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学年末試験が終わった、その週末には、学院の大ホールを使い、パーティが開かれる。
これは、学院創立以来の恒例行事で、男子部女子部の隔ては無く、
教師も生徒も皆が集い、互いを健闘し合う場となる。

わたしはこの日の為に用意した、光沢のある紫色のドレスに着替えた。
レースとフリルがたっぷりと使われたスカートは、ふわりと広がる。
黒髪は綺麗にカールし、宝石を散りばめた銀色の髪飾りを乗せた。
耳飾りも首飾りも、豪華なものだ。
美しく眩い、威厳に満ちているだろう___

「正しく、うってつけね!」

鏡に映った姿に満足し、わたしは微笑んだ。

わたしはいつも以上に澄まし、寮を出て学院に向かった。
視界に入る生徒たちの中には、エスコート役を連れている者もいたが、
わたしは独りだ。

カルロスが何か言ってくるかと思っていたが、今日になっても、誘いは無かった。
婚約している者同士であれば、こういう場では、事前に打ち合わせをし、
男性がエスコートするものなのだが、カルロスにその気は、サラサラ無いらしい。

「そうだとは思っていたけど…」

王子なのだから、非常識な事は避けるのでは?と考えなくもなかった。

「まぁ、こっちの方が、都合は良いわね」

わたしは内心でほくそ笑み、澄ました顔で歩みを進めた。


パーティ会場となる、学院の大ホールには、既に生徒たちの多くが集まり、賑やかにしていた。
一角を楽団が占め、軽快な音楽を奏でている。
中央のダンスフロアでは、既に踊っている者たちもいた。

ダンスフロアを囲む様に、白いテーブルクロスを掛けられた、丸テーブルがズラリと並ぶ。
脇の長テーブルには、料理や飲み物が用意されていて、
会話や食事を楽しむ者たちも多い。

わたしは周囲を見回し、前方奥の特等席に、その姿を見つけた。

カルロスが選ぶなら、そこだと思っていた。
もし、違っていても、見事な金髪なので、見つけるのは簡単だ。
それに、その側にいる者も、目を惹く赤毛なので、隠れるのは無理だろう。

わたしは堂々とした歩みで、二人の方へ向かった。

「カルロス様、ごきげんよう」

わたしが声を掛けると、寸前まで笑顔でいたカルロスは、途端に顔を顰めた。
デイジーは驚いた顔をし、カルロスの腕に縋った。

「学院では声を掛けるなと言った筈だぞ、ヴァイオレット!
おまえは言われた事も守れぬのか!」

追い払いたいと分かる、険のある声だ。
心の弱い者なら、飛んで逃げてしまう所だろうが、生憎、わたしには効かない。
それ処か、わたしを喜ばせるだけだと気付いていないカルロスに、ほくそ笑んでしまう。
わたしは冷静に、礼を尽くして答えた。

「カルロス様、本日は学院伝統のパーティです。
婚約者であれば、同伴するのが常識ではありませんか?」

「学院パーティは、教師、生徒の交流を深める為にあるのだぞ、
婚約者など邪魔なだけだ!そんな事も分からないとは、全く、不愉快な女だ!
出しゃばらずに引っ込んでおれ!」

カルロスの剣幕に、周囲の生徒たちの視線が集まった。
カルロスは、皆が自分に共感し、感心していると思ったのか、得意気な顔で踏ん反り返った。

「カルロス様のお気持ちは、お変わりになられませんか?」

「くどいぞ!さっさと消え失せろ!」

「よく分かりました」

だが、消え去るつもりはない。
わたしは目を閉じ、深呼吸をした。

神妙な態度に気付いたのか、カルロスが怪訝な顔で固まった。
デイジーもカルロスの腕に縋ったまま、伺う様にこちらを見ている。
わたしはカルロスを真直ぐに見つめると、凛とした口調で告げた。

「カルロス様、あなたとの婚約は、この場を持ち、破棄させて頂きます!」

瞬間、周囲がどよめいた。
カルロスは余程驚いたのか、目を見開き、固まっている。

わたしが《断罪》に《この場》を選んだ理由は、二つある。

一つは、あの《本》の、断罪の場面が、強く印象に残っていたからだ。
ヴァイオレットが断罪される場面では、怒り心頭だった。
婚約者を略奪された挙句に断罪されたのだから、当然だろう。
今日は、その分の憂さを晴らさせて貰うわ!
八つ当たり?いいえ、これは、《本》のヴァイオレットの敵討ちよ!

