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金曜日になり、ランメルトから手紙が届いた。

明日、土曜日の昼前に来るので、一緒に町へ行こうと誘ってくれた。
ボヌールには危ないので留守番をさせ、昼食は断る様にと書かれていた。

わたしはボヌールを抱き上げ、言い聞かせた。

「ごめんなさいね、ボヌール。
町はあなたには危ないのですって、お留守番していてね」

「キューン…」

ボヌールが分かっているのか、分かっていないのか、悲しい声を出すので、
わたしは明日の分まで、思い切り構ってあげる事にした。


翌日、わたしは着替えをし、ランメルトを待っていた。

コンコン。

扉がノックされ、わたしは「はい、どうぞ」と答え、扉の前に立った。
鍵が開けられ、扉が開く。
ランメルトの姿を見て、胸は高鳴った。

「迎えに上がりました、お義母さん」

ランメルトが笑顔で、軽い抱擁をする。
この挨拶にも、すっかり慣れ、わたしはその大きな体を抱擁し返した。

「ボヌールを置いて行っても大丈夫でしょうか?」
「少し可哀想ではありますが、町は危険ですからね…ボヌール」

ランメルトはボヌールに声を掛けると、その体を抱き上げた。

「僕が寝かしつけましょう、二階の部屋がいい、ここは危険な物がありますから…」

わたしは階段を上がり、部屋の扉を開け、ランメルトを通した。
その頃には、ボヌールはすっかり眠っていた。
ランメルトはボヌールを籠のベッドに入れてやり、「いい子で寝ているんだよ」と声を掛けた。
ボヌールは不思議な程、良く眠っている。
いつもは気配に敏感なのに…

「良く眠っていますわ…」
「魔法を使いました」

ランメルトが、サラリと種明かしをした。

「ランメルトは魔法が使えるのですか!?」

思わず声を上げたわたしに、彼は指を立て、「しっ」と合図をした。

「眠らせてはいますが、大きな音や声で目を覚ましますので…」

わたしは手で口を塞ぐ。
ランメルトは悪戯っ子の様な顔を見せ、わたしの背をそっと押し、部屋から出る様促した。
わたしたちは足音を忍ばせ、部屋を出て、階段を下りた。


魔力は多かれ少なかれ、皆が持っているものだが、
半数以上の者は、魔力が小さく、使う事が出来無い。
魔力を何かしら役立てられる者は、千人に一人位だ。
そして、大きな魔力を持ち、それを使いこなせる者は、それこそ、一万人に一人位と聞く。
そういう者たちは、魔法学園に通い、魔力の使い方を学び、
王宮勤めの魔術師になる者がほとんどだという…

わたしはランメルトに連れられ、裏口から外へ出て、
待っていた馬車に乗り込んだ後、漸くそれを聞く事が出来た。

「ランメルトは魔術師なのですか!?」

ランメルトが王都に勤めているというのを思い出した。
だが、ランメルトは笑った。

「いえ、僕は事務官をしています。
魔法学園を出ているので、要請が掛かれば、魔術師として出動しなければ
いけませんが、今の所は、争いもありませんからね」

だが、それは、魔術師として戦力を持っているという事だ。
それに、魔法学園を出ているなら、エリートである事は間違いない。

「凄い方だったのですね…」

わたしの周囲で、魔法が使える者はいなかった。
いや…昔来た、旅の一座に魔法を使う者がいた気がする。
わたしはそれを思い出した。

母が何度か、旅芸人の舞台を観に連れて行ってくれたのだ。
魔法か、それとも、何か仕掛けがあったのかもしれないが、派手な演出に心惹かれた。
元踊り子だった母も、目をキラキラさせステージを観ていた。
その帰りは、いつも興奮し、館に着くと踊り出していた。

母はまたステージに立ちたいのかもしれない、わたしはそれを観たいと思った。
だが、突然、母がいなくなり、一座と町を出て行ったと聞かされた時は、
そんな考えは愚かだったと悟った。
それに、父はわたしを激しく罵った。
母の不貞を何故知らせなかったのかと…
わたしは母の不貞の隠れ蓑に使われていたのだろうか…

嫌な事まで思い出し、わたしの気持ちは沈んでしまった。

「魔術師は嫌いですか?」

ランメルトに聞かれ、彼がわたしを見ていた事に気付いた。

「いえ、大変ご立派だと思います。
ただ、昔、旅の一座で見た事があり、それを思い出したのです…
わたしは魔法だと思っていましたが、今思うと、仕掛けがあったのかなと…」

