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5 ジェレミア

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◇◇ ジェレミア ◇◇


入学から三年目の年、学院に《彼女》の姿を見つけた。

豊かな金髪に、輝く様な琥珀色の目の美女。
ベリンダ・ドネリー伯爵令嬢___
彼女こそ、ジェレミアのトラウマを生んだ女性だ。

『豚さん!餌をあげるわ!』
『全部食べなさいよ!』
『嫌だ、何て汚らしいの!』

女の子たちを従え、ジェレミアを豚と呼び、嘲笑い、菓子を持って追い掛け回した。
その過去が蘇り、ジェレミアを恐怖が襲った。

ジェレミアはベリンダに会わない様、気を付けていたが、
ベリンダの方は、とっくにジェレミアに気付いていたらしく、
女子部で面白おかしく、ジェレミアを「白豚」と呼び、笑っていた。

ジェレミアと擦れ違った女子生徒たちは、「くすくす」と笑ったり、
「白豚よ!」「白豚を見ると、三回嫌な事が起こるって聞いたわ!」と声高に言い、走って行く。

ジェレミアには、ベリンダが先導していると分かった。
だからといって、自分に出来る事などない。
なるべく、共有棟には近寄らず、女子と会わない様にするだけだ。
これまでは、放課後になると音楽室でヴァイオリを弾いていたのだが、それも止めた。
だが、あまり効果は無かった。
いや、益々悪くなっている。
女子生徒たちが、ジェレミアを「白豚」と呼ぶので、
男子部の中でも面白がって呼ぶ者が出てきていた。

ジェレミアはじっと耐えていた。
争いや、注目を浴びる事が嫌いなジェレミアにとっては、波風を立てない事が一番だった。
女子部は二年制で、男子部は四年制、二年経てば、どちらも卒業となる。
長くとも、二年我慢すれば、もう顔を合わせる事は無いのだ___

『自分が我慢すれば良い事』と考えるジェレミアを、良く思わない者が居た。
ジェレミアの一番の友、カーター・クラックソン侯爵子息だ。

カーターは、栗毛色の髪に灰色の目を持ち、整った顔立ちをしている。
背は高く、手足も長くスマートだ。
性格は陽気で気さく、それでいて、育ちの良さもあり、随所に気品も見える。
彼の周りには自然と人が集まり、賑やかだ。聞く所によると、女子部でも人気らしい。

そのカーターが、何故、ジェレミアに興味を持ったのか?
ジェレミアにも良く分かっていない。
共通点は、《侯爵子息》という事位だ。

入試の席順が、ジェレミアが三番で、カーターが四番だった事から、
入学式の時から席は隣同士で、その時から、カーターは何かと話し掛けてきた。
そして、授業や試験では、ジェレミアと張り合う事を楽しんでいた。

「僕より上もいるのに、何故、カーターは僕とばかり張り合うの?」

「おまえは俺よりも、いつも一歩前に居るだろ、そういう奴は、追い抜かしたくなるもんだって!
で、おまえが居るから、俺も頑張れる、好敵手ってヤツだな!」

カーターはそれで良いが、ジェレミアにとってはそういった利点は無い。
ジェレミアは人との関りを避けて来た事もあり、個人主義だ。
勉強は自分の為であり、競うべくは、昨日の自分である。
カーターが自分よりも良い成績を取ろうと、関係は無かった。
だが、そんな事で一喜一憂しているカーターを、何処か羨ましくも思っていた。

ジェレミアは慎重派で、考え過ぎる所があり、素直とは言えない。
ジェレミアには、カーターが楽しそうに見え、自分もそんな風になれたらと憧れた。
彼と友達になれた事だけでも、王立ラディアンス学院に入った甲斐があったと思っている。


そのカーターが、現在、寮のジェレミアの部屋で、怖い顔をして立っている。

「ジェレミア、学園パーティに出ないって、どういう事だよ?」

どういう事も、こういう事も…
ジェレミアは、カーターが身に纏うタキシードを、恨めしく見た。

学園パーティは、ジェレミアにとって、最も喜ばしくない行事と言える。
何と言っても、男子部と女子部が一同に集うのだ。
ジェレミアは寮に閉じ籠り、やり過ごそうと考えていたが、カーターは当然の様に誘いに来た。
そして、現在に至る…

