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最終話 エピローグ

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「ラザールは兄嫁の弟です。
あなたがおっしゃった様な関係ではありませんわ」

ラザールとの仲を疑われるなど、見当違いも甚だしい。
わたしは頭を振ったが、ガエルは納得していない様だった。

「二週間前だ、君とラザールが駆け落ちする気でいると聞かされた。
君の家族が旅行に出ると知り、そこで動きを見せると思い、張っていたんだ。
いつでも動ける様、この塔も買った」

この塔を買った?
それでは、ここは、ル・ブラン男爵の所有地ではなく、ガエルの所有地という事だ___

「案の定、ラザールは早速、君に会いに行き、嬉々として馬車の手配を始めた」

そう、わたしはラザールの手引きで、ル・ブラン男爵の所有する別邸に行く筈だった。
それが、一体、どうなっているのか?

「私は君に裏切られたと思い、君たちの計画を阻止する事にした。
簡単な事だ、ラザールの馬車が着くよりも前に、私の馬車を差し向け、
君を攫えばいい。
それでも、万が一、間に合わなければ、何処までも追うつもりでいたが、
無事、君を捕まえる事が出来て幸運だった___」

わたしは漸く合点がいった。
だが、まさかガエルがこの様な事をしていたなど、思いもしなかった。
それも、これ程、熱烈に…
つい、喜び掛けたが、わたしは直ぐに打ち消した。
裏切られたと思い、怒った所為だわ___

「私は何処かで、何かの間違いではないか、間違いであってくれと願っていた。
だが、君が彼の名を呼びながら入って来た時、私の僅かにあった望みも、
立ち消えた気がした___」

ガエルが顔を反らし、震えた。
わたしは胸が締め付けられ、抱きしめたい衝動に駆られた。

「ああ、違うの、ガエル!
ラザールは身を隠した方が良いと、別邸を貸して下さっただけです。
起きていれば、挨拶だけでもと思っただけで…」

「全く君は…世間知らずだと言われないか?」

ガエルの呆れた様子に、わたしは何か悪い事をしてしまった気になり、
小さくなった。

「はい…たまにですが」

「その気もなく、夜更けに男の部屋を訪ねるものではない。
挨拶など、朝まで待ちなさい」

わたしは、のこのこ部屋に入り、ガエルに襲われた事を思い出し、顔が赤くなった。

「申し訳、ありません…」

「いや、悪いのは私だ。君に裏切られたと思い、酷く怒っていたし、傷ついていた。
君を淫らな女と決めつけた。ラザールと関係を持った事が無いなど思わず、
君たちへの報復だと開き直り、酷い仕打ちをしてしまった…
すまなかった、シュゼット…」

「それでは、わたしを信じて下さるのですね?」

わたしは希望を持ち、彼を見た。
ガエルは申し訳なさそうな顔だったが、小さく笑った。

「君が初めてだと気付いた時、自分の過ちを悟ったよ」

わたしは赤くなる頬を手で押さえた。

「君に、私とアデールの仲を疑わせたのは、ラザールだな?
私に君とラザールの仲を疑わせたのは、アデールだ。
ラザールとアデールは結託していたのだろう___」

アデールがガエルに付き纏っていたなら、企んだと聞いても納得出来る。
だが、ラザールがアデールと結託した理由は、何だろう?
彼はわたしに気があったのだろうか?
信じ難い事だが、手を握られた時、妙な気がした事を思い出した。

「だが、二人は読み違えた。
私自身、気付いていなかったのだから、仕方が無いな___」

ガエルの顔には笑みが浮かんでいた。

「君に裏切られたと思った時、自分がどれだけ君を信頼していたか、気付かされた。
他の男に渡すものかと、奪ってでも君を自分のものにしようとした時、
君をどれだけ愛しているか、気付かされた…」

ガエルの唇が、そっと、わたしの唇に重なった。
甘く、誘う様なキスに、うっとりとなった。

「わたしも、あなたをどれだけ愛しているか、気付かされました。
あなたに他の女性がいると聞かされた日から、ずっと泣いていました…」

「もう、泣かせはしない、私には君だけだ、シュゼット」

わたしは溢れる想いのまま、キスを返した。





「アデールとラザールには、思い知らせた方がいいだろう」

ガエルが青灰色の目を光らせ、言い出した時、
わたしは何か恐ろしいものを感じ、震えた。
だが、ガエルはわたしの手を取ると、その甲に口付けた。

「これから、礼拝堂に行き、私と結婚して欲しい」

突然の事に、当然、わたしは驚いた。

「あなたは、よろしいのですか?わたしは、まだ、二十歳になっていません…」

「ああ、二十歳になるまで結婚を待つなど、愚かだったと認めよう。
君はもう子供ではない、立派な一人の女性だ」

ガエルに認めて貰えた様で、うれしかった。

「君が嫌でなければ、結婚し、君を自分のものだと周知させたい。
もう二度と、アデールやラザールの様な輩に付け入らせない為に」

断固とした口調で言った後、ガエルはやや気まずそうに、指で顎を擦った。

「だが、正直な所、君を離したくないというのが、本音だ___」

熱っぽい目で見つめられ、わたしの胸は躍った。

ああ!嫌など、思う筈が無い!
わたしはずっと、二十歳になるのを心待ちにしていた。
でも、それは、二十歳になれば、ガエルと結婚出来るからだ___

「わたしの望みは、一刻も早く、あなたの妻になる事ですわ!」


わたしたちは、町の礼拝堂に赴き、結婚した。
一日を塔で過ごした後、デュトワ伯爵館に向け、旅立った。

グリエ伯爵家には、行先を伝える手紙を書いたが、ラザールには送っていない。
ラザールは迎えの馬車にわたしが乗っていなかった事で、心配している筈だ。
内密の事だったので、グリエ伯爵家の者に話す事も出来ないだろう。

