、慎重に抱き上げた。
覗いてみると、それは小さな…黒い子犬だった。
その足からは、血が流れている。

「可哀想な子…今、血を止めてあげる」

わたしは先の尖った小枝を拾い、自分の人差し指の先を切った。

「エリーズ!何を…!!」

指から赤い血が溢れ、子犬に滴り落ちると、金色の光が子犬の体を包んだ___
少しするとその光は消え、子犬がひょこりと顔を起こした。

「キャンキャン!」

元気に鳴き、ユーグの腕の中で小さな尻尾を振っている。

「可愛い子ね!」

わたしは指先を、ペロリと舐め、血を止めた。

「エリーズ…今のは…魔法か?」

ユーグは茫然とした顔をしていた。
彼には妖精である事を教えていなかったので、驚くのも無理は無い。
わたしは小さく微笑んだ。

「魔法とは少し違うわね…
わたし、人間では無いの、妖精、エルフよ___」

わたしは大きく頭を振る。
ストロベリーブロンドの髪が空を舞うと、わたしの長い耳が現れる。
呪いで隠していた耳を解放したのだ。

わたしはユーグにも、妖精の国の事を話した。
彼がどう思うか分からず緊張したが、ユーグは特に詰ったり、侮蔑したりはしなかった。

「王女の血には、病や傷を治す力があるの、但し、条件がある…」
「条件?」
「一時期を過ぎたら、この力は失われるの、今だけの力よ」
「処女?」

本質を突かれ、わたしは思わず両手でユーグの口を塞いでいた。

「ユーグ!掟を軽々しく言葉にしてはいけないわ!」

動揺しているのはわたしだけで、ユーグは平然としている。
もう!!腹立たしかったが、ユーグが「悪かった」と言ってくれたので、
わたしの溜飲は直ぐに下がった。

「エリーズのお陰で助かったな、チビ」

ユーグが彼の腕の中の子犬に言うと、元気に「キャンキャン!」と哭いた。

「この子はどうするの?」
「俺が飼うよ」

ユーグがすんなりと言ってくれ、わたしは安堵した。
ユーグに飼われるのであれば、子犬も幸せだと思った。
ユーグの事を然程知らないというのに…

「それじゃ、ユーグ、名を与えてあげて」

ユーグは子犬を持ち上げ、じっと眺め…

「アミ」

《友》という意味だ。

「良かったわね、アミ」
「キャンキャン!」
「お腹が空いているのね」
「よし、それじゃ、僕がビスケットとミルクをご馳走しよう!」
「キャンキャン!」
「俺は寝床を用意してやるか…」
「キャンキャン!」

久しぶりに、ジョルジュ、ユーグ、わたしの間の空気が、出会った頃に戻った。
子犬、アミのお陰だとわたしは喜んだ。


だが、それから数日の内に、あの事件が起こった___

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