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しおりを挟む「こ、このヤローーー!!」
剣が無ければ大丈夫だと思ったのか、姑息にも仲間の令息二人が、わたしに突撃してきた。
勿論、わたしはスッと横に移動し、足を掛けてやった。
「ぎゃー!」
「わー!」
情けなく床に突っ伏す令息たちを、わたしは鼻で笑う。
「まだ懲りていない様だな?」
見下す様に見て威圧してやると、彼等は鼠の様に震え、謝罪をした。
「す、すみません!」
「許して下さい…!」
「謝るなら、エリザベスにだ!」
「は、はい!すみませんでした!」
「ごめんなさい!」
「謝りますから…!」
一緒にいた令嬢たちも恐れをなし、謝っていた。
わたしはジロリと彼等を見回すと、最後の脅しを掛けた。
「おまえたちの顔はしっかり見た、今後、エリザベスを侮辱する事があれば…」
「は、はい!もう、絶対にしません!許して下さいーーー!!」
彼等が走って逃げて行き、わたしは剣を甲冑に戻した。
全く、手応えの無い連中ね!
だけど、少し楽しめたわ、実戦は中々出来ないから…
そういえば…と、そこでエリザベスの事を思い出した。
他の者ならまだしも、わたしなんかに助けられたら、嫌な気になるわよね?
しかも、わたしはエリザベスの痴態を見てしまっている…
エリザベスは母親に似て、自尊心が高く、傲慢なので、さぞ屈辱に感じている事だろう。
エリザベスが憤死したら困るわ!
「あの、ごめんなさいね、余計な口出しをして…」
言い訳しつつ振り返ると、化粧が崩れた酷い顔面があり、一瞬、ギョッとした。
だが、当の本人は、泣き腫らした目でじっと、こちらを直視している。
両手の指を組み、崇める様に…
「エリザベス、大丈夫?」
「カッコいい…」
「は?」
ポカンとした隙に、エリザベスがズイとわたしの懐に入った。
「っ!?」
あの令息よりも余程、距離の詰め方が上手い!
思わず、後退ってしまったわ…
化粧が崩れて、酷い顔だが、そのヘーゼルグリーンの瞳は、異様にキラキラとしている。
何か分からないけど、凄い《気》だわ…
油断していたけど、この娘、只者じゃなかったのね?
わたしは息を止め、身構えた、のだが…
「オリーヴ様…いいえ、《お姉様》とお呼びしてもよろしいですか!?」
は??お姉様??
「で、でも、まだ、フェリクスとは婚約もしていないし…」
驚き過ぎて、頭に浮かんだ事をそのまま口走っていた。
「構いません!貴族学校では、尊敬し、お慕いする上級生を、《お姉様》とお呼びするんです!
あたしにはこれまで、そんな方はいなかったし、馬鹿にしてたけど…
それは、オリーヴ様と巡り会っていなかったからなのね~~~!」
は???
「オリーヴ様!お姉様!あたし、生涯、お姉様をお慕い致します!」
エリザベスに抱き着かれ、わたしは固まった。
これって、どんな状況??
まさか、ベアトリスの仕掛けた、壮大な罠だったりする??
落ちた化粧で、ドレスを汚されたのだから、嫌がらせには違いないわ…
「エリザベス、ちょっと、落ち着いて…!」
「お姉様~~~♡♡♡
ああん、細くて、胸が小さくて、逞しくて、素敵ですぅ~~~♡♡♡」
胸が小さいのは余計よ!!
擦り寄らないで~~~!!
「オリーヴ、それに、エリザベス、二人共、こんな所で何をしているんだい?」
振り返ると、フェリクスが笑顔で立っていた。
いつも通り、キラキラとしているけど、何処か、その目が怖い…
「エリザベス、離れた方が良いんじゃないかな、オリーヴが困っているよ?」
「お兄様ったら、妬いてるの~?
いいでしょー、あたしだって、お姉様と仲良くしたいんですー!」
これまでわたしを嫌っていたエリザベスが、急にそんな事を言うのだから、
フェリクスは当然、驚いていた。
伺う様に見られたが、わたしは笑って誤魔化した。
エリザベスに思い出させて、悲しい思いをさせてはいけない。
「えっと、二人共、今日はもう帰らない?
エリザベスの化粧が崩れてしまったし…」
そこで漸く、フェリクスはそれに気付いたらしい。
真剣な顔でエリザベスに迫った。
「エリザベス、何かあったのか!?」
「意地悪を言われたのよ、でも、お姉様が助けて下さったの!