「アデールには相談しているだろう。
程なく、二人は計画が失敗した事を知る。
それまでは心配させておけばいい、少しは肝を冷やした方が、本人たちの為だ」

悪巧みの代償という訳だ。


デュトワ伯爵館に着くと、留守番をしていたシュクルが、主人の帰還を喜び、
巨体を跳ねさせて歓迎に現れた。

「シュクル、留守にして悪かったな」
「オンオン!ハッハ!」

ガエルはシュクルが飛びつくのを好きにさせ、巨体を撫でてやっていた。
その目はやはり優しく、愛情に溢れていた。
微笑ましく思いながらも、いつも、ほんの少し、羨ましく思う気持ちがあった。

「今日からは、シュゼットも一緒だ、寂しくないぞ」

ガエルが言い、わたしはドキリとした。
シュクルはわたしに挨拶するかの様に、体を摺り寄せた。

「シュクル、これからもよろしくね」

わたしはその毛並みを丁寧に撫でてやり、耳の後ろを掻いてやった。
シュクルが気持ち良さそうに首を伸ばし、『もっとして』と強請る。
わたしは小さく笑い、望みを叶えてあげた。

「君は最初から、シュクルに良くしてくれた。
思えば、その頃から、私は君に惹かれていたのだろう。
シュクルと一緒にいる君を見て、妻にするなら、君の様な人が良いと思ったものだ___」

頬が熱くなる。
シュクルが何かを察したのか、わたしの頬を舐めた。

「きゃ!」

ガエルが声を上げて笑った。

「シュゼット、結婚の記念に、君に贈り物がある」

ガエルにエスコートされ向かった先は、パーラーだった。
わたしは直ぐにそれに気付いた。
それは、大きく、黒光りがしていて、圧倒的な存在感を放っていた。

「まぁ!ピアノだわ!」

この館にはピアノが無かった。
いや、以前はガエルの母親のピアノがあったのだが、亡くなった際、ガエルが処分したと聞いた。

「わたしの為に?でも、あなたはよろしいのですか?ピアノはお嫌いでしょう?」

わたしは不安に見た。
ガエルは「ふっ」と笑った。

「ああ、音楽は嫌いだと思っていた。
母は音楽家気取りでね、いつも手を大事にしていて、
ピアノを弾く以外、一切何もしなかった。
兄にはピアノを教えていたが、私には近付く事も許さなかった。
私は手を握って貰った事すら無い…」

青灰色の目が陰を落とした。
だが、それは瞬きと共に消えた。
優しく愛のある瞳が、わたしに注がれていた。

「だが、君のピアノは聴いてみたいと思った。
君といて、母を思い出す事は、一度も無かった」

彼の指が、そっと、わたしの頬を撫で、わたしは反射的に震えた。
わたしはしっかりと、彼の手を握った。

「わたしは、あなたの為に、弾きますわ…
それに、あなたが望むなら、わたしがお教えします」

ガエルが白い歯を見せ、笑った。

「全く、君は最高の妻だ___」



◇◇ エピローグ ◇◇


わたしは今、デュトワ伯爵夫人として、結婚披露パーティの準備を進めている。

両親と兄夫婦が旅行から戻り次第、結婚を報告し、披露パーティを開くつもりだ。
ガエルは、当初の計画を翻し、了解も得ずに結婚した事で、
わたしの両親や親族が気を悪くしないかと心配しているが、
婚約破棄と比べれば、どんな事も些細に思える筈だ。


わたしがラザールからガエルに渡して貰おうと書いた手紙は、開封せずに、燃やした。
あの時のわたしは、ガエルを信じきれなかった。
ラザールの言葉だけを聞き、鵜呑みにしてしまったのだ。
わたしはそんな自分を恥じた。

どんなに辛くても、わたしはガエルに会い、話すべきだった。
そうすれば、ガエルも傷つかずに済んだのだ。

だが、そのお陰で、わたしたちは自分の気持ちに気付く事が出来た、とも言える。

「それに、あんな風に抱いて貰えたもの…」

恐ろしくもあったが、いつも冷静なガエルが、感情を剝き出しにする姿は、
わたしの胸を震わせた。
強い力で組み敷かれ、強引に暴かれる___

思い出すと、熱くなってしまう。

あれ以来、ガエルは優しく抱いてくれるが、時には激しくされたいと思ってしまう。
そんなわたしは、「淫らな女」だろうか?
ああ、どうか、わたしを嫌わないでね!


「シュゼット、おいで」

彼がわたしを呼ぶ。
わたしはその素肌の胸に、口付けた。

「ガエル、愛して…」


あの夜のように___



《完》
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