「きっと、魔法ですよ、子供に夢を与える魔法です」

ランメルトが笑みを見せる。
その優しさに、わたしは何故か泣きたくなった。
彼に、聞いて欲しいと思ってしまったのだ。
母の事を、自分のこれまでの事を___

だが、話す事は出来無い、わたしは、【コレット】ではなく、
【クリスティナ】でいなくてはならないのだから…

「あなたは、きっと、素晴らしい魔法使いですわ…」

「そう、あれたらいいのですが…」

ランメルトは呟き、視線を窓の外へ向けた。

「お義母さん、見て下さい、花畑ですよ___」

ランメルトが話を逸らす。
わたしはそれに気付かない振りをし、窓の外、花畑に視線を向けた。

きっと、わたしたちは互いに、触れられたくないものを持っている…

決して触れてはいけない、それは相手を傷付ける事だから___
だけど、それを、少しだけ、寂しいと感じた。





馬車は町へ向かい、大きな通りで停まった。
通りは人も多く、賑やかだった。

「まずは、この店がいいでしょう」

そういってランメルトが入って行ったのは、仕立て屋だった。
店内には沢山の華やかなドレスが飾ってあり、
数人の綺麗な貴夫人たちが話しながら、ドレスを見ていた。

「ランメルト、わたし、ドレスは…」

買うつもりは無いし、わたしには少しの所持金も無かった。
不安になるわたしを余所に、ランメルトは楽しそうに、ドレスを見ていた。

「僕がお義母さんに買ってあげたいんです、僕に選ばせて下さい」
「でも、もう、沢山頂いてますわ!」

これ以上、買って貰う事には気が引けた。
だが、ランメルトは何でも無い様に言う。

「お話しした通り、僕は働いていて、十分に稼いでいます。
僕にはこれといった趣味も無いですし、大金を使う機会もありません。
こうして、町の人たちに還元するのも良いと思いませんか?
お義母さんが喜び、それで僕も喜び、そして町も潤うなら、
これ程有意義な金の使い道はありませんね___」

悪戯っ子の様な表情に、わたしは釣られて笑みを零していた。
ランメルトは満足そうに頷く。

「そうです、お義母さんは息子のする事を、笑って見ていて下さい」

だが、ランメルトは店長を呼び、最近の流行を聞き…デザイナーと本格的に
ドレスを選び始めたので、わたしは笑う処か、大いに恐縮したのだった。

「奥様はお若く細身ですので、フリルの多いものか…逆に、大人なものも
お似合いでしょう…こちらの型はいかがですか?」

ランメルトはデザイン画を眺め、その内から一つを取った。

「これがいいでしょう」

ドレスは出来上がり次第、塔に届けてくれ、直しがあれば直してくれる。
ランメルトが全て対応し、わたしは採寸をしただけに止まった。
どの様なドレスが出来るのかは、わたしには全く想像も付かなかった。


「次はこちらです」

次にランメルトが入って行ったのは、帽子屋だった。
わたしは幾つか帽子を試着し、ランメルトが選んでくれ、今日はそれを被るように言われた。

白色で、花飾りが付いている。
あまり鍔の大きくない、邪魔にならないスタイリッシュな帽子だ。

貴夫人は帽子や傘で陽を避けるのだが、わたしはどちらも持っていなかった。
いや、家から被って来た物があったが、鞄に詰め、ベッドの下に押しやってしまっていた。
この結婚が嘘で、父に利用されただけ、と知ってから、家から持たされた物は見るのも嫌だったのだ。

「良く似合っていますよ、お義母さん」

自分に向けられる、ランメルトの笑み。
そこには、優しさと愛情が見えた。
こんな風に、父が自分に愛を向けてくれた時があっただろうか?
それを考えると辛くなり、そして、ランメルトの存在に縋りたくなる。
この義理の息子を、ランメルトを失いたくない。

ああ、どうか、いつまでもこのままで居て…


「この店にしましょう」と、ランメルトが店に入って行く。
テーブルが幾つか置かれ、皆、食事をしていた。
ランメルトが慣れた所作で椅子を引いてくれ、わたしは緊張しつつ座った。

ランメルトは特に趣味は無いと言っていたが、パーティや社交の場には慣れていそうだ。
堂々とし、落ち着き、余裕がある。

「お義母さんは何がお好きですか?」

ランメルトがメニュー表を開く。
料理名がズラリと並んでいる。
わたしが困っていると、店のお勧めを教えてくれ、適当な物を頼んでくれた。

コーンスープ、トマトのパスタ、デザートの小さなケーキと紅茶。
どれも驚く程美味しかった。
だが、それは、目の前で一緒に食事をしてくれる人が居るからかもしれない。
わたしは自分でも驚く程、食が進んでいた。

「とっても、美味しいです!ランメルトは良く来られるのですか?」

「時々ですが、町を散策するのは良いものですよ、
賑わいを見れば安心しますし、変化を感じられます」

店の中、楽しそうに食事をしている家族や恋人たちを見ると、確かに心は和んだ。

「お借りした犬の本ですが、分からない言葉が多くて、進んでいません。
お返しした方がよろしいでしょうか…」

「僕で良ければお教えしますよ、それと、辞書があると良いかもしれませんね。
本屋に寄りましょう」

「でも、わたしはお金を持っていないので…」

わたしは、それを気まずく打ち明けた。
流石に、ランメルトは驚いていた。その深い青色の目を丸くした。

「その…失礼ですが、全く手持ちが無いのですか?」
「はい…」
「ご実家から持たされては?」
「いえ…すみません…」

何も持たされずに嫁いで来るなど、常識では考えられないと、わたしでも分かる。
わたしは今更ながら、両親の仕打ちに傷付き、恥ずかしさもあり泣きたくなった。
それを察したのか、ランメルトがサラリと言った。

「それでは不便でしょう、僕が少しご用立てしましょう」
「いえ!そんなつもりでは…塔から出なければ、必要ありませんもの」
「いえ、いつ何があるか分かりませんので、御守り代わりと思って下さい」

ランメルトは店を出てから、小さなポシェットと財布を買ってくれ、それに紙幣を入れ渡してくれた。
勿論、こんな事までして貰うのには気が引けた。

「いけませんわ、こんな事をして頂くなんて…」
「お義母さんに何かあれば、その方が困りますから、持っていて下さい、
これは息子からのお願いです」

深い青色の目は真剣で、ランメルトが心配してくれているのが分かる。
わたしは有難く受け取った。

「ありがとうございます、お気持ちうれしいですわ、ランメルト」

だが、これは、余程の時でなければ、使えないだろう。
わたしの気持ちが伝わったのか、ランメルトは苦笑し、頷いた。

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