も~~~カッコ良くてぇぇぇ♡♡♡
どこの王子様かと思ったらぁ~、お姉様だったのぉぉぉ~~~♡♡♡」
黄色い声を上げ、くねくねと悶えるエリザベスを目にし、フェリクスの毒気も抜けたらしい。
彼は力を抜くと、「帰った方がいいね」とわたしに言った。
この日から、わたしは謀らずも、エリザベスから慕われる様になった。
これまでは、顔を合わせる度に、顔を顰められたり、嫌味を言われてきたが、
今は、見掛ければ、遠くからでも笑顔で駆けて来るし、
「聞いて下さい!お姉様!」と他愛のない話を嬉々として、してくる。
凄い、手の平返し…
だけど、不思議と可愛く見えるのよね…
フェリクスに、エリザベスが猫のヴァニーに似ていると言った所為か、
懐かれるとうれしく感じてしまう。
それに、可愛く見えるのは、エリザベスがあの厚化粧と悪趣味なドレスを止めた事も、大きな要因だろう。
同じ年頃の令息令嬢たちから、散々貶された事で、
流石のエリザベスも自分の方が悪趣味だと気付き、ベアトリス教に反旗を翻した。
これに対し、ベアトリスは相当にキレていたが、それはそれ、わたしには楽しめた。
「お母様は時代遅れよ!あんな化粧をしている令嬢なんて、一人も見なかったわ!
たった一人もよ!?これがどういう事か、お母様には分からないの!?」
「皆は貧乏だから、化粧が出来ないだけよ。
他の者と同じにするのは、ただの惰性ですよ、自分を卑下しているだけ。
私たちは伯爵家を背負っているのよ、常に皆の前を行かなくてはいけませんよ」
「そんなの、詭弁よ!だって、誰もお母様の真似なんてしないじゃない!」
「何を言うの!パーキン夫人、マーベル夫人、サッキー夫人…他にも沢山いるでしょう?」
「全部、お母様の仲間でしょ!
あたし、お母様の人形になるのは、もう嫌なの!!」
「エリザベス!勝手は許しませんよ!!
ああ!何て事なの!こんな事なら、パーティーになんて行かせるんじゃなかったわ!!
あれだけ可愛がってあげたのに!母よりも下級貴族の子息や娘たちを取ると言うの!?
メリッサ!出掛けますよ! 買い物せずにはいられないわ!」
ベアトリス教から解き放たれたエリザベスは、まずは厚化粧を止めた。
それから、連日の様に、わたしの所にやって来ては、化粧やドレス、装いに意見を求める様になった。
薄い、今風の化粧に変えたエリザベスは、可憐な令嬢に大変身した。
フェリクス程美しくはないものの、ヘーゼルグリーンの瞳は大きいし、
小さな鼻、小さな口は可愛らしく、そこらの令嬢たちでは太刀打ち出来ないだろう。
これまで厚化粧をしていた為、肌が荒れていたので、手入れが必要になった。
それから、エリザベスが一番気にしているのは、体型だ。
《太っている》、《豚》と言われたからだろう。
確かに、肉付きは良いが、胸も大きいので、好みだという令息は少なくない気がした。
「胸が大きいのは良いじゃない」
「あたしは、お姉様みたいに、恰好良い女になりたいんですぅ!
あたしにも、剣を教えて下さい~~~!!」
無謀な事を言い始め、わたしは頭を抱えたくなった。
エリザベスはこれまで、運動一つしてきていない。
時々、恐ろしく俊敏にはなるが、大抵の場合、牛の様だ。
可能性は感じなくもないけど…
怪我をさせる訳にもいかないし…
「分かったわ、でも、剣術を習うには、まずは、体力作りが必要よ!
これを一月、続けられたら、考えるわ___」
わたしは館内で出来る、トレーニングメニューを作り、エリザベスに渡した。
体操、ストレッチ、腹筋、階段の上り下り…
「はいぃぃ!頑張りますぅぅぅ!!」
エリザベスは紙を握りしめ、目をキラキラとさせている。
可愛いんだけど、やっぱり、向いてない気がするわ…
「エリザベスが怪我をしたら困るし…
あなたの方から、諦める様に言って貰えない?」
わたしはフェリクスに相談してみた。
だが、彼は何を思ったのか…
「それなら、僕も一緒に習うよ。
僕が付いていて、無理をさせない様にする、それなら良い?」
「あなたにも剣を教えるの??」
「うん、僕もエリザベスも、護身術は必要だと思うんだ。
また、危ない目に遭わないとも限らないし…」
「それも、そうね…あれだけ可愛いと、変な男が寄って来そうだわ」
寧ろ、これまでは、厚化粧と時代遅れのドレスで、悪い虫を排除出来ていたのだ。
あれはあれで、役に立っていたのね…
「僕も、君を護れるようになりたいから…」
フェリクスの小さな呟きに、わたしは顔が熱くなった。
わたしを護るだなんて…
こんな事を言われたのは初めてだ。
気恥ずかしいのもあり、つい、軽口の様に返してしまった。
「そう簡単には守らせないわよ!」
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