6 / 6
最終話 エピローグ
しおりを挟む「ラザールは兄嫁の弟です。
あなたがおっしゃった様な関係ではありませんわ」
ラザールとの仲を疑われるなど、見当違いも甚だしい。
わたしは頭を振ったが、ガエルは納得していない様だった。
「二週間前だ、君とラザールが駆け落ちする気でいると聞かされた。
君の家族が旅行に出ると知り、そこで動きを見せると思い、張っていたんだ。
いつでも動ける様、この塔も買った」
この塔を買った?
それでは、ここは、ル・ブラン男爵の所有地ではなく、ガエルの所有地という事だ___
「案の定、ラザールは早速、君に会いに行き、嬉々として馬車の手配を始めた」
そう、わたしはラザールの手引きで、ル・ブラン男爵の所有する別邸に行く筈だった。
それが、一体、どうなっているのか?
「私は君に裏切られたと思い、君たちの計画を阻止する事にした。
簡単な事だ、ラザールの馬車が着くよりも前に、私の馬車を差し向け、
君を攫えばいい。
それでも、万が一、間に合わなければ、何処までも追うつもりでいたが、
無事、君を捕まえる事が出来て幸運だった___」
わたしは漸く合点がいった。
だが、まさかガエルがこの様な事をしていたなど、思いもしなかった。
それも、これ程、熱烈に…
つい、喜び掛けたが、わたしは直ぐに打ち消した。
裏切られたと思い、怒った所為だわ___
「私は何処かで、何かの間違いではないか、間違いであってくれと願っていた。
だが、君が彼の名を呼びながら入って来た時、私の僅かにあった望みも、
立ち消えた気がした___」
ガエルが顔を反らし、震えた。
わたしは胸が締め付けられ、抱きしめたい衝動に駆られた。
「ああ、違うの、ガエル!
ラザールは身を隠した方が良いと、別邸を貸して下さっただけです。
起きていれば、挨拶だけでもと思っただけで…」
「全く君は…世間知らずだと言われないか?」
ガエルの呆れた様子に、わたしは何か悪い事をしてしまった気になり、
小さくなった。
「はい…たまにですが」
「その気もなく、夜更けに男の部屋を訪ねるものではない。
挨拶など、朝まで待ちなさい」
わたしは、のこのこ部屋に入り、ガエルに襲われた事を思い出し、顔が赤くなった。
「申し訳、ありません…」
「いや、悪いのは私だ。君に裏切られたと思い、酷く怒っていたし、傷ついていた。
君を淫らな女と決めつけた。ラザールと関係を持った事が無いなど思わず、
君たちへの報復だと開き直り、酷い仕打ちをしてしまった…
すまなかった、シュゼット…」
「それでは、わたしを信じて下さるのですね?」
わたしは希望を持ち、彼を見た。
ガエルは申し訳なさそうな顔だったが、小さく笑った。
「君が初めてだと気付いた時、自分の過ちを悟ったよ」
わたしは赤くなる頬を手で押さえた。
「君に、私とアデールの仲を疑わせたのは、ラザールだな?
私に君とラザールの仲を疑わせたのは、アデールだ。
ラザールとアデールは結託していたのだろう___」
アデールがガエルに付き纏っていたなら、企んだと聞いても納得出来る。
だが、ラザールがアデールと結託した理由は、何だろう?
彼はわたしに気があったのだろうか?
信じ難い事だが、手を握られた時、妙な気がした事を思い出した。
「だが、二人は読み違えた。
私自身、気付いていなかったのだから、仕方が無いな___」
ガエルの顔には笑みが浮かんでいた。
「君に裏切られたと思った時、自分がどれだけ君を信頼していたか、気付かされた。
他の男に渡すものかと、奪ってでも君を自分のものにしようとした時、
君をどれだけ愛しているか、気付かされた…」
ガエルの唇が、そっと、わたしの唇に重なった。
甘く、誘う様なキスに、うっとりとなった。
「わたしも、あなたをどれだけ愛しているか、気付かされました。
あなたに他の女性がいると聞かされた日から、ずっと泣いていました…」
「もう、泣かせはしない、私には君だけだ、シュゼット」
わたしは溢れる想いのまま、キスを返した。
◇
「アデールとラザールには、思い知らせた方がいいだろう」
ガエルが青灰色の目を光らせ、言い出した時、
わたしは何か恐ろしいものを感じ、震えた。
だが、ガエルはわたしの手を取ると、その甲に口付けた。
「これから、礼拝堂に行き、私と結婚して欲しい」
突然の事に、当然、わたしは驚いた。
「あなたは、よろしいのですか?わたしは、まだ、二十歳になっていません…」
「ああ、二十歳になるまで結婚を待つなど、愚かだったと認めよう。
君はもう子供ではない、立派な一人の女性だ」
ガエルに認めて貰えた様で、うれしかった。
「君が嫌でなければ、結婚し、君を自分のものだと周知させたい。
もう二度と、アデールやラザールの様な輩に付け入らせない為に」
断固とした口調で言った後、ガエルはやや気まずそうに、指で顎を擦った。
「だが、正直な所、君を離したくないというのが、本音だ___」
熱っぽい目で見つめられ、わたしの胸は躍った。
ああ!嫌など、思う筈が無い!