そして、もう一つは、カルロスに言い逃れをさせない為だ。
カルロスは飄々と嘘を吐き、自分の理論を正当化しようとするので、
《証人》は絶対に必要なのだ。
そして、それは、多い程良いに決まっている。
カルロスは自分が周囲からどう思われているか、知るべきなのだ___

ややあって、カルロスは思い出したかの様に、デイジーの手を払った。
デイジーは驚き、縋る様にカルロスを見たが、彼は甘い視線を向ける所か、
相手にもしなかった。

「何を血迷っておる!この者とは《友》だと言ったであろう!
そんな、くだらない理由で、婚約破棄は出来ぬぞ!
そもそも、たかが公爵令嬢が、王子との婚約を破棄するなど、出来る訳がない!
ヴァイオレット、身の程を弁えろ!」

幾ら、名家の公爵家であっても、相手が王子、王族ならば、格下になる。
余程の理由が無い限り、公爵家の方から婚約破棄をするのは難しい。
そんな事をすれば、公爵家も自身も、無傷ではいられないだろう。
カルロスは王子なので、それを良く知っている。

でも、勿論、わたしだって、それ位の事は承知している。
わたしは、生まれながらの公爵令嬢なのだから!

「勿論、カルロス様の《友》という名の女子生徒たちとの戯れは、理由の一つです。
カルロス様は《友》と申されておりますが、人目を忍び、二人きりで会い、
触れ合い、接吻までする《友》がおりますでしょうか?
婚約者であるわたくしから見れば、それは立派に《不貞》ですわ」

「黙らぬか!おまえの意見など必要ではない!
王子の俺が《友》と言えば、《友》なのだ!」

「それでは、学院生は十分に気を付けなくてはいけませんね。
自分の婚約者が、何時カルロス様の《友》になるか、分かりませんもの。
それに、《友》ならば、同性にも同じ事をなさるのですよね?」

わたしが皮肉を込めて言うと、周囲がざわめいた。

『流石に、キスしたら《友》じゃないよな…』
『触れ合うって、どういう《友》だよ…』
『最低…』

誰だって、自分の大切な人が、他の男といちゃつくのは嫌だろう。
聞こえたのか、カルロスが顔を真っ赤にし、叫んだ。

「王子を侮辱したな!出て行かぬなら、不敬罪で牢屋行だぞ!」

その言葉は、周囲には効果があった。
皆、罪に問われるのは嫌だ。再び、場がしんと鎮まり返った。
勿論、わたしには、全く効果無しだ___

「それは困りましたわ、わたくしの願いは、カルロス様との婚約破棄です。
どうか、最後までお話させて下さい。
全てを聞けば、きっと、カルロス様も納得なさるでしょう」

わたしは殊更冷静に言葉を継いだ。

「これまで、わたくしは、カルロス様から酷い仕打ちを受けて参りました。
わたくしへの侮辱や暴言は数知れません」

カルロスが「何を!」と異を唱え様としたので、わたしは急いで言葉を継いだ。

「カルロス様は人目を憚りませんので、それを知る者は学院の中でも少なくありませんし、
先の言動からも、想像する事は容易いでしょう」

生徒たちは顔を見合わせているが、カルロスが怖いのか、発言する者はいなかった。
それにカルロスは気を良くした。

「フン!ヴァイオレット、皆の意見は違う様だぞ!」

それなら、丁寧に説明するまでよ。

「学院でカルロス様をお見掛けした際には、わたくしは足を止め、挨拶をしてきましたが、
カルロス様から挨拶が返って来る事は、少なく、そのほとんどが、『ああ』と頷くだけでした。
随分、冷淡で無礼に感じましたが、これが王族式の挨拶なのでしょうか?」