「来賓も来るんだし、首席のおまえが出席しない訳にいかないだろう?」

「次席の君が上手く言ってよ」

「あのな、それ、相手が俺じゃなければ、気を悪くするぞ?」

「君にしか言わないよ」

カーターは競争好きだが、順位には然程拘ってはいない。
案の定、カーターは、「それならいいか」と肩を竦めた。

「けど、学園パーティには出ろよ、あいつらの為に、おまえが引き籠る事ないだろう?
そんな事すれば、あいつらの思う壺だ!おまえ、あの卑怯者たちに笑われてもいいのかよ?
ああ、おまえはいいんだろう、分かってるよ、けど、俺は嫌なんだ!
一年間の頑張りを労うパーティに、おまえがいないなんて、意味無いだろう?」

「そんな事、無いと思うけど?」

「いーーーーや!しかも、理由が、あの馬鹿女たちの所為とくれば…」

カーターが空に向け、拳を繰り出している。
カーターには標的が見えている様だ。

だが、カーターの言葉は、ジェレミアにはうれしかった。
いつもパーティでは、『あいつが何でいるんだ?』という視線を感じる。
居心地が悪く、居場所も無かった。
それを作ってくれていたのは、カーターだ。
尤も、カーターが一緒に居るのは最初だけで、直ぐに女子に誘われて行ってしまうのだが…

「決めた!おまえが出ないなら、俺も行かない!
ジェレミア、二人で寂しく、打ち上げしようぜ!」

「君がいないと、女子たちが悲しむよ」

「いいよ、夏休暇には腐る程パーティするし、おまえとは秋まで会えないしさ」

何度かカーターから誘いはあったが、その度に、断ってきた。
自分が上手くやれる自信が無かったからだ。
カーターに恥を掻かせる気がし、どうしても気乗りしなかった。

ジェレミアは嘆息した。

「いいよ、分かった、パーティに出るよ」

ジェレミアが折れ、カーターは先の事は忘れたかの様に、笑顔になった。

「よっしゃ!手伝ってやるから、早く支度しろ!」


カーターに急き立てられ、パーティ会場へ向かったものの、
ジェレミアはパーティを楽しむ気など無かった。
カーターが消えるのを待ち、寮に戻るつもりでいた。
なるべく、死角に居ようと、壁際に向かうジェレミアを、カーターが止めた。

「良い事を思い付いた!ジェレミア、おまえ、ヴァイオリンを弾いて来いよ」

「嫌だよ、目立つし…」

「普通、パーティで演奏家なんて見ないだろう?大丈夫だって!」

確かに、演奏家等気にした事は無かった。
ジェレミアは良い考えの様に思えた。

「それじゃ、一曲弾いたら、帰ってもいい?」

「いいぜ!おまえの実力を見せつけてやれ!」

カーターが演奏家たちの所へ行き、交渉した。
断られるのでは?と思ったが、すんなりと了承を取ってしまった。

「学院生がヴァイオリンを?これはいい、何の曲にするかね?」
「それでは___」

流されるまま、ジェレミアは演奏家たちに紛れ、ヴァイオリンを構えた。
生徒たちは誰も自分に気付いていない…
その事に安堵し、弦を動かす。
ジェレミアは直ぐに、全ての柵から解き放たれ、曲の中に入り込んでいた。

幸せな調べに、ジェレミアの心も晴れ、意識も遠くなる…

だが、その夢の一時は、突如として破られた。

「いやだ!見て!白豚がヴァイオリンを弾いているわ!」

大きな声が響き、その一瞬後、会場に笑いの波が起きた。

「白豚とヴァイオリンなんて!変な組み合わせね!」
「よくあの手で弦が持てるわね」
「おい!止めろ!耳が腐るだろう!」
「止めろ!止めろ!」
「白豚なんて、お呼びじゃねーんだよ!」

「止めろ」コールが起こり、ジェレミアは手を止めていた。
ヴァイオリンを脇の楽員に押し付ける様にして返し、足早にそこを離れた。

「おい!ジェレミア!」

カーターが追って来たが、足を止めずに突き進んだ。


あの声は、ベリンダ・ドネリー伯爵令嬢だった___

ジェレミアは、自分が何処に居て、何をしていても、
彼女の目からは離れられない気がし、ぞっとしていた。

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