わたしはずっと、二十歳になるのを心待ちにしていた。
でも、それは、二十歳になれば、ガエルと結婚出来るからだ___
「わたしの望みは、一刻も早く、あなたの妻になる事ですわ!」
わたしたちは、町の礼拝堂に赴き、結婚した。
一日を塔で過ごした後、デュトワ伯爵館に向け、旅立った。
グリエ伯爵家には、行先を伝える手紙を書いたが、ラザールには送っていない。
ラザールは迎えの馬車にわたしが乗っていなかった事で、心配している筈だ。
内密の事だったので、グリエ伯爵家の者に話す事も出来ないだろう。
「アデールには相談しているだろう。
程なく、二人は計画が失敗した事を知る。
それまでは心配させておけばいい、少しは肝を冷やした方が、本人たちの為だ」
悪巧みの代償という訳だ。
デュトワ伯爵館に着くと、留守番をしていたシュクルが、主人の帰還を喜び、
巨体を跳ねさせて歓迎に現れた。
「シュクル、留守にして悪かったな」
「オンオン!ハッハ!」
ガエルはシュクルが飛びつくのを好きにさせ、巨体を撫でてやっていた。
その目はやはり優しく、愛情に溢れていた。
微笑ましく思いながらも、いつも、ほんの少し、羨ましく思う気持ちがあった。
「今日からは、シュゼットも一緒だ、寂しくないぞ」
ガエルが言い、わたしはドキリとした。
シュクルはわたしに挨拶するかの様に、体を摺り寄せた。
「シュクル、これからもよろしくね」
わたしはその毛並みを丁寧に撫でてやり、耳の後ろを掻いてやった。
シュクルが気持ち良さそうに首を伸ばし、『もっとして』と強請る。
わたしは小さく笑い、望みを叶えてあげた。
「君は最初から、シュクルに良くしてくれた。
思えば、その頃から、私は君に惹かれていたのだろう。
シュクルと一緒にいる君を見て、妻にするなら、君の様な人が良いと思ったものだ___」
頬が熱くなる。
シュクルが何かを察したのか、わたしの頬を舐めた。
「きゃ!」
ガエルが声を上げて笑った。
「シュゼット、結婚の記念に、君に贈り物がある」
ガエルにエスコートされ向かった先は、パーラーだった。
わたしは直ぐにそれに気付いた。
それは、大きく、黒光りがしていて、圧倒的な存在感を放っていた。
「まぁ!ピアノだわ!」
この館にはピアノが無かった。
いや、以前はガエルの母親のピアノがあったのだが、亡くなった際、ガエルが処分したと聞いた。
「わたしの為に?でも、あなたはよろしいのですか?ピアノはお嫌いでしょう?」
わたしは不安に見た。
ガエルは「ふっ」と笑った。
「ああ、音楽は嫌いだと思っていた。
母は音楽家気取りでね、いつも手を大事にしていて、
ピアノを弾く以外、一切何もしなかった。
兄にはピアノを教えていたが、私には近付く事も許さなかった。
私は手を握って貰った事すら無い…」
青灰色の目が陰を落とした。
だが、それは瞬きと共に消えた。
優しく愛のある瞳が、わたしに注がれていた。
「だが、君のピアノは聴いてみたいと思った。
君といて、母を思い出す事は、一度も無かった」
彼の指が、そっと、わたしの頬を撫で、わたしは反射的に震えた。
わたしはしっかりと、彼の手を握った。
「わたしは、あなたの為に、弾きますわ…
それに、あなたが望むなら、わたしがお教えします」
ガエルが白い歯を見せ、笑った。
「全く、君は最高の妻だ___」
◇◇ エピローグ ◇◇
わたしは今、デュトワ伯爵夫人として、結婚披露パーティの準備を進めている。
両親と兄夫婦が旅行から戻り次第、結婚を報告し、披露パーティを開くつもりだ。
ガエルは、当初の計画を翻し、了解も得ずに結婚した事で、
わたしの両親や親族が気を悪くしないかと心配しているが、
婚約破棄と比べれば、どんな事も些細に思える筈だ。
わたしがラザールからガエルに渡して貰おうと書いた手紙は、開封せずに、燃やした。
あの時のわたしは、ガエルを信じきれなかった。
ラザールの言葉だけを聞き、鵜呑みにしてしまったのだ。
わたしはそんな自分を恥じた。
どんなに辛くても、わたしはガエルに会い、話すべきだった。
そうすれば、ガエルも傷つかずに済んだのだ。
だが、そのお陰で、わたしたちは自分の気持ちに気付く事が出来た、とも言える。
「それに、あんな風に抱いて貰えたもの…」
恐ろしくもあったが、いつも冷静なガエルが、感情を剝き出しにする姿は、
わたしの胸を震わせた。
強い力で組み敷かれ、強引に暴かれる___
思い出すと、熱くなってしまう。
あれ以来、ガエルは優しく抱いてくれるが、時には激しくされたいと思ってしまう。
そんなわたしは、「淫らな女」だろうか?