「当然だ!学院であっても、俺は王子だからな!」

カルロスは開き直ったらしい。
わたしは頷き、先を話した。

「婚約者に喜んで頂こうと、わたくしはクッキーを焼く事にしました。
一度目は失敗してしまいましたが、試行錯誤、努力を重ね、
一週間目にして、満足のいくクッキーを焼く事が出来ました。
それをカルロス様にお持ちした際、カルロス様は手に取る事もせず、
護衛に毒見をさせ、護衛が『美味しい』と言ったにも関わらず、ゴミ箱に捨てさせました」

周囲で、『まぁ!酷い!』と声が上がった。

「護衛は『美味い』など言っていなかったぞ!嘘吐きめ!」

「あら、そうでしたか?ですが、一口も召し上がらず、捨てさせた事は確かですわ」

「フン!おまえの作った物など、美味い筈が無いからだ!
俺が腹を壊せば、おまえが困る事になるだろう、おまえの為にしてやったんだ、感謝しろ!」

「わたくしの焼いたクッキーが不味いと?
それでは、皆様にお聞きしましょう___」

わたしが言うと、大皿を持ったメイドが進み出た。
大皿の上には、チョコチップクッキーが半数、並んでいる。

「今日、この皿のクッキーを召し上がられた方で、『不味い』と思われた方は、挙手を!
お腹を壊された方は?」

皆は顔を見合わせる。
手が上がる事は無かった。

「フン!ならば、『美味い』と思った者がいるなら、手を上げろ!」

カルロスの手前、手は上がらなかった。
カルロスは踏ん反り返った。

「フン!おまえの焼いたクッキーなど、口に入れる価値も無いという事だ!
そんな物、さっさと捨ててしまえ!」

メイドは慌てて立ち去った。
カルロスは自分の正当性が認められたと思った様で、
腰に手を当て、ニヤニヤと笑っているが…

『酷い…』
『美味しかったわよね…』
『捨てるなんて…』

わたしの耳に届く言葉は、どれもカルロスに批判的なものだった。

「カルロス様を想い、刺繍をし、贈らせて頂いた事もあります。
後から人伝に聞き、知りましたが…
カルロス様は、皆の見ている中で、火を点け、燃やされたのでしたね?」

カルロスが息を飲む。
周囲では、『まぁ!』『酷い!』と声が上がった。

「あれは…刺繍とは気付かなかったのだ、あの様な塵を渡されれば、
仕方もないだろう!」

『それにしたって、焼く事は無いよな…』

そんな声が聞こえてきて、カルロスが「黙れ!!」と吠えた。

「大人しく聞いていれば、何れも全て、おまえの不手際の所為ではないか!
俺に言い掛かりを付け、自分を正当化するのは止めろ!
その様な事で、婚約破棄が出来ると思っているのか?
婚約破棄はしてやってもいいが、非は全ておまえにある!
公爵家もおまえも、ただでは済まないからな!
貴族社会から抹殺し、二度と社交界に出られぬ様にしてやる!」

カルロスは何処までも高圧的だった。
理解に苦しむが、彼は本気で、『自分に非は無い』と思っているらしい。

まともに会話も出来ないなんて…

わたしが思うより、彼は遥かに重症の様だ。
わたしはカルロスの言葉は無視し、冷静に話した。

「この様な事が重なり、わたくしはカルロス様の事が分からなくなりました。
カルロス様は、本当に、わたくしとの結婚を望まれているのか…」

カルロスは重症だが、周囲の生徒たちは、わたしに共感を持ってくれた。
『うん、うん』と頷き、同情を持って聞いているのが分かる。

「カルロス様の本心を知りたく、先日、場を設けさせて頂きました」

カルロスの顔に、「?」が浮かぶのを見て、わたしはゆったりと笑みを浮かべた。

「王宮にて、カルロス様はルイス様とご歓談をなさいましたでしょう?
カルロス様の本心を聞き出して欲しいと、わたくしがルイス様に頼んだのです。
そこで、驚く事が聞けましたわ___」

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