ああ、どうか、わたしを嫌わないでね!
「シュゼット、おいで」
彼がわたしを呼ぶ。
わたしはその素肌の胸に、口付けた。
「ガエル、愛して…」
あの夜のように___
《完》
14
お気に入りに追加
462
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。
みゅー
恋愛
王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。
いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。
聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。
王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。
ちょっと切ないお話です。
【完結】初恋の彼に 身代わりの妻に選ばれました
ユユ
恋愛
婚姻4年。夫が他界した。
夫は婚約前から病弱だった。
王妃様は、愛する息子である第三王子の婚約者に
私を指名した。
本当は私にはお慕いする人がいた。
だけど平凡な子爵家の令嬢の私にとって
彼は高嶺の花。
しかも王家からの打診を断る自由などなかった。
実家に戻ると、高嶺の花の彼の妻にと縁談が…。
* 作り話です。
* 完結保証つき。
* R18
【完結】夢見たものは…
伽羅
恋愛
公爵令嬢であるリリアーナは王太子アロイスが好きだったが、彼は恋愛関係にあった伯爵令嬢ルイーズを選んだ。
アロイスを諦めきれないまま、家の為に何処かに嫁がされるのを覚悟していたが、何故か父親はそれをしなかった。
そんな父親を訝しく思っていたが、アロイスの結婚から三年後、父親がある行動に出た。
「みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る」で出てきたガヴェニャック王国の国王の側妃リリアーナの話を掘り下げてみました。
ハッピーエンドではありません。
夫の不倫劇・危ぶまれる正妻の地位
岡暁舟
恋愛
とある公爵家の嫡男チャールズと正妻アンナの物語。チャールズの愛を受けながらも、夜の営みが段々減っていくアンナは悶々としていた。そんなアンナの前に名も知らぬ女が現れて…?
愛する旦那様が妻(わたし)の嫁ぎ先を探しています。でも、離縁なんてしてあげません。
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
【清い関係のまま結婚して十年……彼は私を別の男へと引き渡す】
幼い頃、大国の国王へ献上品として連れて来られリゼット。だが余りに幼く扱いに困った国王は末の弟のクロヴィスに下賜した。その為、王弟クロヴィスと結婚をする事になったリゼット。歳の差が9歳とあり、旦那のクロヴィスとは夫婦と言うよりは歳の離れた仲の良い兄妹の様に過ごして来た。
そんな中、結婚から10年が経ちリゼットが15歳という結婚適齢期に差し掛かると、クロヴィスはリゼットの嫁ぎ先を探し始めた。すると社交界は、その噂で持ちきりとなり必然的にリゼットの耳にも入る事となった。噂を聞いたリゼットはショックを受ける。
クロヴィスはリゼットの幸せの為だと話すが、リゼットは大好きなクロヴィスと離れたくなくて……。
「君と勝手に結婚させられたから愛する人に気持ちを告げることもできなかった」と旦那様がおっしゃったので「愛する方とご自由に」と言い返した
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
デュレー商会のマレクと結婚したキヴィ子爵令嬢のユリアであるが、彼との関係は冷めきっていた。初夜の日、彼はユリアを一瞥しただけで部屋を出ていき、それ以降も彼女を抱こうとはしなかった。
ある日、酒を飲んで酔っ払って帰宅したマレクは「君と勝手に結婚させられたから、愛する人に気持ちを告げることもできなかったんだ。この気持ちが君にはわかるか」とユリアに言い放つ。だからユリアも「私は身を引きますので、愛する方とご自由に」と言い返すのだが――
※10000字前後の短いお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる